第2話 欠点もしくは長所 『安請け合い』
病院から五軒ほど坂を下った先にある建物。上ではなく横に広い建物の名前は『銀掘公民館』。
子供たちがワイワイと遊ぶための小さめの体育館。行事の後の打ち上げを作るためなんかに使われる調理室。それに大人たちが真剣な表情で町の今後を話し合うために利用される和室。大まかにいまの三つが一つの建物に置かれているため、ここの公民館は横に広い。
そんな公民館の入口付近に十二、三名の人々が和気藹藹と雑談を繰り広げていた。
と言っても、その半数は暇を持て余した老人たちと、もう半数は父さんと同年代の中年のおっさんたちで、小学生や中学生はもちろんのこと、俺と同年代の受験シーズン真っ盛りな高校三年生がこんな所で油を売っているはずがいない。
俺を除いて……。
「どうもっす、広見さん」
「よう拾人」
さっそく声を掛けてきたのはお隣さんの中年オヤジ、『徳山 光作』ちなみに俺は『徳さん』と呼んでる。
それに小学五年生の息子『徳山 翔』。
ゴミ拾い。と言う行事で俺たち広見一家以外に『子供』を参加させている数少ない存在。
隣人であることや、ちょっとしたところに気が合うらしく、父さんと仲の良い飲み仲間だ。
「翔! 拾兄って呼ばないとダメだぞ!」
ゲンコツが翔の頭部に直撃する。
「いって! ブツことないじゃん」
「はっは、元気だね徳ちゃんとこの子は。俺んとこなんて二言目には『だるい』だからな」
おい、さっきと言ってることが違うぞ。
「おはよう。翔君」
「おはよー。愛奈ねえちゃん」
さっきまでだらけきっていた愛奈も、人前ではそれっぽく挨拶を交わしている。
「よっ、翔。若い時から地域貢献するなんて、爺さんたちから小遣いでもせしめようってか?」
「なに難しい言葉使ってんだ拾人。バカか?」
こいつ……。
ゲンコツの一発でもかましてやろうかと思ったが、すぐにその役を徳さんが引き受けてくれたおかげで、俺は翔の頭に出来たタンコブを拝むだけで済んだ。
「茂夫ちゃん。徳ちゃん。こっちこっち」
奥の方で話し合っていた老人たちに呼ばれ、中年二人は俺たち子供置き、向こうに行った。
「クッソー、拾人のせいだからな」
「俺がなにをしたってんだよ」
翔の文句も、笑い一つで流していると、ふとピースのことを思い出した。
「そうだ翔、ゴミ拾いの時にジグゾーパズルのピースもついでに捜しとけよ」
「じぐぞーぱずる?」
首を大きく傾けながら返事を返してくる。
まさかジグゾーパズルも知らないってことはないよな……小五だろ?
「いいか、ジグゾーパズルってのはな、四角い木の板に――」
「それぐらい知ってるよ。前に友達が作ってたなーって思っただけだよ、バーカ」
こんガキャ……まじで絞め倒すぞ。
「そうかい……それで、集めてくれんのか?」
ギリギリのところで踏みとどまっている握り拳を隠しながら聞くと、生意気に翔は舌を出してきた。
「お願いします。だろ?」
「……もう駄菓子おごってやんねーぞ」
「ごめん拾兄! ちゃんと探すから駄菓子だけはカンベン!」
舌を突き出していたと先ほどとは一変し、頭を垂れながら懇願してくる翔。
「なら探してくれるよな? ん?」
「わかった! やるから!」
ちょいと顔をしかめつつ、ずいずいと近付いて行くだけで翔は簡単に引き受けてくれた。
やっぱり翔には駄菓子の脅しが一番だな。安価だし……。
翔をピース集めの手駒にしたところで、大人たちの話し合いも終わったらしく、十五名ほどの人数が一度に移動を始めた。
「翔、俺たちは小学校周りに行くぞ」
徳さんの呼びかけに翔はだるそうな声で「はーい……」と返事を返す。
やっぱり小学生にとってゴミ拾いは面倒臭い行事程度の認識なのだろう。
「拾人、愛奈、俺たちは銀掘公園を担当するぞ」
スーパーの袋からちゃんとしたゴミ用の袋(大)にグレードアップした父さんは俺たちの返事など待たずに早々と公園を目指す。
適当に一言返事でも返そうと口を開いた時、俺は結構重要なことに気付いた。
……ここにいる人たちにもピース集めを手伝ってもらった方がいいんじゃないか?
考えに至るころには、俺の腕は雲一つない晴天に伸びていた。
「あ……あの、すいません!」
俺の呼びかけにゴミ拾いを始めようとしていた人達は一斉に俺の方に顔を向ける。
とてつもない緊張が俺に襲いかかるが、いつまでもここで口籠るわけにもいかず、ついに口が開いた。
「もしゴミ拾いの最中にジグゾーパズルのピースを見つけることがありましたら、その時は俺の所まで持ってきてくれませんか?」
言い切った……
こんなことになるなら、あの時安請け合いなんてしなきゃよかったのに……とか思いながらも、とにかく俺は言い切った。
話を聞いてくれた人達も、クラスの連中みたいに茶化したりはせずに「うんうん」と年寄りらしい相槌を打ってくれたり、中年のおっさん達は豪快な笑いを見せながら親指を突き出してくれていた。
「急にどうしたの、拾人? もしかして熱?」
「酷い言い草だな、愛奈……ただの地域貢献だってのに」
愛奈の言葉も適当にあしらいつつ、俺たちは銀掘公園を目指して歩き出した。