ー5ーふたりの距離
ミネアはしばらくロイの手元を見ていたが、ふと顔を上げた。
「村を出たこと、後悔していますか?」
ミネアがぽつりと問いかけた。
その声は、訓練の時よりも少しだけ柔らかい。
「いえ。後悔っていうより……俺、何も知らずに幸せに暮らしてたんだなと思って。
あの、俺が“行かない”って言ってたら、どうしてました?」
ミネアは短く息を吸い、ためらいなく答える。
「どんな手を使ってでも、強制的に来てもらうつもりでした」
「俺に決定権、なかったじゃないですか……」
「“自分で決めた”のか、“他人に決められた”のか。
――それだけで覚悟の重さが違います」
淡々とした言葉の奥に、長い時間を背負ったような響きがあった。
ロイはその眼差しを見つめたまま、自然と問い返していた。
「……それ、経験からですか?」
ミネアはほんの一瞬、目を伏せて微笑んだ。
「……そうですね。私も、そうやって自分の道を選んできました」
「同じくらいの年かと思ってたけど……もしかしてもっと年上?」
一瞬の沈黙。
「……老けているとでも?」
「……えっ?」
ミネアはにっこり笑っている。
……のに、背筋が凍るような圧を感じ、ロイは思わずのけぞった。
「ご、ごめんなさい! そういう意味じゃなくて!
考え方がすごく大人だなって!」
「……年は、あなたより一つ上なだけです」
むっと頬をふくらませるミネア。
その表情に、ようやく“少女”の一面がのぞいた。
「……仕事中の中尉さんもかっこいいですけど……あの、もし違ってたらごめんなさい。なんか……無理してませんか?」
「えっ?」
ミネアのまばたきが止まる。
ロイは視線を泳がせながら、言葉を探した。
「小さい頃から軍にいるって聞いたので、何か理由があるのかなとは思ったんですけど……
昨日ミーオに話しかけてた時とか、今みたいにしてくれる時の方が、なんか“自然”で話しやすいなって」
ミネアはぽかんとした顔をしたあと、ふっと息を漏らした。
「あっ、ごめんなさい! 変なこと言って!
正直に言うと……大人の人ばっかりで、ちょっと息抜きしたいなっていうか……
あれ? 中尉さんって偉い人なんだっけ?」
ぷっと、ミネアが吹き出した。
その笑い声は風鈴みたいに軽やかだった。
「ふふ、ごめんなさい。私と“友達みたいに話したい”なんて言う人、あまりいなくて」
ミネアの口元に、ようやく軍人ではない少女の笑みが浮かんだ。
その柔らかな表情に、ロイの胸がじんわりと熱くなる。
「……あなた、本当にまっすぐで変わってる人ね。よろしくね、ロイ」
「! よろしく、ミネア」
その瞬間、船室の空気が少し明るくなった気がした。
――
船室の外では、ひとりの影が静かに耳を傾けていた。
船の廊下は薄暗く、木が軋む音が響いていた。
マルクは壁にもたれ、わずかに目を伏せていた。
その耳に届くのは、扉の向こうから漏れる笑い声。
「……」
「エルドラン、そんなところで何をしている?」
通りすがりに足を止めたフェルドが、ちらりとマルクを見た。
「可愛い妹分が他のやつと仲良くしてるのが気に入らないのか」
マルクの口元がかすかに引きついた。
眉を寄せ、じとっとした目でフェルドを見る。
「……フェルドさんも、そんな冗談言うんですか?」
「違うのか?」
「違います。ただ……あいつには、同年代の奴といた方が“十五歳らしく”いられるんじゃないかと思っただけです」
マルクの声は静かだったが、その目はどこか遠くを見ていた。
フェルドは小さく笑った。
「お前も同年代だろう」
「違いますよ。十代と二十代じゃ全然違いますって」
「ついこの間まで十代だったろ、お前も」
マルクは言葉に詰まり、目を逸らした。
「……ゔっ……」
小さく息をつき、肩を落とした。
フェルドは口の端をかすかに上げた。
「まあ確かにな。俺たちと一緒にいれば、あの娘は“中尉”として振る舞わざるを得ない。
ウェールグといるのは、いい息抜きかもしれんな。
あいつはいい意味で、真面目じゃない」
「そうですね……」
マルクはふっと視線をそらした。
(肩の力、もう少し抜けよ――ばかやろう)
船体がゆっくりと軋み、静けさだけが廊下に残った。
マルクは目を細め、そっと息を吐いた。




