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アルスレア  作者: ゆきつき
第三章 蒼海の試練

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ー2ー魔法と北海の宝

陽が傾き、海面が金色に染まり始めていた。


マルクのおかげで、今日の残りの訓練は免除になった。


空腹に耐えかねたロイは、夕飯前の腹を満たすべく、船の甲板で自力の食料調達に挑む――竿を握り、海を見つめる。


「……川と違って、魚が見えない……釣れるのか、これ?」


竿を握ったまま、波の合間に目を凝らす。

夕陽の光がちらちらと反射し、海面が淡く揺れていた。

しかし、待てども当たりはなく、腹の虫がぐううと鳴るばかり。


潮風が顔を撫で、潮の匂いと冷たさが肌を包む。


「……みんな、元気にしてるかなぁ?」

妹や友達の顔が、ふっと脳裏に浮かぶ。


「ビットが“魔法学べよ”なんて言ってたけど、本当に簡単なことじゃないな……

それに、魔法って何でもできる“奇跡みたいな力”だと思ってたけど……違うんだな」


思考の波間に、フェルドの地獄の講義がよみがえった。


――


軍船の一室――


波の揺れと船体の軋みが、静かな圧を作っていた。

窓の外では青く光る海面がちらちらと揺れ、遠くで海鳥の声が響く。


フェルドは机の上の資料を指で軽く叩きながら、無表情に講義の準備をしている。

その静寂を破るように、冷たい声が響いた。


「今日は“魔法の基礎”だ」


ロイは背筋を伸ばした――が、日々の訓練で疲れ果てた頭は、もやがかかったようにぼんやりしていた。


「まず、魔法は“魔素”との共鳴によって発動する。

魔素が薄い場所では威力が下がり、枯渇すれば不発だ」


魔素――耳慣れない言葉に、ロイは小さく眉をひそめた。

フェルドはその反応を見越したように、淡々と続ける。


「魔素とは、精霊が生み出す力だ。空気にも水にも宿り、世界を巡る。

つまり、精霊の息吹こそが魔法の源――と言っていいだろう」


頭の中に流れ込む情報に、ロイは思わず口を開けたままになった。

「……ふぁい……」


「……今のは返事か、寝言か」

フェルドの眉がピクリと動く。


「返事です!」


「もう一度言う。魔法は“物質の生成”や“存在そのものの書き換え”には使えない。

欠損した腕を再生することも、病を根絶することも不可能だ」


「えっ、でも中尉さんが怪我を魔法で治してましたよね?」


「……それは“自然治癒力”を助けているだけだ。魔法は万能ではない。誤解するな」


フェルドは一拍置き、ロイをまっすぐに見据えた。

「ウェールグ、アルスレアを出せ」


ロイは“アルスレア”を机の上に置いた。

村にいた頃は軍の管理下にあったが、今はロイ自身に託され、常に身に付けている。


フェルドはその霊晶石を指で軽く叩きながら説明した。


「これが“コルディア”だ。霊晶石に魔法構築式を刻み、魔力を通すことで詠唱を省略し、魔法行使を可能にする道具だ。

ただし、詠唱を組み合わせれば、より強力な現象を生み出せる」


「へぇ……」

半分寝ながら、感心するロイ。


フェルドの視線が一瞬、鋭く光った。

「魔法の使用には、魔力と精神力を消費する。

過剰使用は魔力枯渇を招き、最悪、生命活動そのものが停止する。

――“限界を超えるな”。それが第一の鉄則だ」


「……すぅ……」

完全に瞼が閉じた瞬間――


ドスッ!


フェルドの手刀がロイの頭に落ちた。


「いぎゃあっ!」


フェルドは淡々と資料を閉じた。

「以上だ。次寝たら、覚えさせ方を変える」


「え、変えるって何を……?」


「試してみるか?」

その声は静かで、氷のように冷たい。


「やめます!!!」


室内に静かな波音が戻る。

ロイの頭には、見事なタンコブができていた。


――


「よぉ!釣りの成果はどうだい?」


物思いにふけるロイの背後から、明るい声が飛んだ。

振り向くと、夕陽を受けて金髪が赤く染まり、風にふわりと揺れている。

回避訓練担当――ティオ・ラグナーだった。


「ぜ、全然ダメです……」

「せっかく俺が竿を貸してやってんのに、頑張れよなー」


「これ、持ってるだけでなんか疲れるんですけど……気のせいですか?」

「おっ、気づいたか? それ、趣味用で買った釣り専用のコルディアだ!」


「釣り専用? そんなのあるんですか?」


「耐久性はバッチリで大物も狙える!戦闘用のものよりも簡単に発動できるが、攻撃はまったくできない! 

