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 凪葵に教えてもらった攻略サイトとアプリのおかげでゲームの腕前は上がったが、次の週のイベントもラスボスまでは到達することができなかった。それでも二人であーだこーだと反省会を開いて次回の約束をしている時間はとても楽しかった。

『今まで動画とかSNSしか見てなかったのにな』

他の友達と遊ぶ約束をしている日を除いたらゲームを起動している時間が格段に増えている。慧は自分でもすっかり変わってしまったとわかる日常がおかしくてクスッと笑った。

『それに今日からは合宿で会えるし』

暑さを少しでも凌ぐために日陰を選びながら学校へと向かう。浅見から半ば無理やりもぎ取ったNDYのお仕事だ。バレーボール部のお手伝いがどの程度大変かはわからないが、慧にとっては楽しみでしかない。校門を抜けると部員達がマイクロバスに荷物を積み込んでいるところだった。

「おーっす!」

浅見が慧の姿に気づき手を振る。

「おはよーございまーす」

てくてくと浅見の元へ向かうと、バラバラと周りの部員が挨拶を投げて来た。

「手伝いってミケのことだったんだ」

何人か見知った顔もいる中で、声を掛けられる。確か二年の先輩だったはず。友達の友達のそのまた友達の先輩、くらいの繋がりだが、慧は愛想よくニッコリ笑って挨拶を返した。

「ミケこき使われてんなぁ」

「そうなんだよ~。夏休み返上だよ?課題減らしてくれてもいいのにね~」

下らない話をしていると校門を通ってくる凪葵の姿が目に入った。

「あ!ナギおはよー!」

慧は体ごと凪葵に向き直り両手を振る。

「おはよ。いつも通り元気だな」

慧の近くまで来るとあくびを噛み殺しながら凪葵が言った。

「また遅くまでゲームしてたんでしょ~?合宿中サボっちゃだめだよ」

慧に釘を刺されて凪葵はバツが悪そうに視線を外す。

「ミケ、こいつは?」

有名人な慧とは対極の無名な凪葵を見て先輩が首を傾げた。

「大浦凪葵。もう一人のお手伝いさんだよ」

先輩はへぇ、と声を出した。

「ナギ、こっちは…えーっと…皆川先輩。男バレの副キャプテン」

慧は皆川の名前をつっかえつつ紹介した。

「おいミケ、お前今俺の名前忘れてただろ」

皆川が笑いながら慧の頭をくしゃくしゃ撫でる。

「いっいや!そんなことないよ!ちゃんと覚えてるって!」

「どうだかなぁ?」

ごまかし笑いをしながら慧は頭を押さえるが、皆川は執拗に慧にじゃれつく。

「おーい、そろそろ行くぞー」

やめてやめて、と慧と皆川が追いかけっこをしていると、浅見がバスのドアに手を掛けながら三人を呼んだ。部員達が乗り込んだ後に最前列の空いた席に慧と凪葵も並んで座る。

「こうしてると一泊合宿の時みたいだねぇ」

バスが動きだすと慧はこそっと凪葵に声を掛けた。バスの中では浅見が合宿の日程を部員達に説明している。

「ほんとオマエはいつでも楽しそうだな」

半ば呆れつつも凪葵が笑う。だってまた凪葵とお泊りできるんだよ?楽しくないわけないじゃん。慧は心の中で思いながらエヘヘ、と笑った。バスは学校を出ると街を抜けて海の方へ向かっていく。目的地は毎年東浜中高が借りている体育館と宿泊棟が複合した施設だ。市民にも開放されている日があり、この近辺の住民であれば一度は利用したことのある場所だった。30分もかからずバスはその施設へと到着する。

「荷物下ろしたら着替えて体育館集合な」

浅見が下りていく部員に向かって声を掛けた。

「で、お前たちは…」

最後までバスに残っていた慧と凪葵を振り返って浅見が言葉を区切る。

「お前たちも着替えて体育館来てくれ。施設の説明するから」

二人は男子バレー部の部員に続いて更衣室へと向かった。浅見から事前に動ける服装を用意しておけと言われていたので短パンTシャツを持ってきている。体育館へ行くと一年生でも既に何度か施設を利用しているのであろう、みんな慣れた様子でネットを張ったりボールの用意をし始めていた。

