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アルスレア  作者: ゆきつき
第二章 運命の始まり

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ー3ー 世界を知る

扉が閉じられた集会所の中は、しんと静まり返っていた。

外では軍人の靴音が砂を踏みしめ、どこかで水をくむ音や戸の閉まる音がかすかに響く。


窓の外には、夕焼けの名残がまだ薄く残り、木の隙間から差し込む光が机の上を淡く染めていた。


長机のまわりには、村長、カイラン、ミネア、そして長身の軍人。

ロイはその中に混じり、背筋を伸ばしたまま、落ち着かない手を膝の上で組んでいた。

古い木の匂いと、軍人の装備がかすかに触れ合う音が、静けさの中に紛れていた。


どこか張り詰めた空気が漂っている。


――そのころ、外では。


集会所の壁の陰で、ビットがこっそりと窓の下に身を潜めていた。

「よし……いけるぞ……」

彼が背伸びしたその瞬間――


「何やっとるんじゃ、ばかたれ!」

「うわっ、ばれた!?」

村長の怒鳴り声に、ビットが飛び上がる。すぐ後ろではレヴィが頭に手を当て、呆れていた。

「お前ほんと懲りないな……」

「しょうがないだろ! 気になるもんは気になるんだよ!」

レヴィはため息をつき、ビットの首根っこをつかんで引きずっていく。

二人の声が遠ざかり、外の空気に小さな笑いが混ざる。

けれど――中の空気はまるで別世界のように、重く、静かだった。


机の中央には、白布の上に二つの品が置かれていた。

ひとつは砕けた琥珀色の水晶。もうひとつは、七色の深い輝きを宿した装飾品。

輝きはまるで呼吸するように、ゆらりと色を変えていた。


「……村の広場で見つかったこの装飾品、霊晶石に魔法構築式が刻まれている様子から見てコルディアです。そして色合いからして“アルスレア”です」


――コルディア。

霊晶石を加工し、魔法構築式を刻み込むことで力を宿した道具。

普段は装飾品のかたちをしているが、魔力に応じて武器へと姿を変えるものもある。

その応用範囲は広く、大きいものだと乗り物の動力源に使われる例もあるという。


立ち上がったミネアが、落ち着いた声でそう告げた。

ロイは思わず眉をひそめる。

「なんで、それがアルスレアだと分かるんですか?」

「七色の霊晶石は神話以外で確認されたことがありません。世界に二つとない、伝説級の石です」

彼女はそっとアルスレアを持ち上げ、ロイの方へ差し出す。


「手を出してください」

ロイが掌を差し出すと、冷たい金属の感触とともに淡い光が指先を包んだ。

ふっと、七色の光が走る。

「い、今……光ったか?」

村長の声に、カイランがうなずく。

「確かに光った」

「でも、もう消えちゃいました……」

「他の者でも試しましたが、反応を示すのはあなたのみです」


村長とカイランが、息を呑んだ。

その微かな音さえ、重く響くようだった。


「このアルスレアは、かつて“神話の英雄オルセリア”と共に戦った武具と伝えられています」

ミネアはまっすぐロイを見つめる。

「私たちは、それがただの神話ではなく、太古の戦いの記録だったと考えています」


空気が一層冷たくなった気がした。

ミネアは、隣に立っていた長身の軍人に目配せをする。

フェルド・リュース――深い緑の髪を短く整えた、三十歳前後の軍人――が、一歩前に出た。


その冷静な瞳が机の上の地図を見据え、無駄のない手つきで紙を広げる。

ぱさり、と乾いた音が響いた。


「ここからは私が説明する」

低く、どこか教官のような声。講義を始める教師のような調子だった。


「ここ数年、各地で魔物の凶暴化が進んでいる」

フェルドは赤い印を指でなぞりながら、静かな声で説明を続けた。

「かつて安全だった地域も、今では人が住めなくなりつつある。北から南まで、もはや安全地帯は存在しない」


ロイの目が、一つの町の名でぴたりと止まった。

息をのむ。胸の奥がざわりと波打つ。


そんなロイに、ミネアが静かに視線を向けた。


「我々は“十年前の事件”を境に、世界の均衡が崩れたと見ている。イーザー島――名前くらいは知っているだろう」

カイランが頷く。

「あの……大規模な魔力爆発が起こった悲劇、ですよね」


「表向きは“魔法研究所の事故”。だが実際は違う」


フェルドは指先で円を描くように地図をなぞった。


「“太古の化け物”を顕現させようとした。

その結果、制御に失敗し――島に存在したすべての生命が消滅した」


沈黙が満ちた。

村長も、ロイも、カイランも、息を詰めていた。


「島そのものは形を保っているが、今もなお魔力濃度が異常に高く、生き物が生存できる環境ではない。

不要な混乱を避けるため、王国は公式には認めていない」


フェルドは声の調子を変えず、淡々と語った。


「陛下は直命を下された。“太古の武器・アルスレア”を探せ、と」


フェルドは地図の北東を指す。

そこには火山地帯フレイヴ山脈――その中心に“霊峰アルザナ”の文字。


「この場所でも、同じ魔力の歪みが観測されている。おそらく――“本体”がそこにある」


「……あの地は“幽寂の禁域”と呼ばれ、誰も近づかん。まさか本当に“神”が眠っているとでも?」

村長の問いに、フェルドは短く答えた。

「“神”か“化け物”か。呼び方の問題だ」

それだけ言って、言葉を締めた。


誰も言葉を返せなかった。

風が窓を叩き、紙がさらりと揺れる。


「アルスレアを扱える者は、今のところあなた一人です」

ミネアの声が静かに響く。

「もし再び“顕現”が起こるなら――その時、あなたの力が必要になるでしょう」


「待ってください!」

カイランが机を叩いた。バンッという音が、空気を震わせる。

「この子の親は今、村にいない!勝手に危険なところへ行かせるわけには――」

「あなた、いくつですか?」

ミネアがロイを見た。

「十四です」

「十四なら、あと一年で大人と同じ扱いになります。自分で決めるべきでしょう」

「子どもにそんな責任を押しつけるのか!」

「カイランさん……ありがとうございます。でも、少し考えさせてください」


ロイの声は、かすかに震えていた。

ミネアは短く頷く。

「わかりました。ですが――明日には返事を」


七色の光が、机の上で小さく瞬いた。

ロイの視線が、地図の一点に留まる。


外では、ランタンがぽつりと灯り始めていた。

風が草を撫で、夜の匂いを連れてくる。

その光の中で、ロイの胸に小さな決意の炎が――静かに、灯っていた。

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