ターボババア
深夜。
一台の車が疾走する。
辺りを木々に囲まれた田舎の道路。灯りもぽつんぽつんと申し訳程度に配置されているだけで明度は大分低く、木のざわめきも相まって薄ら寒いものを感じる。
周囲の音を紛らわすかのように回転するタイヤが地面に擦れる音がいまはやけに心地よい。
車内の影は二つ。運転手と助手席に座るのは共に男性だった。そのどちらもが微妙に浮かない、ともすれば緊張したような表情を浮かべていた。
見るべきものもない景観になんとなく目をやり助手席に座る男が声を漏らす。
「しかし、本当にいるのかねぇ……ターボババアとやらは」
ターボババア。それこそがこの男たちがこの道をドライブしている理由だった。
ターボババアというのは都市伝説のひとつだ。
とある道路でスピードを出してと走っていると、後ろから信じられない速さで走ってきて車を追い越していくおばあさんが出る――というのがターボババアである。
そういう都市伝説があることは前から知っていた。
けれど、多くの人がそうであるように男達もそれが空想の産物であると思っていた。
しかしここ最近、この道路で「車を追い越していくおばあさん」の目撃情報が数多く寄せられていて、ネットや地元民の間でも話題になっているらしい。
もし、本当にいるのならこの目で確認しなければ。
そうして現在に至るわけである。
定期的にサイドミラーで後方を確認するも何もなし。
ここに至るまではターボババア目当てでとばしている車が何台かあったが男達はこの辺りでは顔が利く方なので、彼らが声をかけると皆揃って帰っていった。
これで、今日ターボババアが追い越すとすれば男達の車しかなくなった。
お膳立ては済んだ。
あとはお目当ての都市伝説が出てくるのを待つだけだ。
くぁ、と意図せず漏れた欠伸を噛み殺し、微かに湿った涙腺を拭う。
――瞬間、黒い影が疾走する車を追い越した。
「きた!」
目の錯覚かともう一度目尻を押さえ掛けたところで運転手のその声を聞き、あれが現実であるとわかる。
男達の車を追い抜き前へと出たことで車のヘッドライトがソレを照らしだした。
そこには目に見えないほどの速さで両足を動かし、コンクリートを削る勢いで走る老婆がいた。
老婆は一瞬、こちらに目をやりにやり嗤った。まるで鈍足と嘲笑されているかのようなその顔に怒りと憤りと多少の恐怖を感じた。
それで僕らへの興味は失せたのか、正面を向きこの場から離脱するかのように更にスピードをあげる。
「――っ!?」
このまま逃がすわけにはいかない。自分らも仕事をしなければ。
我に帰り、助手席の男がダッシュボードからランプを取り出し窓を開けてルーフ――屋根へと取りつける。
そのままスイッチを入れると暗闇に映える赤い光がけたたましい音と共に出現する。
そして備え付けのマイクを手に取る。
「そこのおばあさん、止まりなさい。スピード違反ですよ!」
もう一度振り向いたターボババアの顔に、今度は焦りの色が浮かんでいた。
都市伝説まで取り締まらなくてはいけなくなった警察の夜は長い。