しかも発動中は魔力をモリモリ喰われるというおまけ付きだ!」


「はいっ!? じゃあ、今、魔力吸われてるってことですか!?」

「そーいうこと!」


ティオはケロッと笑って肩をすくめた。


「俺の魔力で起動させてるけど、発動維持はお前の魔力を吸う仕様だ。安心しろ、魔力供給がなくなったら勝手に元に戻る!」


「全然安心できませんってぇ!?」


ビクンッ!


「っうわっ!? ティ、ティオさん! 食いつきました!」

「おおっ、いいぞいいぞ! 逃すなよー!」


竿がギシギシと悲鳴を上げ、ロイの体が前へ引きずられる。

「ちょっ……強っ! な、なんでこんなに引くんですか!?」


「このままだと海に落ちてサメの餌だぞー! 踏ん張れ、踏ん張れ!」

「いぎぎぎぎぎ、無理無理無理! 助けてー!」


「しょうがねぇなっ!」

ティオが後ろから竿をつかんだ。


「おわっ、めっちゃ引きが強い。こりゃ大物だ!」

「グギギギギギ……!」

ロイの顔は真っ赤。

汗が飛び散り、腕がぷるぷる震える。


そのとき、水面の下で赤い影がきらりと光った。

「おっ! 今見えたぞ! あの赤い背びれ、ノヴァダイだ!」

「の、のば……何ですか、それ!?」

「北の海の宝だ! 滅多に釣れねぇが最高にうまい! 

お前、ラッキーだな!」


ロイはそんなことを聞いている余裕もなく、ただ必死に竿を握りしめていた。

「くそっ、こいつ……暴れすぎ……!」


「おーい、坊主ども。楽しそうだな!」


豪快な声とともに現れたのは、体力強化担当――

オルフ・グランディアだった。


「オルフさんっ! いいところに! ちょっと手貸してくださいよ!」

「情けないなぁ。訓練のつもりで自分らでやってみろ」

「これノヴァダイですよ! 釣れたら今日の酒の肴が最高になります!」

「……よし、任せろ!」


結局乗り気になるあたりが、オルフらしい。


三人がかりで竿を引き、オルフが雄叫びを上げる。

「うおおおおおっ!」


バシャァァァァンッ!!


巨大な魚影が水面を割った。

夕陽に照らされたその体は、燃えるような橙金色。

その勢いで、ロイとティオまで空中に放り出された。


「おおっ、やっぱりノヴァダイだぜ!」

「うぎゃああああああ!」


華麗に着地するティオ。

そして――顔面から甲板に落ちるロイ。


「……ぐふっ」

「はっはっは! 見事だロイ! 顔で受け止めるとは大した根性だ!」

「休みのはずなのに、訓練並みに辛い……」


げっそりとした顔をするロイ。


甲板の上には、立派なノヴァダイが跳ね回っていた。


「おお、こりゃ見事なノヴァダイだな。坊主、よくやった!」

オルフがロイの頭をガシガシと撫でる。


ティオはベルトについたチャームをひとつ取り外し、手に握る。

すると赤い光が一瞬輝き、次の瞬間には手にナイフが握られていた。


ロイは目を見開いた。

(……え、あのチャームって、コルディアだったのか!?)

手元で小さな宝石の塊が一瞬にして鋭い刃へと姿を変える様子に、思わず息を呑んだ。


「オルフさん、今のうちにチャチャっと内臓だけ出しときますね」

「ああ、頼んだ。血が回ると味が落ちるからな」


(え? 今ここで?)


ロイが目をぱちくりさせる間に、目の前でティオはノヴァダイの腹にスッと刃を入れた。

ブシュッ、ズル、グチョ……グロテスクな音と光景が、目の前に広がる。

青ざめて口を手で抑えるロイ。


「おいおい、坊主。そんな顔してどうした?」

「い、いや、小さい魚と違って……思ったより、その……生々しくて……」

「ははっ! お前、そんなんじゃ魔物と戦闘なんてできねーぞ!」


ロイはふらふらとよろめき、甲板の端に手をつく。

「お、おれ……ちょっと潮風に当たってきます……」

「おう、落ちるなよ」


空には海鳥の鳴き声。

波間に漂う赤いしぶきは、夕陽を受けて黄金色に染まっていた。


(なんか、舐めてたな……)

ロイはそんなことをぼんやりと思いながら、遠くの水平線を眺めた。


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