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コズミック・ドリフター②欲望の摩天楼(商業ユートピア "アルカディア・ネクサス")  作者: naomikoryo


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第二話:世界の値段

隠れ家での生活が始まって四日目のことだった。

コンソールに向かっていたリラが、不意に立ち上がり、陸の方を向いた。


「おい、そこの。いつまでも部屋の隅でキノコみたいにじめじめしてるな。ついて来い」


有無を言わせぬ口調でそう言うと、彼女はコートを羽織り、さっさと隠し扉の方へ歩いていく。

陸はわけが分からないまま、慌ててその後に続いた。


久しぶりに外の空気を吸う。

アルカディア・ネクサスは相変わらず、光と音と欲望の洪水だった。

だが、ウロボロスから初めてここに来た時とは、世界の色彩が少し違って見えた。

あの時はただ圧倒されるだけの、現実感のない光景だった。

しかし今は、リラに与えられた最低限の知識と、ここで生きていかなければならないという現実感が、その光景に生々しい輪郭を与えていた。


「これから、あんたにこの世界の『値段』というものを教えてやる。ぼさっと突っ立ってないで、よく見て、よく聞け。私が同じことを二度言うと思うなよ」


リラはそう言って、雑踏の中をすり抜けるように歩き始めた。

彼女が向かう先は、この商業ユートピアの心臓部ともいえる巨大な市場だった。


その場所は「万物市場パンデモニウム・マーケット」と呼ばれていた。

アーチ状の巨大なガラス屋根に覆われた、数キロにわたって続く巨大なアーケード。

そこには、ありとあらゆる店が混沌としながらも、奇妙な秩序を持ってひしめき合っている。


香辛料や未知の果物を売る露店。

見るからに怪しげな年代物の機械部品を並べたジャンク屋。

最新鋭の光線銃から原始的な鉄の剣まで、あらゆる武器を揃えた武器商。

さらには「昨夜の甘い夢、買います」「不要な子供時代の記憶、消します」などといった胡散臭い看板を掲げた、記憶処理屋まである。


「まず、通貨だ」


リラは歩きながら、一枚の銀色の硬貨を陸に見せた。


「これが、銀河標準通貨『コズモ』だ。ほとんどの文明圏で通用する。あんたがさっきまでいた部屋の家賃は、一ヶ月でおよそ一万コズモ。あんたが食ってる栄養バー一本が十コズモ。つまり、あんたは一日二十コズモの借金を、私にしていることになる。覚えとけ」


一万コズモ。

その価値が、陸にはまったく想像できなかった。

だが、彼女の言い方からして、決して安い金額ではないことだけは確かだった。


「見てみろ」


リラが顎で示した先には、一つの露店があった。

そこでは、ウロボロスで陸が喉の渇きを癒した、あの油の浮いた汚水が、透明なボトルに入れられて売られている。

「ウロボロス産ヴィンテージ・ウォーター、生命の源泉! 一本五十コズモ!」という、ふざけた看板と共に。


「……は?」


陸は思わず声を漏らした。

あんなドブ水同然のものが、栄養バー五本分の値段で売られている。


惑星ほしが違えば、価値も変わる。ウロボロスじゃ、ただで手に入る水も、ここでは希少価値がつく。逆に、ここではありふれた大気も、有毒ガスに満ちた星に行けば、金で取引される。これが、この宇宙の基本原則だ」


リラはさらに市場の奥へと進んでいく。


「そして、最も値段の変動が激しく、最も高く売れる商品が何か、分かるか?」


試すような目で、彼女が陸を見た。


「……情報、か?」


陸がそう答えると、リラは初めて、かすかに口元を緩めた。


「正解だ。まあ、私の仕事を見ていれば、馬鹿でも分かるか」


彼女は、ある情報屋の屋台の前で足を止めた。

店の主はタコのような頭部を持つ異星人で、複数の触手を器用に動かしながら客の応対をしている。


「例えば、だ」

リラは言う。

「隣の星系の航路で、最近、宇宙海賊が頻繁に出没するという情報。これを輸送業者に売れば、いくらになると思う?」


「……さあ」

「安く見積もっても五千コズモ。もし、その情報のおかげで企業が数億コズモ規模の損害を免れたとしたら、ボーナスでさらに数万コズモが上乗せされることもある」


五千コズモ。

栄養バー五百本分。

俺が二百五十日かけて返済する借金。

それが、たった一つの情報で。


陸は愕然とした。

地球での価値観が、音を立てて崩れていく。

金。

物。

そして情報。

この世界では、ありとあらゆるものに「値段」がつけられ、その価値を知る者だけが富を得ることができる。

そして、自分はその価値を何も知らない。

通貨の価値も、物の相場も。

そして、自分自身にどんな価値があるのかさえも。


無一文で、無知。

ウロボロスでは、ただの無力な獲物だった。

だが、このアルカディア・ネクサスでは、自分は搾取されるだけの「カモ」でしかない。


その事実がナイフのように、陸の心を突き刺した。

ただの異世界観光ではない。

自分は、ここで生きていかなければならないのだ。

この容赦のない資本主義のルールの中で。


「どうした、突っ立って。もう、腹でも減ったのか?」


リラの少しからかうような声に、陸ははっと我に返った。


「……別に」


彼はぶっきらぼうにそう答えると、彼女の隣に並んで歩き始めた。


今はまだ、無知で、無一文の弱者かもしれない。

だが、いつか。

いつかこの世界のルールを学び、自分の価値を証明し、対等な立場で彼女の前に立ってみせる。

そして必ず、地球に帰るための「情報」を、正当な「対価」を払って手に入れてみせる。


陸の目に、ウロボロスでチップを埋め込んだ時とは、また違う種類の、静かで、しかし燃えるような決意の光が宿っていた。

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