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アルスレア  作者: ゆきつき
第三章 蒼海の試練

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ー13ー崩れゆく均衡

海面下へ潜り込んだ救難艇は、荒れ狂う波圧を全身で受けながら、ぎしぎしと軋んでいた。

暗い夜のはずなのに、海面の向こう側は昼のように明るい。雷光のような眩い光が、脈打つように明滅している。


その光に照らされた海の中で、影が――いや、影などという生易しいものではない。

無数の触手が海流を切り裂きながら、船へと伸びてきていた。


救難艇すれすれを一本の太い触手が勢いよく横切り、艇がぐらりと揺れる。

視界がひっくり返り、窓が海底を向いた。


「うわっ!」


ロイは座席にしがみついたまま叫んだ。

揺れる視界の先――仄暗い海の底から、何百、いや何千とも思える触手が這い上がってくる。


毒々しく濁った紫の光が海中で怪しく揺れ、恐怖をさらに際立たせていた。


(……ッ!)


あまりにも巨大で、あまりにも恐ろしい敵の姿に、ロイは声にならない悲鳴を噛み殺し、目を見開いたまま固まった。


――


その巨体の“敵”を相手に、船上では激しい攻防が続いていた。


フェルドの雷撃が空気を爆ぜさせ、白紫の雷光が触手の群れをまとめて焼き焦がす。


ミネアの風刃は、まるで見えない鎌の群れのように触手を切り裂く。


オルフの盾には太い触手が連続して叩きつけられる。だが彼は一歩も退かず、歯を食いしばって押し返す。


その隙間を縫うように――

炎を纏ったティオの双剣が閃き、灼熱の軌跡を残して触手を焼き斬った。


だが――あまりにも多い。


焼いても、斬っても、切り裂いても、

触手は底なしの闇から湧くように次々と迫ってくる。


一本を倒せば、その背後から十本が迫る。

斬り払ったはずの空間が、次の瞬間にはまた埋め尽くされていた。


ミネアは杖を握りしめたまま荒い息をついた。


「はぁ……はぁ……」


(まずい……防ぐだけで精一杯……

魔導砲に一人回せば、その瞬間ここが崩れる……

皆さん、疲労が溜まってきている……誰が倒れてもおかしくない……)


汗が頬を伝い、視界の端が白く揺れたその時――


ティオの足が踏ん張りきれず、わずかによろめいた。

炎を纏う双剣が揺らぎ、彼の体がぐらりと傾く。


致命傷となった腹部の傷は、治癒魔法でどうにか塞がっただけだ。

毒は体の底に残り、弱った生命力では再生が追いつかない。

肉が寄り付いて見た目は塞がっているが、内側の組織は脆く、不安定なままだ。


ティオが体勢を立て直そうと身を捻った、その瞬間――

腹の奥で、嫌な感覚が走った。


「……っ!」


塞がっていたはずの傷が、内側から再び開いた。

激痛が一気に駆け抜け、ティオの呼吸が止まる。


膝から力が抜け、ティオは甲板に片手をついた。

もう片方の手は反射的に腹部を押さえる。

指先に触れたのは、自分の温かい血――


そして――


まるでこの瞬間を狙っていたかのように、濁った紫光を帯びた触手が一斉にティオへと向きを変え――殺到した。


「ラグナー!立て!」


オルフが叫ぶ。

だがティオは、腹の奥を焼く痛みに足を奪われ、一歩踏み出すことすらできなかった。


太い触手が、容赦なくオルフの盾へ叩きつけられている。

オルフは歯を食いしばって受け止めるが、圧力が凄まじく、踏み込む余裕などない。


フェルドが雷を、ミネアが風を放とうとしても――詠唱が間に合わない!


空気が裂けるような音を立てて、触手が一直線に迫る。


「ラグナーさん!!」


ミネアの叫びが甲板に響いた。


ティオは立ち上がれない。

触手はもう目の前。


その瞬間――光が走った。


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