「二人はこっち」

浅見に手招きされて慧と凪葵は宿泊棟の方へと移動する。

「今日は午前中に布団出して、昼からはドリンクの用意、四時くらいから順番に練習終わってシャワー浴びるから洗濯と、最後は晩飯の片付けをたのむ」

トイレの場所や備品置き場を案内しながら浅見が説明する。

「空き時間は好きにしてていいからな。夏休みの課題とか」

リネン室の扉をパタンと閉めながら浅見がニッコリ笑った。なんでここまで来て夏休みの課題をしなければならないのか。

「あとは何か用事ができたら呼ぶから」

体育館へと戻る浅見と宿泊部屋へ向かう二人はそこで別れた。

「そんなにめちゃくちゃ忙しそうな感じでは無さそうだな」

凪葵は最初そう言ったのだが。部員約50人分の布団を用意するのはまあまあな重労働だった。最初に敷布団と掛け布団、枕を部屋へと運び込み、次に人数分のシーツを持ってきたらそれで一つ一つ布団をくるむ。一部屋が5人で割り振られているのでそれを10回繰り返さないといけない。

「ちょ…あと何部屋…」

クーラーが効いていても汗が噴き出す。シーツを掛けるのはまだマシなのだが、掛け布団と敷布団をリネン室から各部屋へ持っていくのがなかなかしんどい。

「まだ半分くらい」

凪葵も息を切らしながらボソッと答えた。早くしないと昼ご飯までに終わらない。とは言え体力の限界を迎えた七部屋目で二人は同時に立ち上がれなくなった。

「絶対これマネージャーの仕事じゃないよね」

男二人でもこれだけ大変な作業を女子マネージャー一人がやっていたとは到底思えない。慧は畳の上に足を投げ出して息をついた。

「浅見にいいように使われてるな」

凪葵も同じように腰を下ろすとチラリと慧を見る。だから浅見の用事を軽々しく引き受けるなって言ってんのに、とその目が語っていた。

「ごめんって~そんな目で見ないでよっ」

凪葵はわざとらしく溜め息をつくとゴロンと寝転がった。

「天気いいな」

部屋の窓から見える青空に凪葵が目を細める。

『あ…』

少し傾いた凪葵の顔からサラッと前髪が落ちた。何度か見ているのに、顔全体が見えるとその度にドキッとしてしまう。カッコイイとか、キレイとかそういう言葉で表せなくて、ただ胸がぎゅうっと苦しくなる。

