ー3ー 世界を知る
扉が閉じられた集会所の中は、しんと静まり返っていた。
外では軍人の靴音が砂を踏みしめ、どこかで水をくむ音や戸の閉まる音がかすかに響く。
窓の外には、夕焼けの名残がまだ薄く残り、木の隙間から差し込む光が机の上を淡く染めていた。
長机のまわりには、村長、カイラン、ミネア、そして長身の軍人。
ロイはその中に混じり、背筋を伸ばしたまま、落ち着かない手を膝の上で組んでいた。
古い木の匂いと、軍人の装備がかすかに触れ合う音が、静けさの中に紛れていた。
どこか張り詰めた空気が漂っている。
――そのころ、外では。
集会所の壁の陰で、ビットがこっそりと窓の下に身を潜めていた。
「よし……いけるぞ……」
彼が背伸びしたその瞬間――
「何やっとるんじゃ、ばかたれ!」
「うわっ、ばれた!?」
村長の怒鳴り声に、ビットが飛び上がる。すぐ後ろではレヴィが頭に手を当て、呆れていた。
「お前ほんと懲りないな……」
「しょうがないだろ! 気になるもんは気になるんだよ!」
レヴィはため息をつき、ビットの首根っこをつかんで引きずっていく。
二人の声が遠ざかり、外の空気に小さな笑いが混ざる。
けれど――中の空気はまるで別世界のように、重く、静かだった。
机の中央には、白布の上に二つの品が置かれていた。
ひとつは砕けた琥珀色の水晶。もうひとつは、七色の深い輝きを宿した装飾品。
輝きはまるで呼吸するように、ゆらりと色を変えていた。
「……村の広場で見つかったこの装飾品、霊晶石に魔法構築式が刻まれている様子から見てコルディアです。そして色合いからして“アルスレア”です」
――コルディア。
霊晶石を加工し、魔法構築式を刻み込むことで力を宿した道具。
普段は装飾品のかたちをしているが、魔力に応じて武器へと姿を変えるものもある。
その応用範囲は広く、大きいものだと乗り物の動力源に使われる例もあるという。
立ち上がったミネアが、落ち着いた声でそう告げた。
ロイは思わず眉をひそめる。
「なんで、それがアルスレアだと分かるんですか?」
「七色の霊晶石は神話以外で確認されたことがありません。世界に二つとない、伝説級の石です」
彼女はそっとアルスレアを持ち上げ、ロイの方へ差し出す。
「手を出してください」
ロイが掌を差し出すと、冷たい金属の感触とともに淡い光が指先を包んだ。
ふっと、七色の光が走る。
「い、今……光ったか?」
村長の声に、カイランがうなずく。
「確かに光った」
「でも、もう消えちゃいました……」
「他の者でも試しましたが、反応を示すのはあなたのみです」
村長とカイランが、息を呑んだ。
その微かな音さえ、重く響くようだった。
「このアルスレアは、かつて“神話の英雄オルセリア”と共に戦った武具と伝えられています」
ミネアはまっすぐロイを見つめる。
「私たちは、それがただの神話ではなく、太古の戦いの記録だったと考えています」
空気が一層冷たくなった気がした。
ミネアは、隣に立っていた長身の軍人に目配せをする。
フェルド・リュース――深い緑の髪を短く整えた、三十歳前後の軍人――が、一歩前に出た。
その冷静な瞳が机の上の地図を見据え、無駄のない手つきで紙を広げる。
ぱさり、と乾いた音が響いた。
「ここからは私が説明する」
低く、どこか教官のような声。講義を始める教師のような調子だった。
「ここ数年、各地で魔物の凶暴化が進んでいる」
フェルドは赤い印を指でなぞりながら、静かな声で説明を続けた。
「かつて安全だった地域も、今では人が住めなくなりつつある。北から南まで、もはや安全地帯は存在しない」
ロイの目が、一つの町の名でぴたりと止まった。
息をのむ。胸の奥がざわりと波打つ。
そんなロイに、ミネアが静かに視線を向けた。
「我々は“十年前の事件”を境に、世界の均衡が崩れたと見ている。イーザー島――名前くらいは知っているだろう」
カイランが頷く。
「あの……大規模な魔力爆発が起こった悲劇、ですよね」
「表向きは“魔法研究所の事故”。だが実際は違う」
フェルドは指先で円を描くように地図をなぞった。
「“太古の化け物”を顕現させようとした。
その結果、制御に失敗し――島に存在したすべての生命が消滅した」
沈黙が満ちた。
村長も、ロイも、カイランも、息を詰めていた。
「島そのものは形を保っているが、今もなお魔力濃度が異常に高く、生き物が生存できる環境ではない。
不要な混乱を避けるため、王国は公式には認めていない」
フェルドは声の調子を変えず、淡々と語った。
「陛下は直命を下された。“太古の武器・アルスレア”を探せ、と」
フェルドは地図の北東を指す。
そこには火山地帯フレイヴ山脈――その中心に“霊峰アルザナ”の文字。
「この場所でも、同じ魔力の歪みが観測されている。おそらく――“本体”がそこにある」
「……あの地は“幽寂の禁域”と呼ばれ、誰も近づかん。まさか本当に“神”が眠っているとでも?」
村長の問いに、フェルドは短く答えた。
「“神”か“化け物”か。呼び方の問題だ」
それだけ言って、言葉を締めた。
誰も言葉を返せなかった。
風が窓を叩き、紙がさらりと揺れる。
「アルスレアを扱える者は、今のところあなた一人です」
ミネアの声が静かに響く。
「もし再び“顕現”が起こるなら――その時、あなたの力が必要になるでしょう」
「待ってください!」
カイランが机を叩いた。バンッという音が、空気を震わせる。
「この子の親は今、村にいない!勝手に危険なところへ行かせるわけには――」
「あなた、いくつですか?」
ミネアがロイを見た。
「十四です」
「十四なら、あと一年で大人と同じ扱いになります。自分で決めるべきでしょう」
「子どもにそんな責任を押しつけるのか!」
「カイランさん……ありがとうございます。でも、少し考えさせてください」
ロイの声は、かすかに震えていた。
ミネアは短く頷く。
「わかりました。ですが――明日には返事を」
七色の光が、机の上で小さく瞬いた。
ロイの視線が、地図の一点に留まる。
外では、ランタンがぽつりと灯り始めていた。
風が草を撫で、夜の匂いを連れてくる。
その光の中で、ロイの胸に小さな決意の炎が――静かに、灯っていた。




