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アルスレア  作者: ゆきつき
第三章 蒼海の試練

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ー10ー海底からの殺意

日が沈み、夜の帳が降りた。

月と星が輝く夜空の下、甲板では絶叫と笑い声の入り混じる地獄の鬼ごっこが続いている。


その時、ミネアが魔力の流れに異変を感じ取った。

「――皆さん! 海底より何か接近しています! 

警戒してください!」


ティオに捕まりかけた瞬間、ロイの足元がわずかに盛り上がる。


「!?」


ティオがそれに気づき、ロイの背中を力いっぱい押し飛ばした。

その瞬間、黒光りする何かが甲板を突き破り、ティオの腹部を貫通した。


「があっ!」

「チッ!」

マルクが即座にその“何か”を斬り払う。


切り落とされたそれは、太さ十五センチほどもある黒い触手で、毒々しい濁った紫光を放ちながら、甲板の上でヌルリと蠢いた。


ティオに突き飛ばされ、甲板に顔からぶつかったロイが痛みに呻きながら身を起こす。

「いたた……いきなり突き飛ばすなんて、ひど――」


言葉が止まる。


そこには腹部から血を流して倒れ込むティオの姿があった。

「!? ティオさん!」


「――ウェールグ! こっちへ飛べ!」

マルクが叫ぶ。


反射的にロイが甲板を蹴った直後、さっきまで彼がいた場所から再び触手が突き出した。


「狙いは坊主か!」

オルフが唸る。


「ウェールグ! アルスレアの発動を解け! お前の魔力に反応して攻撃している!」

フェルドの声が飛んだ。


「は、はいっ!」ロイは慌ててアルスレアの発動を解除する。


ミネアはすぐにティオの傍へ駆け寄り、治癒魔法を施した。


「……すみません、中尉……」

「いえ、よく彼を守ってくれました。見事な判断です」

「へへへ……ゴフッ!」

ティオの口から血が零れる。


(治癒魔法の効きが悪い……毒? それにあの太い触手――まさか、メデュラーゲ!?)


ミネアが顔を上げる。

「皆さん! 敵はメデュラーゲの“人造種”と思われます! 毒に気をつけてください!」


その声と同時に、海面から無数の触手が現れ、船を取り囲んだ。

空高く伸びた触手群が、一斉に船へと降りかかった。


「全員! グランディアさんの後ろに退避!」


ミネアが指示を飛ばす。

オルフが黄色の光をまとい、大型の盾を上空に展開した。

マルクはロイを脇に抱え、その下へ滑り込む。


凄まじい衝撃音。

「うおおおおおお!」

オルフが雄叫びを上げながら、盾で攻撃を受け止めた。


轟音とともに、甲板が悲鳴を上げるように裂けた。


一瞬、重力が消えたかのような浮遊感――


次の瞬間、全員の体が木片とともに甲板下へ叩きつけられた。


「はぁ……はぁ……全員、無事か!?」

オルフの声が闇の中に響く。


割れた甲板の隙間から月明かりが差し込み、ほの白い光が舞う埃を照らしていた。

ランタンの灯りは落下の衝撃で壁にぶつかり、ぶら下がったままゆらゆらと揺れている。

炎が明滅し、狭い船室に不気味な影を作り出した。


「全員……無事です。……ウェールグ、大丈夫か?」

マルクが荒い息を吐きながら、顔面蒼白のロイに声をかける。


「は、はい……」

震える声。


灯りが一瞬消え、真っ暗になる。

その刹那、“ズズズ……”と、すぐ近くの壁の向こうで何かが這う音がした。


「敵は標的を見失ったせいで、無差別攻撃に移ったな」

フェルドが低く呟く。


誰もが息を殺していた。

全員、手にしていたコルディアの光を静かに解き、武器化を解除する。


ミネアが壁にもたれ、損傷したランタンを拾い上げた。


淡い光がゆらめき、仲間たちの顔をぼんやりと照らす。その光の中、ティオの顔は汗と血で濡れていた。


ミネアが静かに注射器を取り出し、彼の腕に針を刺す。


ミネアは険しい顔で呟く。

「あの触手、私の感知範囲外から来ています……本体は相当離れていますね」


「だとすると本体は海底か。こちらの攻撃がまったく届かんな……」

オルフが囁くように言った。


「あいつが報告で上がっていた、最近軍船を何隻も沈めている魔物で間違いなさそうですね」

マルクも低く、小さな声で言う。


フェルドは眉をひそめ、わずかに息を吐いた。

「人造種か……厄介なものに出会ってしまったな」

「……じんぞうしゅ……?」

ロイの声には、まだわずかに震えがあった。


「以前、人工的に“七属性持ち”を作り出そうとする者たちがいるとお話ししたと思います」

ミネアが静かに続けた。

「彼らは人だけでなく、魔物までも素材にして実験を繰り返しているのです」


「人が元の場合は精神の崩壊や肉体の変化、魔物が元の場合は特性の暴走や巨大化が起こることが多い」

フェルドが腕を組み、低く唸った。

「今回のやつはメデュラーゲを基にしているが――

大きさが桁違いだな。毒にも、何か特殊な効果があるやもしれん」


その言葉に、場の空気がぴんと張り詰めた。

誰からともなく、視線がティオへ向かう。


ティオは床に横たわり、浅い呼吸を繰り返していた。

傷は塞がっているはずなのに、血の気は戻らない。

青ざめた肌に、解毒薬の効果はまだ見えない。


フェルドの言葉に、重い沈黙が降りた。



闇の中で、かすかに赤い光が閃いた。


その瞬間、全員の身体が反射的に構える。


しかし、

次に聞こえたのは――小さな羽音だった。


「……ミーオ?」


「ぴゅおっ!」


暗がりの中から、ふわふわの毛玉のような影が飛び出してきた。


淡いピンクの体毛が、灯りを受けてほのかにきらめく。

ミーオは嬉しそうにミネアの胸元へ飛び込み、

ミネアはその小さな体をそっと抱きしめた。


「よかった……無事だったのね……」



「……人造種の攻撃が止まりましたね」

マルクが、甲板の裂け目から覗く夜空を見上げる。

雲間に顔を出した月光が、裂け目から差し込み、静まり返った船内を淡く照らしていた。


「……様子を窺っているのだろう。

 魔力を使った瞬間、また来る」

オルフの声が、低く、闇に溶けた。


――船体の外では、まだ海が鳴っていた。


うねる波音の奥に、何か巨大なものが息をしているような音が混じっていた。

その気配は、静寂の下でなお、確かに生きていた。


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