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アルスレア  作者: ゆきつき
第三章 蒼海の試練

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20/39

ー5ーふたりの距離

ミネアはしばらくロイの手元を見ていたが、ふと顔を上げた。


「村を出たこと、後悔していますか?」


ミネアがぽつりと問いかけた。

その声は、訓練の時よりも少しだけ柔らかい。


「いえ。後悔っていうより……俺、何も知らずに幸せに暮らしてたんだなと思って。

あの、俺が“行かない”って言ってたら、どうしてました?」


ミネアは短く息を吸い、ためらいなく答える。


「どんな手を使ってでも、強制的に来てもらうつもりでした」


「俺に決定権、なかったじゃないですか……」


「“自分で決めた”のか、“他人に決められた”のか。

――それだけで覚悟の重さが違います」


淡々とした言葉の奥に、長い時間を背負ったような響きがあった。


ロイはその眼差しを見つめたまま、自然と問い返していた。


「……それ、経験からですか?」


ミネアはほんの一瞬、目を伏せて微笑んだ。


「……そうですね。私も、そうやって自分の道を選んできました」


「同じくらいの年かと思ってたけど……もしかしてもっと年上?」


一瞬の沈黙。


「……老けているとでも?」


「……えっ?」

ミネアはにっこり笑っている。

……のに、背筋が凍るような圧を感じ、ロイは思わずのけぞった。


「ご、ごめんなさい! そういう意味じゃなくて!

考え方がすごく大人だなって!」


「……年は、あなたより一つ上なだけです」

むっと頬をふくらませるミネア。

その表情に、ようやく“少女”の一面がのぞいた。


「……仕事中の中尉さんもかっこいいですけど……あの、もし違ってたらごめんなさい。なんか……無理してませんか?」


「えっ?」


ミネアのまばたきが止まる。

ロイは視線を泳がせながら、言葉を探した。


「小さい頃から軍にいるって聞いたので、何か理由があるのかなとは思ったんですけど……

昨日ミーオに話しかけてた時とか、今みたいにしてくれる時の方が、なんか“自然”で話しやすいなって」


ミネアはぽかんとした顔をしたあと、ふっと息を漏らした。


「あっ、ごめんなさい! 変なこと言って!

正直に言うと……大人の人ばっかりで、ちょっと息抜きしたいなっていうか……

あれ? 中尉さんって偉い人なんだっけ?」


ぷっと、ミネアが吹き出した。

その笑い声は風鈴みたいに軽やかだった。


「ふふ、ごめんなさい。私と“友達みたいに話したい”なんて言う人、あまりいなくて」


ミネアの口元に、ようやく軍人ではない少女の笑みが浮かんだ。

その柔らかな表情に、ロイの胸がじんわりと熱くなる。


「……あなた、本当にまっすぐで変わってる人ね。よろしくね、ロイ」


「! よろしく、ミネア」


その瞬間、船室の空気が少し明るくなった気がした。


――


船室の外では、ひとりの影が静かに耳を傾けていた。


船の廊下は薄暗く、木が軋む音が響いていた。

マルクは壁にもたれ、わずかに目を伏せていた。

その耳に届くのは、扉の向こうから漏れる笑い声。


「……」


「エルドラン、そんなところで何をしている?」


通りすがりに足を止めたフェルドが、ちらりとマルクを見た。


「可愛い妹分が他のやつと仲良くしてるのが気に入らないのか」


マルクの口元がかすかに引きついた。

眉を寄せ、じとっとした目でフェルドを見る。


「……フェルドさんも、そんな冗談言うんですか?」


「違うのか?」


「違います。ただ……あいつには、同年代の奴といた方が“十五歳らしく”いられるんじゃないかと思っただけです」


マルクの声は静かだったが、その目はどこか遠くを見ていた。

フェルドは小さく笑った。


「お前も同年代だろう」


「違いますよ。十代と二十代じゃ全然違いますって」


「ついこの間まで十代だったろ、お前も」


マルクは言葉に詰まり、目を逸らした。

「……ゔっ……」

小さく息をつき、肩を落とした。


フェルドは口の端をかすかに上げた。


「まあ確かにな。俺たちと一緒にいれば、あの娘は“中尉”として振る舞わざるを得ない。

ウェールグといるのは、いい息抜きかもしれんな。

あいつはいい意味で、真面目じゃない」


「そうですね……」


マルクはふっと視線をそらした。

(肩の力、もう少し抜けよ――ばかやろう)


船体がゆっくりと軋み、静けさだけが廊下に残った。

マルクは目を細め、そっと息を吐いた。


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