『今ここでボクが気持ちを伝えたらどんな顔するだろう…』

驚くだろうか、嫌がるだろうか、困るだろうか…。

『なんて言ったら伝わるだろう…』

好きより大きくて、愛してるなんて重苦しいものでもなくて。ずっと凪葵を見ていたい。

「…ナギ」

窓越しに聞こえるセミの声に負けそうなくらい小さな声が慧の口から洩れた。

「あ~ダメだっ寝てしまう」

突然凪葵がガバッと起き上がった。慧はビクッとして口を閉じる。

「やっちゃおうぜ、あと三部屋」

立ち上がって大きく伸びをすると凪葵は慧を振り返った。

「へ…あ……うん」

気勢をそがれたように慧は凪葵をただ見上げる。自分の世界に入り込んでしまったからか、立ち上がることができない。

「宇佐美?」

ぼうっとしている慧を訝しみ凪葵が近づいて顔を覗き込んだ。

「…!」

途端に意識が覚醒したかのように反応して慧の頬が紅潮する。

「大丈夫か?体調悪い?」

心配そうに眉を寄せる凪葵の手が慧の腕に触れた。

「だっ…だい…じょうぶ!大丈夫!」

慌てて慧はスクッと立ち上がる。

「やろう!あともうちょっと頑張ろう!」

くるりとドアの方を向くと慧はそそくさと部屋を横切った。びっくりした。告白しかけた自分にびっくりした。今までで一番苦しいほど胸が早鐘を打っている。

『心臓痛い…』

慧は自分の胸をぎゅっと握りしめた。


 自分の行動に当惑している間に布団の準備が終わり、ふわふわした気持ちのまま昼食が終わり、ぼーっとしているうちにドリンクの用意が終わった。

「宇佐美、ちょっと休憩しとけ」

一先ずやることが一段落したところで凪葵が慧の肩を叩く。手は動いているもののシーツもぐちゃぐちゃでご飯は食べこぼすしドリンクの粉は散乱していた。

「うん…ごめん…ちょっと休む」

自分自身でも少し凪葵と離れた方がいいと自覚する。慧は体育館へとドリンクを運ぶと宿泊棟との連絡通路の階段に腰を下ろした。

『どうしよう…もうナギの顔見れないよ…』

マネージャー代理の仕事を全うできていないこともそうだが、目を合わせれば、口を開けば想いが零れてきそうでとても平静を装えない。

『あと二日もあるのに…』

ハァ、と溜め息をついて慧はうずくまった。もやもやともドキドキともつかない気持ちが心の中を支配している。いっそのこと伝えてしまったらスッキリするのだろうか。

『言ったらどうなるんだろう』

凪葵は慧のことを友達だと思っている。友達から告白されたらどう思うんだろう、と考えて慧はふと自分が告白された時のことを思い出した。今までに告白してくれた人達の中には友人関係の人もいた。でも、恋がなんなのかもよくわからなかった自分は当たり障りのない言葉で『お断り』をしてきた。凪葵が今まで恋をしたことがあるのかは知らないが、好意を持っていない人と付き合うほど無分別な人間ではないだろう。

『そうなると…ボクってフラれることになるのかな』

凪葵の態度から推し量るに、凪葵が慧と同じ気持ちを持ち合わせている可能性は低い。少なくとも慧が見ている限りはそういう素振りはない。だとすると。全ての仮定を総合すると悪い結果しか見えなかった。

『そうしたらやっぱりこんな風に一緒にいられなくなるかな』

慧に告白してきた人の中には、そのまま友達を続けている人も一定数いる。が、そもそもその人達は本気で、今慧が凪葵へ向けているのと同じくらいの熱量で告白してきたかどうかは少し怪しかった。ワンチャンいけたら、くらいの気持ちだったような気もする。軽いノリだったからこそ慧もあまり気にすることなく友達を続けられているところはある。こちらまで本気が伝わってくる相手ほど今までの仲を継続することは難しかった。

『ナギと一緒にいられないなんて…ヤだな…』

「宇佐美!」

落ちるところまで落ち込んだ気持ちを掬い上げるかのように凪葵の声が聞こえた。反射的に声の元を探す慧の顔にパシャッと水がかかる。

「?!」

状況が把握できずTシャツの袖で拭って顔を上げると、凪葵がいたずらっぽく笑いながら立っていた。どこから持ってきたのか手には本格的な水鉄砲がある。

「ナギ?!」

慧が立ち上がって傍へ寄ろうとすると、凪葵は再び水鉄砲で打ってきた。無防備な慧はまともに腹へ水をくらう。

「ちょっ!どっから出てきたのそれ!」

一発でもぐしゃぐしゃに濡れたTシャツを掴んで慧は非難の声を上げた。

「浅見のやつ」

ニヤニヤ笑いながら凪葵は再び水鉄砲を構える。

「待って待って!ズルいよ!ボク武器無いんだけど!」

「こっち」

凪葵は水鉄砲を下ろすと慧の腕を取って走り出した。


引かれるままについていくと、体育館裏の水場に同じような水鉄砲が数個転がっていた。厳しい合宿中と言えど休憩中くらいハメを外したらいいという浅見の遊び心なのだろうか。さっきまで部員達が遊んでいたのか、周りは水浸しだ。

「うわースゴイ!こんなの久しぶりに見た!」

色とりどりの水鉄砲を見て慧は凪葵にびしょ濡れにされたのも忘れて手に取った。まだタンクに水が残っているのか、水鉄砲はずっしりと重い。

「スキあり」

凪葵の声と共に慧の背中に水が発射される。

「あ!やったな?!」

慧は振り返りざまにポンプを数回手早く引くと凪葵に向けて引き金を引いた。思いの外勢いよく出た水は狙い違わず凪葵の胸に当たる。

「痛っ!すげー威力強いんだけど!」

凪葵は打たれた箇所を押さえながら慌てて距離を開ける。

「フフフ…ボク水鉄砲には腕に覚えがあるんだよね」

いつでも発射準備ができるようにポンプに手をかけたまま慧は凪葵の様子を伺った。凪葵も次は当たらないという気迫で水鉄砲を構える。ジリ、と二人の足が地面を擦った。凪葵の指が引き金を引きかけた瞬間、慧がサッと身をかわし同時に凪葵へと銃口を向ける。慧の打った水は直線で凪葵の顔へと命中した。

