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赤い空で目覚めしもの

 銃声とブースターの吹かす音。

 それが交差する戦場を縦横無尽に駆ける、一機のMAマルス・アーマー


 シュライク。ライトグレーのその機体は、装備していたブレード付きのアサルトライフルを撃って、一機、また一機と破壊していく。

 最後の一機になった眼の前の敵が撃ってくる。


 緑のMA。だが、俺の敵ではない。

 動きが遅い。そう感じるには十分だった。


「てめぇで、終いだ!」


 ハングドマン05はそう言ってから、相手が撃ってくるマシンガンを避けつつ接近し、零距離。

 ブレードを敵MAのコクピットに突き刺した。

 それを引っこ抜くと同時に、相手はガクッと、無反応になった。


 また、気の抜けたファンファーレが鳴る。


『ハングドマン05、おめでとうございます。あなたの戦果によってこの基地の制圧に成功しました。三〇年の刑期削減です』


 はぁ、と一つため息を吐く。

 ワイズを巡るこのクソくだらない争いに身を投じてから幾年。

 戦えば戦うだけ刑期は減っていくが、なかなかにシャバに出るにはまだ時間がかかる。

 気の長い話をしていると、心底思った。


 一瞬だけ、首筋のワイズから電流が走った気がした。

 心臓が、一瞬だけ鼓動をより早めた。

 心拍数が五〇〇に到達したことを、AIがエラー音と共に知らせてくる。


 だが、それも一瞬で終わった。

 またMAを動かす最小心拍数の三〇〇に戻る。


 最近、戦場に出ると妙にそういう事象に出くわすことが増えた気がする。これで四回目だ。

 しかも、どうもこれが自分だけの事象ではないらしい。何しろ自分の所属している基地の他の囚人兵にも、同様の事象が起こっている。

 それで死んだ例だってあるものだから、何が起こっているのか不吉でならない。


 一部の戦線でワイズを大量に注入させて心拍数を意図的に上げる実験を行ったという噂もあったため、まさかそれかと思って、一度上官にカマかけたが、むしろそうなる原因はこっちが知りたいとまで言われてしまった。

 しらばくれている様子すらなかった。


 何が起ころうとしている。


 そう思ったとき、赤い空に、何か筋が見えた。

 血のような赤い空に、まるで血管が唸っているような、そんな妙な一本の線だ。


「ハングドマン05よりHQ、アンノウンか?」

『HQよりハングドマン05、こちらでは観測できていない。何か見えるのか?』

「筋が見える。上空だ」

『こちらでは観測なし。むしろ気になるのはお前だぞ。少しだが、脈が上がってる』

「あん? 何もこっちのコクピットアラートは知らせてねぇぜ?」


 妙に会話が噛み合わない。

 だが、仮に何かいるとすれば、間違いなくレーダー探索圏がより広範である基地のほうが引っかかる率は高い。

 そしてこちらでは気づかないうちに上がっている脈。


 何が起こっている。


 そう思ったとき、その筋が、こちらに向かってきた。


「攻撃してきやがった!?」


 そういった直後、その筋は先程破壊した緑のMAに直撃した。


 だが、何も起きない。


「あん?」


 疲れて幻でも見たのか?


