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むちゅう

「ねえ、いつまでついてくる気?」

 ため息をつきながらふり返ると、そこには時代劇に出てくるようなおサムライがふわふわと宙に浮いていた。冗談みたいにすその長いハカマを引きずってる。

「こんな遠山の金さんみたいなのに付きまとわれたら、マジ迷惑なんですけど」

 うんざりした顔で言うと、おサムライは扇子で口をかくし、ホホホと笑った。


「好きで憑いておるわけではないと言うておろうに」

「あたしになにか因縁でもあるわけ?」

「余にもよく分からぬ」

「だって自分の意志で化けて出てるわけでしょう?」

「べつに意思などない。運命の糸に引かれるように、気がつくとおぬしの背後に立っておったのじゃ」

「まいっちゃうなあ、もう」


 持って生まれた霊媒体質のせいで、よく変なものに取り憑かれることはある。子どものころはよく狐に憑かれて、お祓いでお婆ちゃんに死ぬほどお尻をぶたれた。小学生のとき公園で仲良くなった女の子が、じつは交通事故で死んだ地縛霊だったこともある。

 でもこんな時代がかったおサムライに付きまとわれるのは初めて……。


 あ~あ、今日はひさしぶりのお出かけだから、めいっぱいオシャレしてきたのに。変な幽霊があとをついてくるもんだから、ぜんぜん楽しめなかった。霊感のないひとにはその姿は見えないんだけど、インスタに上げた写真に間違って写り込んでたらイヤだもんね。

 けっきょく友だちと別れて、ひとりで帰ってきちゃった。


 のんきにあくびしてる幽霊をにらみつけて念を押した。

「いい? うちへ帰ったらすぐママに除霊してもらうからね」

「ホホホ、良きにはからえ」

「フン、そうやって笑っていられるのも今のうちよ」


 ママは実家が浄土真宗のお寺ということもあって、あたしに輪をかけたような霊媒体質。その噂を聞きつけて、最近ではお祓いの依頼なども舞い込んでくるのだ。こんなザコ幽霊なんか、チョチョイのチョイよ。


 ところが家へ帰ってみると、そのママの姿がどこにも見あたらない。しかもリビングのなか、みょうにこざっぱりしてるし……。


「ゲロゲロ忘れてた。今日はパパとママ、一泊二日で熱海の温泉旅行に行ってるんだった。ということは……今夜この幽霊と二人っきり?」

「これ案ずるでない。余はオナゴには興味がないのじゃ」

「うへ、もしかしてホモですか?」

「ひと聞きの悪い。もそっと優雅に、お稚児趣味と言えんのか」

 もう最悪――。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「でさ、けっきょくあんたってダレなわけ?」

 勉強づくえのイスにふんぞり返って、幽霊をにらみあげる。

「それがのう……」

 幽霊は、天井のあたりをフワフワ浮遊しながらのんきに言った。

「だれかと問われれば、余にも答えようがないのじゃ」

「記憶喪失ってこと?」

「ふむ、どうやらそのようじゃ。かなり長いあいだ墓のなかで眠っておったゆえ」

「いったい、なにがしたくてあたしに取り憑いたわけ?」

「はてさて……なにゆえ化けて出たのか、余にもとんと見当がつかぬ」


 まるで話にならない。どうやら、ママが帰ってくるまで我慢するしかなさそうだ。そう覚悟を決め、あたしはこの幽霊を、デカイ武者人形だと思うことにした。これはただの武者人形、無視するのよ無視――。

「……それにしても、せまくて汚い部屋よのう」

「やかましいっ!」


 ――次の日。

「げっ」

 幽霊を起こさないようそっと家を抜け出してきたけど、校門のあたりでふり返ってみたら、いつの間にか扇子で口をかくしホホホと笑っていた。思わず生徒玄関へ向けてダッシュする。


