ep2.「瓶の中」
転生してから5年が経った。
数年の習慣は変わる気配を見せず、俺はいつも通りあの部屋で本を読んでいた。最近はとにかくこの世界の本を読み、文字を覚えようとしている。
家においてある本は童話や伝記なんかが多く、よくあるような子ども向けのものと思われる。英雄譚なんかには魔法も出てくるが、どれも信憑性は皆無。正直バカバカしくて信じていない。
いつも通り時間は過ぎ、昼食の時間が来た。最初の頃に比べて、まともな食事が増えた。料理の腕というわけではなく、噛める食事が増えたということだ。
そして食事を終え、いつも通り自室へ戻ろうとすると、父親に呼び止められた。
「ルロス、もっと外に出た方がいいんじゃないか?」
え・・・? と、呆気に取られる。五年間一度もそんなことを言ったことがない奴が、いったいなぜ。
突然のことだが、今日は家から追い出されてしまった。
◇◇◇◇◇
正直不安だ。五年も住んではいるが、ほとんど家から出たことがない。それ故に村の人間を一人も知らないのだ。そして何より、俺は村のコミュニティに混ざることができるのだろうか?
だが、このまま突っ立っていても仕方がない。否が応でも動いて見なきゃ、どうせ何も変わらない。というか子供一人を放っておくなんて、うちの親は大丈夫なのだろうか。
大きな通りは歩きたくない。もしほかの人に声をかけられたら、きっと俺は何も答えることができないから。前世の頃から人に話しかけられるのは嫌いだ。話しかけてくる奴全員が俺のことを蔑む。
考えているうちに、森の方まで来てしまったようだ。すぐに引き返そう。
と思ったが、奥まで来たせいで、現在地がわからない。困ったな、これじゃあ俺は迷子じゃないか。せめて何か目印とかあれば・・・・・・。
辺りを隈なく探していると
「調子乗ってんじゃねえよ!!!」
森の静寂を断ち切る怒号が鳴り響いた。
そして・・・。
気がつけば、俺はその様子を見ていた。いじめの様子を。
「ムカつく、女のくせに偉そうに・・・」
そう言って、子供は目の前に居る少女に石を思い切り投げつける。それは顔に勢いよく当たり、彼女は泣き崩れる。何も言わず、ただすすり泣く声だけがこだまする。
「なんも言わないなんて気持ちわりぃ。二度目と目の前にくんな」
そう言っていじめっ子は去って行く。森には少女と俺だけが残されていた。
何も声をかける気になれない。俺は彼女を助けなかった。何もしなかった、いやできなかった。関わってしまったら、今度は俺がいじめられる未来が容易に想像できる。いいんだ・・・。このままがいいんだ。
たった一人を森に残して、俺はその場を去る。
◇◇◇◇◇
分かる。これは夢の時の感覚だ。だが妙に現実感がある。
自分がいる場所を見てみると、それは自分の部屋だということが分かった。ほぼ何もおいていない、簡素な部屋。
どうやら、これは前世の夢のようだ。
嫌な夢だ。でも体を自由に動かせない。まるで見せられているような感覚。こんなものを見て何が楽しいんだろうか、ただただ苦痛なだけだ。
いつも通り制服を着て、憂鬱な気分で学校へ行く。ずっとそうだ、深海にいる気分。押し込められて、沈んでいる。成り行きというか、惰性で歩く感じ。そんなのだから、喰われる。喰われて残骸だけ残る。
下駄箱のゴミ、机の傷や落書き、ロッカーのこびりついた汚れ。あぁ、これは高校1年の時の教室か。その時期は9月、このころになるといじめに対する感覚が麻痺して、何も思わなくなったんだっけ。
・・・・・・いや、違うな。あいつがいたんだっけ。
教室に誰かが入って来た。その頃の日常、モデルみたいな顔立ちでいつもきれいな黒い髪をたなびかせる、彼女がいた。
彼女は俺と話してくれる唯一の存在だった。友達、というには少し距離があったかもしれない。でも高校に入学してから俺とずっと話してくれた。彼女だけが俺の生きる意味、自然とそう思うようになっていたほどに。
あれ・・・・・・。でも途中までの記憶しかない。まるでコルク栓を奥までぎゅっと押し込んで、漏れないように蓋をしたみたいに。何か忘れたくて忘れたような、彼女と俺に何かあったような・・・・・・。
「おはよう。―――くん」
彼女の何気ない言葉を最後に、無意識にコルク栓を深く押した。
◇◇◇◇◇
目を開けると、そこはルロスの・・・・・・。いや俺の部屋だった。
いつも通り起きて、いつも通り本を読んで・・・。いつも通りを機械のように過ごす。
でもいつもとは違う心の違和感。
なぜだろうか。俺はこんなことを考えるような奴だったか?
