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アルスレア  作者: ゆきつき
第三章 蒼海の試練

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ー15ー反撃の号砲

甲板の空気は、海底から伸びる無数の触手の気配でざらついていた。

海風が冷たく吹き抜けるたび、治癒魔法の柔らかな緑の光が、ティオの腹部でふわりと揺れる。


ティオは片膝を立てて座り、息を整えながら、そっとミネアの顔を覗き見た。

至近で膝をつくミネアは黙ったまま、手元の魔力の光だけが静かにゆらめいている。


「……中尉、怒ってます?」


ミネアは答えず、唇をわずかに引き結んだ。

ティオは落ち着いた声で続けた。


「命令違反をしたことは、支持すべきではないですけど……正直、俺はマルクが戻ってきて助かりました。でなければ今頃、死んでました」


取り繕うような声音ではない。感情を抑えてはいるが、ミネアの気持ちを汲んだ、どこか柔らかい声だった。


ミネアの指先で揺れる光が、わずかに乱れた。


「……そう、ですね……」


ぽつりと落ちた声には、怒りだけではない複雑な感情が滲んでいた。


マルクの命令違反に腹は立つ。だが、その違反がティオの命を救った事実も否定できない。

その相反する思いに、ミネア自身が揺れているのがティオにも伝わった。


「ロイのことは心配ですけど、信じて……今は俺たちの戦いに集中しましょう」


ミネアは何も言わない。


甲板では仲間たちの戦闘音が途切れなく響いていた。

フェルドの雷撃がほとばしり、容赦なく触手を撃ち抜く。

オルフの盾が勢いよく振るわれ、触手を薙ぎ払う。


さらに――近くで構えるマルクの剣が白光の軌跡を描きながら、ティオとミネアに迫る触手を迷いなく斬り刻んでいた。


ティオは苦笑しつつ、わずかに姿勢を整えた。


「ここを切り抜けたらロイを追って――マルクにとびきりキツイ罰でも与えてやればいいですよ」


ミネアの肩がぴくりと震えた。

そして、ほんの一拍置いて、小さく笑う。


「……とびきりキツイ罰、ですか。いいかもしれませんね」


やっと浮かんだ微笑みに、ティオの胸はふっと温かくなった。


ティオは近くで斬撃を放つマルクの背中を見やり、悪戯っぽく笑った。


「なんなら俺、お手伝いしますよ? あいつの泣きっ面、見てみたいですし」


ミネアの表情に、ようやくいつもの柔らかさが戻った。


「軽口を叩けるほどには、回復できたみたいですね」


「はい! 解毒薬の効果も出てきて、だいぶマシになりました。ありがとうございます」


「ですが、出血の量は多かったので……無理はしないようにしてくださいね」


その言い方は、怒っている上官ではなく、仲間を気遣う一人の魔導師の声だった。


ティオは胸を張り、笑顔で返した。


「任せてください! 皆さんの足を引っ張るような真似はしません」


すぐ近くから、マルクが短く吐き捨てる。


「……おい。悪巧みしてる元気があるなら、とっとと動け」


ティオは片膝を押して立ち上がりながら、楽しげな笑みを口元に浮かべた。


「ほんっと、お前……ツンデレにも程があるんじゃねーの?」


「うるさい」


軽いやり取りの後、ティオはマルクの横をすり抜けて触手へ斬り込んでいった。


ミネアは立ち上がり、風に揺れる髪を押さえながら仲間たちへ視線を向けた。


「……エルドランさんの命令違反は、今は保留とします」


声は凛として、魔力の光を帯びたように澄んでいる。

周囲では、誰もが戦いながら耳を傾けていた。


「目前の敵へ対処することを優先します。

魔導砲を使用し、海底を撃ち、触手群を削ぎ落とします。私は魔法で。

グランディアさん、エルドランさん、ラグナーさんは、魔法攻撃を逃れた触手に対処を。

リュースさんは魔導砲の操作をお願いします。出力は最大で。この際、船の損壊は致し方ありません。

発射のタイミングはリュースさんに一任します」


ミネアの瞳は揺れず、まっすぐ前を見据えていた。

その姿は、仲間の命を預かる指揮官そのものだった。


「ここを切り抜けた後、ウェールグさんを追います。

誰一人欠けることは許しません。……いいですね?」


その言葉に合わせるように海風が強く吹き、帆が大きくはためいた。


「――了解!」


仲間たちの声が重なり、空気が一気に熱を帯びる。

海面が裂け、無数の触手が再び立ち上がった――


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