ー6ー 心に引っかかるもの
森の奥へと分け入ってから、しばらくが経った。
三人で手分けするように辺りを探したが、小さな姿はどこにも見当たらない。
枝葉が重なり合い、かすかな葉ずれの気配が、静まり返った森に紛れていた。
木々の隙間から落ちるわずかな光が、まだらに地面を照らしていた。
その静けさが、かえって胸をざわつかせた。
「ミーオ! どこにいるんだ!」
ロイは声を張り上げて叫んだ。
返事はない。
森は沈黙を守ったままだ。
「……おい、サグロス」
レイドが歩みを止めずに言う。
「お前、魔力感知で探せないのか?」
「俺のを当てにするなよ」
サグロスはそう言って、周囲の木々に目をやった。
「こんだけ木や岩がごちゃごちゃしてて、しかも広範囲だぞ。無理だ。それに赤ん坊だろ? まず引っかかんねーよ」
ロイは足を止め、思わず振り向いた。
「お兄さん……魔力感知できるんですか?」
サグロスは歩みを緩めることなく進み、立ち止まったロイの横に並ぶ。
そのまま二人は、同じ歩調で森の中を進み始めた。
「あー……できるにはできる」
サグロスは少し言いよどみ、後頭部を掻いた。
「けど性能はそこまで良くねーし、探れる範囲も狭い。期待するな」
「魔力感知って、誰でもできるんですか?」
ロイの素朴な問いに、レイドが淡々と答える。
「誰でも、というわけではない。扱うには魔力制御の訓練が必要だ」
「魔力制御……」
ロイはその言葉を、噛みしめるように繰り返した。
「お前、魔力感知に興味あんのか?」
サグロスが何気なく視線を向けた。
「え? あっ、いや……」
ロイは慌てて首を振った。
「友達に、できる人がいて……できたら便利そうだなって思っただけです」
「……魔力感知なんてな」
サグロスは訝しげに目を細めた。
「普通に生活してる分には、そこまで必要ねーと思うけどな」
「前に……」
ロイは少し視線を落とした。
「村が魔物に襲われたことがあって。使えたら、何か役に立つんじゃないかなって思ったんです。まあでも、俺、魔力制御苦手なんで……無理そうです」
そう言って、困ったように笑った。
「ふーん……」
サグロスはそれ以上言葉を続けず、ちらりとレイドへ視線を送った。
眉が、わずかに動く。
――こいつ、ただの一般人じゃなさそうだが。
その無言の問いに、レイドは応えない。
ただ、ほんの僅かに首を振った。
――余計な詮索はするな。様子を見る。
サグロスは小さく息を吐き、再びロイへと視線を戻す。
しばらく無言で見つめたあと、ぽつりと声を落とした。
「……なあ?」
「なんですか?」
「お前、俺とどっかで会ったことある?」
「え?」
ロイの足が止まる。
その横で、レイドもわずかに目を見開いて立ち止まる。
二人の反応に、サグロスは一歩遅れて足を止めた。
一瞬、森の音が遠のいた。
「……お前」
レイドが呆れたようにため息をつく。
「見境なく口説くな」
「あ? 口説いてねーよ」
サグロスは即座に言い返した。
「俺が好きなのは可愛い女の子だぞ。男じゃねーわ」
「えっと……」
ロイは戸惑いながら答える。
「ないと思います。俺、ウガーノからあまり出たことないですから」
「ウガーノ?」
サグロスが眉をひそめる。
「どこだそれ?」
「フレイヴ山脈の西側にある村です」
「フレイヴ山脈の西側……?」
サグロスは目を丸くした。
「あんな辺境に、人住んでるのかよ……」
「住んでますよ!」
ロイは思わず声を張る。
「今、目の前にいますよ!」
なぜか少し誇らしげだった。
「……あっ……そうだな……」
サグロスは一瞬だけ言葉に詰まり、何とも言えない顔でロイを見返した。
(……他人の空似、か。でも……誰に?)
答えの出ない感覚が、胸の奥に小さく引っかかったまま消えない。
「そんな遠くから来ていたのか」
レイドが言った。
ロイは、声に応じるようにレイドへ顔を向けた。
「どおりで、ソポルの実を知らないわけだ」
「睡眠効果のある果実なんて、全然知りませんでした」
ロイは苦笑する。
二人は言葉を交わしながら、再び森を歩き出した。
サグロスは一拍遅れて、その後ろにつく。
「ミーオが美味しそうに食べてたから、大丈夫かなって思ったんですけど……ダメでしたね」
「……ちょっと待て」
それまで黙っていたサグロスが、低い声で割り込んだ。
「赤ん坊が食べた……? で、いなくなった?」
「? そうですけど……」
「……それは」
レイドが言葉を継ぐ。
「眠ったあと、何かに連れて行かれた可能性があるな」
「……!?」
ロイの顔から血の気が引いた。
「た、大変だ……! 早く見つけないと!」
駆け出そうとした瞬間、レイドに腕を掴まれた。
「待て。闇雲に探しても時間の無駄だろう」
そのままサグロスを見る。
「サグロス。なんでもいい。この近くに何かいるか?」
「……ちょっと待て」
サグロスは足を止め、目を閉じた。
「集中させろ」
森の音が、急に遠のいたように感じられる。
葉のすれる音、木の軋み、地面を踏む感触――すべてが研ぎ澄まされていく。
「……!」
やがて、サグロスが目を開いた。
「この先に、わずかだが何か……人ではない魔力の反応があるな」
「でかした」
レイドは即座に言い切る。
「急ぐぞ」
三人は顔を見合わせることなく、同時に駆け出した。