違和感の元は昨日の少女なのか、それとも夢の彼女のこと?
自問自答するも何も返っては来ない。
本を読んでいたのに、何も頭に入らない。クソっ、俺はあの時何をすれば良かったんだ・・・・・・。
そう思いながら、昼食を取っていた。
そして食事を終え、いつも通り自室へ戻ろうとする
「ルロス、今日も外に出たらどうだ?」
父親に言われてしまった。結局、どうしようもなくなり外へ出ることになった。
◇◇◇◇◇
昨日あんなことがあったはずなのに、ぼんやりとした記憶を頼りにして奥へ奥へと、足が運んでいく。
そして案の定、そこには昨日と同じ光景が広がっていた。
例の子供は、その少女に罵声を浴びせる。だが今日はもっと酷い。
その子供は取り巻きを引き連れて、その少女を羽交い絞めする。そして地面に転がっていた石を握り
「調子に乗るとどうなるかおしえてやる」
それを皮切りに一つ一つ、丁寧に投げる。少女の顔、腹、胸を的確に潰していく。
少女の顔から血が滴る。もうそれは一人の憂さ晴らしの域を超えている、ひしひしと感じさせてくる。
そんな状況にも関わらず、一向に足が動いてくれない。なんで怯えるんだ。なんで俺は動かない。なんでっ!
ダメだ、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い
動かなかいけないのは自分が一番分かってる。でも動けないんだよ。俺だってもうこれ以上苦しみたくない。痛い思いはしたくない。
自分の葛藤を遮るように、子供の声が響く
「嫌なら自分で死ねよ。これ使って、自分で死ね」
子供が投げたものは、ナイフだった。
見たことがある。そう思うと同時
ポンッ
今までため込んでいた反動で、記憶の瓶から少しずつ溢れ出す。
◇◇◇◇◇
空き教室のことが思い浮かぶ
そこではいじめが頻発していた。
それは俺と話してくれた彼女も例外ではなく、いじめの標的にされていたことを、その時僕は知ることになる。
いじめグループの1人が急に俺を呼び出した。そこで俺の視界にはいったものは、余りにも悲惨で、憎たらしい光景だった。
彼女は数人の男に抑えられて、必死に抵抗していた。
「よう、今から今日一おもろいもん見せてやるよ」
グループのリーダーが俺の肩に馴れ馴れしく腕をかける。
リーダーがやれと言うと、奴らは彼女を強引に押し倒し
それから痛ましく虫唾が走る光景を俺に見せつけた。
すべてが終わった。彼女の尊厳も心もボロボロに痛めつけられ、彼女の姿は見るに絶えない。それなのに猛烈に彼女を欲しがる自分が居る。そのことにひたすら腹が立った。
「な? お前と関わる奴は皆こうなるんだよ。これは見せしめだ」
獣のような激臭が漂うその部屋で、リーダーは静かに言う。
「どうだ。お友達に今の姿を見られた感想は? 最高の晴れ姿じゃねえか」
ただすすり泣く彼女の声がすべてを物語っている。
「ね? 死にたい? こんな自分に腹が立つよね? 最終的に獣みたいな声出しちゃってさ」
次の日に彼女は自殺した。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
俺なんて居なきゃよかった。そうすればこんなことにはならなかった。彼女は俺と関わったせいで、あんな地獄を見ることになった。なのに俺は彼女に対して、抱いてはいけないモノを抱いた。
俺は・・・・・・。
俺には最初から生きる価値も、ましてや生きる意味もない。