 そう思った直後、首筋のワイズが急激に反応を起こした。

 脈が上がったことをシュライクのAIが告げる。


 その直後だった。

 あの緑のMAのカメラアイに、光が灯った。

 赤い、血のような光。


 MAは軋みを立てながらゆっくりと立ち上がると同時に、先ほど自分が撃ち抜いたコクピットから赤い光が漏れ出ている。

 その光が徐々に緑のMAを侵食していき、右腕の装甲と人工筋肉と破壊しながら変形していく。

 コクピット周囲も、何かゲル状のものに覆われ、腕は巨大なクローへと変貌を遂げた。


「なんだよ、これ……!」


 AIの警告音は鳴りっぱなしだ。

 自分の脈は高止まりしているだけならまだしも、敵の存在を知らせるアラートが止まらないのだ。


『ハングドマン05、状況を報告しろ! 高ワイズ反応がそこで起きている!』

「俺の方が聞きてぇよ! だが、多分これ相当やべぇぞ。ワイズが、MAを食いやがったかもしれねぇ」

『なんだと?!』

「なんとか止めるだけ止めてみるが、増援もくれ」

『おい、ハングドマ』


 コンソールを押してHQとの通信を遮断した。

 何かが言っている。


 こいつは、止めなきゃならねぇんだと。


 殺人犯の自分が言うのもおこがましいが、妙な正義感がよぎっているのを感じた。


 警報。敵からの攻撃。

 コクピットから触手のようなものが伸びてきて、こちらに向かってくる。

 ハングドマン05は舌打ちした後、すぐに避けて、一発アサルトライフルを撃った。


 だが、相手は避けることすらせず、その弾丸がコクピットに吸い込まれる。

 そして、豪快にコクピットに穴が開いた。


 だが、直撃したはずの吸い込まれた弾丸がコクピットから一発の金属音と共に地面に落ち、穴が開いていたコクピットはゲルで再び塞がった。


「再生すんのかよ……!」


 ハングドマン05は頬に汗が伝うのを感じた。

 相手が、クローを前面に出す。

 瞬間、そのクローから触手が出て、一斉にこちらに襲い掛かってきた。

 フットペダルを踏みこんで、一気にシュライクを加速させる。


 触手の数は五本。

 その五本の触手は、いとも簡単に残骸として転がっていたこちらの破壊したMAを貫通して追ってくる。

 まるでMAの装甲が紙くずのようだ。


 だが、その威力以上に何かがささやく。

 一本でも当たれば、最後だと。


 先程までの戦闘で残りの弾丸は半分。肩のレールガンとミサイルランチャーが健在なのが不幸中の幸いだ。

 まずはアサルトライフルで牽制する。

 しかし、相手は避けようともしない。

 弾丸が当たっても吸収しては再生していくだけだ。


 この程度では埒が明かない。


 触手が迫ってくる。

 思ったよりこれの動きは早い。

 ならば、と、ハングドマン05はシュライクのリミッターを外した。


 ワイズが、一気に身体に流れ込むのを感じる。


 心拍数、六〇〇、七〇〇。

 胸が痛い。

 だが、だからどうしたと、開き直っている自分がいる。


 胸の痛みがあるということは、それは今自分が生きているということだ。

 今の緑のMAみたいに、弱いからワイズに食われる。

 だったらこう思い続ければいい。


 俺は、俺なのだと。


「シュライク、いくぞ」


 そう言ってから、ハングドマン05は一気にフットペダルを踏み込んだ。

 触手がこちらに追ってくる。


 だが、相手は追いつけない。

 それもそうだ。こちらのコンソールに写ったスピードメーターは完全に未知の領域を示している。

 だからか、相手は攻め方を変えてきた。


 胸からも触手が伸びてくる。

 前からは胸から出た触手、後ろからはクローから伸びる触手。


 だから、その触手同士が交差する一瞬。

 一気に、シュライクをジャンプさせた。


 触手同士が、ぶつかった。

 粉々に、双方の触手が分解される。


 元からあれだけの威力だ。それが正面衝突、当然その時の衝撃は生半可ではない。

 だが、いくつかの触手が残った。

 それがこちらを追ってくるが、それも想定のうち。


 急降下して一気にこちらに触手を引き付けた。

 触手は案の定全速力で向かってきている。

 だから、今度は敵の眼の前だ。


 飛んだ。


 瞬間、触手は緑のMAを貫いた。


 予想は当たっていた。

 敵は避ける能力がない。正確に言えば、自己再生できるから避ける必要がない。

 だから今回も避けないだろうと踏んだ。

 あれだけの加速力があった触手だ。急に止まるのは不可能。

 それも当たっていた。


 だが、予想と一つ違っていたことがある。

 まだ、相手が立ち上がろうとしてきていることだ。

 穴だらけの機体で、立ち上がろうとしている。


「前の奴よりよほどタフじゃねぇか。だからよ」


 アサルトライフルのブレードを、相手の穴に突き刺した。

 全弾射撃。零距離で。

 そのままレールガンもミサイルも残弾をすべて撃った。


「くたばりやがれええええ!」


 アラートが鳴る。

 弾切れ。

 そして相手は、動かなくなった。

 轟音を立てて、緑のMAが倒れた。

 カメラアイから光が消え、覆っていたゲル状のものも分解されていく。


 味方の増援が来たことを知らせたのは、荒く三回程息を吐いた後だった。


『ハングドマン05、何があったか、後に詳細レポートを出してもらうぞ』

「へーへー」


 めんどくせぇ仕事が増えた。

 そう思ったときに、電文が届いた。


 暗号文だ。

 だが、何故だ。

 読める。

 習ったことのない知らない言語なのに、それが分かる。


「食われたのか、俺も」


 注入しまくったワイズが、恐らく自分の中の知識を急激に広げたと、何故か考えることができた。


 電文にはただ一言。


 基地で君を待っている。


 そう記されていた。


「差出人……ヴァルハラ所属マーク・バルバロイ。誰だ、こいつ?」


 聞いたことのない名前だ。

 自分の基地には、こんな名前のやつはいない。


「ま、どちらでもいいか。俺は、俺だ」


 そう思って、赤く見える空に手を伸ばす。

 筋はもう見えない。

 だが、何故かこの空が、いつになく不気味に感じられた。


(了)

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