「ぶはっ」

思い切り顔に水を受けて凪葵がむせる。

「甘いね~凪葵クン。ボクに勝とうなんて100万年早いんだ、よ!」

小学生みたいなセリフを吐きながら慧はノーガードの凪葵を狙い撃ちした。

「ちょ…待てって!鼻入ったから!」

手で水を避けながら凪葵はケラケラと笑いだす。

「先に打ってきたのはナギだよ~」

飛距離ギリギリを保ちながら凪葵への攻撃を続ける。凪葵はたまらず逃げ出した。追いかけながらも慧はポンプを引いて攻撃の手を緩めることはない。

「チクショ」

もうずぶ濡れだから構わないと開き直った凪葵が振り向きざまに慧を打つが、当たりは外れて水は明後日の方向へ飛んでいく。

「ナギへたくそ~」

「このっ」

腹を抱えて笑う慧に凪葵は水鉄砲を構え直した。

「うわっ冷たっ」

水が慧の肩に当たってキラキラと跳ね返る。すぐさまやり返そうとポンプを引くが、不意に圧力が軽くなる。

「しまった!弾切れ…」

急いで他の水鉄砲を取りに走るが全部カラだった。そうしている間に追いついた凪葵が勝ち誇ったように水鉄砲を肩に担いで近づいてくる。水を入れている暇はなさそうだ。

「くらえっウォーターバズーカ!」

連射される水を全身で浴びながら、慧は最後の手段に出た。水道から水を出すと蛇口を親指で潰す。

「う…ぶっ」

プシャッと軽い音を立てて水が周りへと飛び散り至近距離まで詰めていた凪葵に襲い掛かった。

「ざま~みろ~」

「って宇佐美も被弾してんじゃん!」

そうなのだ。このリーサルウェポンは諸刃の剣でもれなく自分も被害を被る。

「もーびしょびしょだからどっちでもいいよ!」

慧は笑いが止まらなくて思わず蛇口を押さえていた手に力が入った。ブシッという鈍い音と共に今までより攻撃的な水圧が二人に向けられる。

「痛い痛い!宇佐美離せって!」

凪葵も笑いが収まらず腹を押さえながら蛇口を閉めた。キュッと音がして水の洗礼が止まる。二人とも頭のてっぺんから靴の先まで水浸しだ。海で泳いできましたと言っても通りそうなくらい、髪からも服からも水滴がぽたぽたと落ちている。

「あ~あ、ずぶ濡れ」

まだ笑いながら凪葵が前髪を掻き上げた。普段は見えない凪葵の顔。さっき見たばかりだというのに、また慧の胸はドキンと跳ね上がる。

「元気出たか?」

「え…?」

凪葵の顔に見惚れていると、振り返った凪葵と目が合った。

「宇佐美、布団敷いてる途中から変だっただろ。体調不良なら悪いかなって思ったんだけど」

水鉄砲の襲撃は慧を元気づける為の行動だった。ようやくそのことに気づいて慧の心がふわりと温かくなる。

「ごめん……うん、元気出た」

気持ちを表すように、慧は優しく微笑んだ。好き。大好き。凪葵のことがどうしようもなく大好きだ。今は言葉にできそうもないけど、きっともうすぐこの気持ちは流れ出すだろう。コップの中に水を入れるみたいに少しずつ溜まっていった『好き』が、いっぱいになっている。近いうちに表面張力を破って溢れ出した時、君はどんな顔をするのかな。


