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アルスレア  作者: ゆきつき
第三章 蒼海の試練

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ー1ー 海上の洗礼

村を出てから数日。


王都へ向かう軍の船は、青くきらめく海の上を、風を裂くように滑っていた。


帆を叩く風の音、潮の香り、木の軋む小さな音――

それらすべてが、ロイにとっては見たことも聞いたこともない、まるで別世界の音だった。


初めて見る果てしない海に胸を躍らせていたのも、最初の一日だけだった。



今のロイは、甲板の片隅でぐったりと手すりに寄りかかっている。


「……村に帰りたい……」


潮風にかき消されるほど小さな声が、波間へと消えた。


魔力制御は思うようにいかず、戦いの基礎も身についていない。


そこで、王都へ着くまでのあいだ、軍の隊員たちが交代で訓練をつけてくれる――という話だったが、

その実態は、想像の何倍も地獄だった。


魔法理論の勉強(頭パンク寸前)。

魔力制御の訓練(何度説明されても理解不能)。

体力強化(走らされ、投げられ、絞め技をかけられ)。

剣術訓練(ひたすら打ち込まれる側)。

そして回避訓練(当たったら死ぬ)。


訓練が終わるころには、立っているのがやっと。

そのあとに出てくるのは、わずかな食事だけ。


「……マジで死ぬ。軍人さんって何? 人間なの……?」

ロイは虚ろな目で、果てのない水平線を見つめた。


――そのとき、頭をがしっと掴まれた。


「おい、俺の剣術訓練すっぽかして、こんなところでサボりとはいい度胸だな?」

「ひぃっ!」


青ざめて振り向くと、陽光に薄い金髪を揺らす青年――

マルク・エルドランが、鬼の形相で木剣を肩に担いで立っていた。


海風に吹かれた髪がちらつき、その姿はどこか眩しい。が、ロイにとっては悪魔にしか見えない。


――


甲板の中央。


項垂れて正座するロイを見下ろし、マルクは腕を組んでいた。


「どうした? もう弱音か?」

「……きついです」

「正直だな、お前」


ロイは力なくうなだれた。

「皆さんに教えてもらってるのに、全然できなくて……

アルスレアも村で光ったきり、まったく反応なしですし……」


マルクはふっと息を吐き、近くの木箱に腰を下ろした。


「武器化ってのはそんな簡単にできるもんじゃない。

もし誰でもホイホイできるなら、世の中全員がコルディアを使えるようになってるさ」


その横顔は陽を受けて、淡く金色に染まっている。


「俺だって最初、武器化できるまで一ヶ月かかった」

「そうなんですか」


「ああ。お前なんか、王都に着くまでにできたら万々歳だな。今はまだ知識も体も、ぜんぶ足りてねぇ」


「うぐっ……」


ロイの肩がしゅんと落ちた。

マルクは小さく息を吐き、脚を組んだ。


「ま、無理もない。村を出てから休みなしで叩き込まれりゃ、誰だって限界がくるだろう」


少しだけ言葉を区切り、続けた。


「……よし、俺が中尉に休みの許可取ってきてやる」


「えっ、本当ですか!?」

勢いよく顔を上げるロイに、マルクは視線をそらしながら、淡々と言った。


「……あいつ、休むって概念が存在しねぇ。時間があれば訓練、寝ても訓練。下手すりゃ夢の中でもやってるだろうな」


「夢の中でも……?」

「まあ、あいつはそういうやつだ」


マルクは短くため息をつき、肩を竦めた。

「付き合わされるこっちの身がもたねぇよ」


「えっ、あの……中尉さんを“あいつ”呼びって、仲良いんですか?」


「同期だよ。今はあいつの方が上だけどな」

「同期……って、いつ軍に入ったんですか?」


「五年前だな。最初、俺よりずっと小さい子供が同期の中にいて驚いた。とんでもないやつだったよ。

寝る間も惜しんで訓練ばかり。他のやつらも最初は気にかけていたが、もう誰も何も言わなくなった」


「へえ……」


ロイが感心したようにうなずいた、

その瞬間――ぐうううう、と大きな音が鳴った。


マルクが目を細める。


「……お前、飯の時間にはまだ早いぞ?」

「す、すみません。動く量と食べる量が合ってないんだと思います……」


再び、ぐうううう。


マルクは鼻で笑った。

「おいおい、どんだけ腹減ってんだよ。……食糧は必要最低限しか積んでいないからなぁ。

追加分は自力調達するしかないぞ? ここ海のど真ん中だがな」


「じ、自分で釣って食べるなら……いいですか!?」


真剣な顔で身を乗り出すロイに、マルクは一瞬だけ目を見開き、すぐに口元をわずかに緩めた。


「……ったく。ここ最近で一番いい顔してるじゃねぇか。――よし、簡易的な厨房も使えるようにしてやる」

「やった――!」


ロイは涙目で両手を突き上げた。


潮風が吹き抜け、遠くで海鳥の鳴き声が響く。

青い空の下、ロイの声が甲板に明るく響き渡った。


――その声が潮風の中に溶けていくまで、マルクはしばらくのあいだ黙って見ていた。


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