戦車砲をぶっ放したお兄さん
( -`ω-) また、くだらないことを思いついてしまいました。
くまさんは無事です。
北海道某所、春まだ浅い演習場。
山々に囲まれた広大な森の中で、陸上自衛隊・第七師団所属、第一戦車中隊の演習が静かに進行していた。
朝露が車体にきらめき、霧がゆっくりと這う中、隊員たちはそれぞれの持ち場で淡々と任務をこなしている。
そして、その中央に構えているのが、最新鋭の10式戦車――その車内に座るのが、若き三尉・山崎であった。
「通信良し、装填良し、射界オープン。……よし、完璧だな」
戦車長席でヘッドセットを整えながら、山崎は軽く伸びをする。20代後半。やや神経質で生真面目、だが“臆病者”ではない――本人いわく。
「三尉、なんか今日静かですね」
操縦士の一等陸士が言った。
「霧のせいだな。音が吸われてる。こういう時こそ慎重にいけよ。鹿でもイノシシでも、ぶつかったら被害デカいからな」
「鹿くらい踏んでも……」と装填手が笑うが、山崎は真面目に首を振る。
「甘く見るな。野生動物は予測不能だ。以前だって、第八中隊の車両がシカに突っ込まれて、下手すりゃ転倒してたんだぞ。特に――」
その瞬間だった。
ゴソッ……バキ……ズル……!
前方、霧の向こうから不穏な音が聞こえた。草がこすれる音に、枝が砕けるような重い足取り。
「……なんだ?」
山崎は双眼鏡を手に取った。視界の中央――木々の隙間から、黒くて巨大な塊がぬぅっと顔を出す。
「……デカッ。なんだあれ」
暗く濡れた毛並みに、低くうなるような鼻息。おそらく立ち上がれば2メートルはある。横幅もある。熊――それも、ヒグマだ。
しかも、こちらに向かって……歩いてきている。
いや、歩きではない。突進だ。
「うわ、三尉!?ヤバくないですかこれ!?」
「っっッッ、こっち来てる!!来るな!!来るなァァァァ!!!」
反射的に山崎は主砲の安全装置を解除し、発射ペダルを踏み抜いた。
ドオオォォォォン!!!
演習場に地鳴りが走る。戦車が揺れた。
耳をつんざく轟音の後、前方の森が、一瞬にして爆風と土煙に包まれる。
木が3本ほどなぎ倒され、地面には直径5メートル近いクレーター。
そして、さっきまで熊がいた方向には――何も残っていなかった。
「…………」
車内は沈黙に包まれた。
山崎は震える手で双眼鏡をもう一度のぞいたが、そこにあるのは土、石、砕けた枝だけ。
熊の痕跡すらない。
「……撃ちましたね、三尉」
「うん、見事に……撃ったな」
「……ていうか、撃っちゃいましたよね、主砲」
「…………」
「演習中なのに……」
「…………やっちまったああああああ!!!」
午後、演習終了。
簡易指揮テントの中。
山崎三尉は、パイプ椅子の上で正座していた。
その正面には、第七師団所属、第一戦車中隊・隊長である一佐。眼鏡の奥の目がピッカピカに光っている。
「――山崎。貴様、戦車砲を撃ったのか」
静かな声だった。
「はい……撃ちました……」
「それも、演習標的でも敵車両でもない。**森の中で動いていた“何か”に対してだと?」
「はい……動いていた“何か”が……あまりにも……でかくて……」
「でかかったら撃つのかお前は!!お前の戦車はカメラのズームボタンか!!」
怒鳴り声が演習場に響いた。
「主砲一発の弾代いくらか知ってるか!?120mm滑腔砲、APFSDS、約百万円だ!あの一撃で地元の福祉センターのトイレが3個増設できる!!」
「ひ、百……」
「しかもだ、貴様が撃ったせいで、周辺の漁協から**『鮭の遡上ルートが爆風で変わった』って苦情来てんだぞ!!」
後方支援隊から届いたFAXを叩きつける一佐。山崎の目が泳ぐ。
「私はな、実戦さながらの判断力を身につけろとは言ったが……クマ相手に主砲ぶっ放せとは一言も言ってない!!」
「す、すみません、パニックで……」
山崎は崩れ落ちるように頭を垂れた。
数日後。
地元の町内掲示板に、1枚の写真が貼り出された。
『自衛官、保育園で「野生動物との正しい付き合い方」講習会を実施』
という見出しの下には、笑顔で絵本『どうぶつのおともだち』を読む山崎三尉の姿。
背中には園児たちが書いたと思しき紙がテープで貼られていた。
『くまさんを びっくりさせた せんしゃのおにいさん』
さらに、控室にはこんな言葉も貼られていた。
「二度と撃つな 主砲は最後の手段」
ー 第七師団 演習管理部
軍事のことは知らないので、適当なお話です。