 過ぎてみれば夏休みはあっという間だった。凪葵が帰省している週を除いて毎週金曜日に一緒にゲームをして、合宿のお手伝いをして。

『楽しかったな~』

思い出すとふわふわした気分になってしまうが、思い出さずにはいられない。

「これから学園祭も体育大会もあるからな。あと試験もな。いつまでも夏休み気分でいたら赤点取るぞ」

ふわふわしているのは何も慧だけではない。夏休みの雰囲気を引きずっているクラス全体に向かって浅見が注意する。

『学園祭かぁ。楽しみ』

十月、十一月はイベントが目白押しだ。試験以外は言葉の響きだけでもワクワクしてくる。

「今日の放課後さっそく学園祭の集まりあるから、委員の奴はちゃんと出席しろよ」

浅見の言葉にかぶさるように終業のチャイムが鳴った。

「ナギ」

帰宅組や部活組がバタバタと入り乱れ、にわかに騒がしくなった教室の間を縫って慧は凪葵の机の横まで行く。

「イベントどうする?」

今日は夏休みが明けて初めての金曜日だ。引き続き一緒にできるのかな、と少しの不安と希望を抱えながら凪葵に尋ねる。

「宇佐美は予定ないのか?」

普段なら慧の方が他の友達と遊びに行ったりするので、逆に凪葵の方が気遣わしげだ。慧は大丈夫とニッコリ笑った。

「予定ないよ。やろ!」


 二人で昇降口へと向かい歩いている途中、ピタッと凪葵の足が止まる。

「ヤベッ忘れてた」

慧も立ち止まると凪葵を振り返った。

「今日部室にマンガ返さないといけないんだった」

ちょっと待ってて、と踵を返す凪葵に慧は声を掛ける。

「ボクも行くよ」

部室が集まる旧棟は放課後が始まったばかりのこの時間帯は人が多い。ほとんど教科室がある階にしか立ち入ることがない慧にとっては物珍しい光景だ。

「悪いな、先輩が読みたいって言ってたやつだから」

二階へ上がりつきあたりの漫研同好会の部室の扉を開ける。

「先輩いるんだね。同好会だから一年ばっかだと思ってた」

まだ誰も来ていない部室へ入ると凪葵は手近な机に鞄を置いてゴソゴソとマンガを取り出した。

「俺みたいな幽霊部員入れたら20人くらいいるけど…運動部とかと違って実績が出るもんじゃないから同好会止まりらしい」

説明しながらマンガを本棚へ戻すと凪葵が振り返る。

「今日ここでやる?」

すっかりこの後移動するつもりだった慧は少し固まった。別に部室でも問題ないが…

『誰か来たら二人きりじゃなくなっちゃう…』

慧にとってこの大切な二人きりの時間は誰にも邪魔されたくない。でも、ウマい言い訳も見つからない。

「いいよ」

慧はなんとか笑顔を作った。

「学園祭って何するんだろうねぇ」

結衣のログインを待つ間、自販機で買ってきたジュースを飲みながら慧が話を向ける。

「模擬店とか演し物とか?確か一般客入れる二日目はオープンキャンパスも兼ねてたんじゃなかったかな」

同じくジュースのストローに口をつけつつ携帯から目を離さず凪葵が答える。

「今回は何も言われてないし、NDYナシだよね」

楽観的な慧に、凪葵は少し顔を上げた。

「いや、あんま簡単に考えない方がいいと思うぞ」


 果たして、凪葵の言った通りだった。その後一週間も経たないうちに、朝のHRのついでにと浅見は『NDYも手伝ってくれよな』と言い置いていった。もちろん委員会には出なくていいらしいが、仕事が増えることは間違いない。

「結局こうなるのかぁ」

愚痴を言いたいと理由をこじつけて、慧は昼休みに校庭が見えるベンチに凪葵を連れ出していた。

「だから言っただろ」

昼食のパンを齧りつつ凪葵が答える。

「せっかくの学園祭なのに」

凪葵と共有できる時間が増えることは嬉しいが、学園祭となると話は別だ。凪葵と模擬店を回ったり、クラスの模擬店の担当を一緒にしたりして満喫する気満々だった慧は不貞腐れている。

「委員が4人もいるのに何するんだろうね?」

他の委員は2名選出なのに比べ、学園祭委員は仕事量が多いことから倍の人数が用意されていた。他のクラスはそれで足りているはずなのだが。

「クラスの手伝いっていうより教師の手伝いの方なんじゃね?」

凪葵がくしゃりとパンの袋をつぶす。だとしたら慧としては益々面白くない。演し物の手伝いならまだ面白味もありそうだが、教師の手伝いであればほぼ雑用だろう。凪葵の勘がそこまで当たらないことを祈りたい。

「次の時間って学園祭の話だっけ」

携帯の時計を確認しながら凪葵が問う。五時間目はHRの時間を利用して学園祭の準備を進めることになっていた。

「うん、演し物の内容決めるって聞いてる」

既にクラスの演し物はコスプレカフェに決定している。一泊合宿の時凪葵が取った手法が流用されていて、二、三日前にLINEが飛び交っていた。最初は男女逆転カフェ、男子生徒と女子生徒の制服を入れ替えて接客するカフェの案が有力だったが、男女比率が等分ではないので無理だということになり色々案が出た中でそれに決まった。

「ナギは何のコスプレすんの?」

慧は興味津々で凪葵の方に振り返る。裏方でも全員コスプレを強要されているのだが、凪葵がそういったノリに参加しているイメージがつかない。

「え~…」

明らかに嫌そうな声を出しながら凪葵が言葉に詰まる。

「そんなの持ってねーよ」

凪葵は苦々しく呟いて溜め息をついた。

「ん~この時期だとまだハロウィンは早いし…ネットで探すか」

言うが早いか慧はネットで検索を始めた、が、すぐに笑いを堪えながら手を止める。

「プフッ…女性物しか出てこない…」

コスプレの四文字しか入れずに検索をかけたのでほぼふりふりのメイド衣装がヒットしてくる。思わず一瞬凪葵のメイド姿を想像して噴き出してしまった。

「おまっ…なんか変なこと考えただろ!」

慧の様子に感づいた凪葵が携帯を取り上げる。

「やめてよ~プライバシーの侵害だよ~」

凪葵から携帯を取り返そうとするが、凪葵が画面を見る方が早かった。白とピンクのレースがふんだんに使用されているメイド服に身を包んだ女の子が可愛らしいポーズを撮っている写真が表示されている。

「こんなの着るわけないだろ!」

噛みつきそうな勢いで凪葵は叫ぶとブチっと携帯の電源を切った。

「あ、ちょっとボクの携帯だよ!」

「知るかそんなん」

慧がこれ以上余計なことをしないように凪葵は携帯をポケットにつっこむ。

「返してよ~!」

「没収だ、没収。あ、予鈴鳴ったぞ」

凪葵は慧の携帯をポケットに入れたまま教室へと向かった。


 「今日は学園祭でウチがやることになったコスプレカフェについて、説明と担当決めたいと思いま~す」

五時間目。なんとか凪葵から携帯を取り返したが、検索履歴は削除された。

『コスプレって入れたら同じもの出てくると思うんだけどな』

凪葵もそんなことわかっているだろうが、辛抱ならなかったのだろう。

「コスプレカフェは、名前の通りみんなにコスプレしてもらいます。裏方も全員ね~。コスプレはなんでもいいんで自分家にあるの持ってきてもらってもいいし、作りたい人は当日までに作ってください」

前に立って説明をしているのはいつも慧と同じグループにいるツインテールの小柴だ。イベントが大好きで学園祭委員にも自ら立候補している。板書係は黒板に「コスプレカフェ」と書き、続いて担当を書き出していた。

「担当はキッチン、フロア、呼び込みの3つで、時間決めて回していきたいと思います。学園祭委員以外のクラス全員どれか担当になります。メニューの詳細決まってないけど、基本的に買って来たお菓子とかジュースをそのまま出す形になると思うので料理できなくてもキッチン入れま~す」

委員の言葉にちらほらと笑いがもれる。凪葵は絶対にキッチン希望だろう。自分的にはどれでもいいが、凪葵がキッチンを希望するなら慧もキッチン一択だ。

「で、ここから相談なんだけど…」

読んでいたプリントから目を離して小柴が前置きする。

「呼び込みはできれば目立つ人がいいんですけど~…」

その瞬間、ほぼクラス全員が慧の方を振り返った。

「えっ…?」

キッチン担当を心に決めていた慧はキョトンとする。

「あ、ダメダメ。ミケはフロア担当」

 小柴は慌てて手を振った。慧は小柴の言葉にさらに『えっ』と驚く。ボクの担当勝手に決まってんの?

「ミケはいてくれるだけでお客さん呼び込めるからフロアにいてね」

あと衣装もこっちで用意してるからね、と小柴は淡々と言う。あまりにもスラスラと話が進むので慧は突っ込むタイミングを失った。

「そうそう、呼び込み担当は演劇部から衣装借りるんで可愛いのとかカッコイイの着れるよ~」

頑張って交渉したんだからね、と小柴は胸を張るが色めき立ったのは女子だけだ。一部ノリのいい男子が『じゃあ俺可愛いの着ようかな~』なんて冗談を言って笑いを取っているが、小柴は首を縦に振らなかった。

『どうしよう…ボク、キッチンやりたかったのに…』

ざわざわと楽しそうな雰囲気に水を差しそうで言い出せない。それに凪葵のことがなかったら本来フロアでもなんでもいいのだ。小柴を説得するだけの理由もみつからない。

『フロアとキッチンだったら接触もあるから…良しとするしかないか…』

せめて担当時間は一緒になるように裏工作しよう、と慧は決心した。半ばふざけたような自薦、他薦のやりとりが続くが、時間いっぱい使っても小柴ジャッジが厳しく呼び込み担当はなかなか決まらない。

「決まらんなぁ…仕方ないから後日委員の方から指名しま~す」

自分の判断が厳しいことを棚に上げて小柴は傍若無人に言い放つ。クラスの一部からはブーイングが出たものの、結局その場は各々やりたい担当に割り振られてタイムアップとなった。

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