「これ、逃げてもムダじゃ」

 幽霊は、まるで糸に引かれるやっこ凧みたいに、フワフワと校舎のなかまで追いかけてきた。

「やだもう、学校のなかまでついて来ないでよっ!」

「詮ないことを申すな。余の自由にはならぬのじゃ」

「幽霊なら幽霊らしく、昼間はお墓のなかで眠ってなさいっての」

「ひとを吸血鬼あつかいするでない」


 などと悶着してると、教室のまえでひとりの男子生徒があたしの肩をポンと叩いた。

「おっす、チアキ」

 クラスメイトの上野くんだ。

「あ、おはよう」

「なんだよ、この雛かざりのお内裏さんみたいの、おまえのツレか?」

「やっぱ上野くんにも見えるんだ」


 あたしほどじゃないけど上野くんもかなり霊感が強いほう。うちの学校では、そっち系のツートップとして知られている。

「こんなの、どこで拾ってきたんだ?」

「ええとね、昨日美也たちと東海大の高輪キャンパスまで遊びに行ったから、たぶんあのへんだと思う」


 上野くんは「ふうん」と言いながら、幽霊のようすをしげしげと観察した。

「このサムライってさ、けっこう身分ありそうだけど……なんてひと?」

「さあ分かんない。記憶がないんだってさ」

「こいつの着てる服って、大紋といって、武士のなかでも大名クラスしか着ることが許されないんだぜ」

「やけにくわしいじゃない。さすが歴史マニア」

「おだてるなよ。それにこの鳥の羽が交差する家紋、どっかで見たことあるんだよなあ……」


 そう言って、少しずつ幽霊に顔を近づけてゆく。

 とたんに白粉を塗りたくった頬がポッと赤くなった。


「あな恥ずかしや。これ若衆、なぜそのように余のことを見つめる」

 あわてて上野くんに注意をうながした。

「それ以上近寄っちゃダメ、このおっさんモーホーなんだから」

「うえっ、マジかよ」


 飛び退いた上野くんに、クラスメイトの男子が声をかけた。

「おういキラ、なにやってんだよ。一時限目の英語、文法の試験だぞ」

「だから名まえで呼ぶなって」

「ちゃんと暗記してきたのか?」

「これからやるんだよ」


 幽霊が怪訝な顔であたしの制服のそでをつんつん引いた。

「のうムスメ、この若衆は、キラというのか?」

「うん、男のくせに変な名まえでしょ。まさにキラキラネームって感じ」

「うっせーな」

「ほほう、キラのう……」

 幽霊は、どこか遠くを見るような目つきで「キラ……キラ……」とつぶやいた。


「あっ、思い出した」

 上野くんが指をパチンと鳴らす。

「丸ニチガイ鷹ノ羽、これって浅野氏の家紋だ」

「マイナーな家柄ね」

「ばか、浅野長政からつづく名門だぞ」


「……余がアサノで、おぬしがキラ」

 うつろだった幽霊の目が、しだいに見ひらかれてゆく。 

「うむむ、思い出したぞっ!」

 ゾロリと腰の刀を引き抜いた。

「おのれ吉良上野介っ、余を田舎大名などと馬鹿にしおって。積年の恨み、今こそ晴らしてくれるっ!」

「わっ、わっ、なんだこのおっさん、気でも違ったか」


 驚いた上野くんが床に尻もちをついた。

 あたしは必死で幽霊の腕に取りすがった。

「ちょっとヤメなさいよ、殿中でござる、そんなもん振り回しちゃ危ないでしょ!」

「ええい止めてくれるな、武士の本懐じゃ!」

「バカじゃないの。上野キラと吉良上野介なんて、ちょっと名まえが似ているだけの別人でしょう」

「いや、余は、たった今すべてを理解したのじゃ。この若衆こそ、吉良上野介の転生した姿。そしてムスメっ」

 あたしを指さす。

「おぬしは、赤穂藩の筆頭家老、大石内蔵助の生まれ変わりなのじゃ」

「うっそーーーっ!」


「さあ、余とともにこやつの素っ首たたき斬って、泉岳寺へ奉納しようではないか」

「だから待ちなさいって」

 幽霊のまえに立ちはだかる。

「あたしね、赤穂浪士の討ち入りの話、じつは大っキライなの」

「なにを申すか、内蔵助っ!」


「まあ聞きなさいってば。そりゃあだれでもひとをぶん殴りたいとか、殺してやりたいなんて思うことあるし、つい手が出ちゃうときもあるよ。でもね、そういう恨みつらみをいつまでもネチネチネチネチと持ちつづけるのって、なんかものすごくネガティブな思考だと思うわけ」

「主君への忠義は、武士の誉れではないか」

「今はおサムライさんの時代じゃないの、令和の世の中なのよ」

「吉良への恨み、すべて水に流せと?」

「いえーす」

「ではいったい余は、なにを心の支えに化けて出れば良いのじゃ」

「決まってるじゃない」


 ちょっと恥ずかしかったけど、今は上野くんの命がかかっている。あたしは大マジメな顔で言った。

「愛よっ」

 てゆーか、さっさと成仏しなさいっての。

「……愛、余は愛に生きるべきじゃと?」

「まあ、そういうことになる……かな」

 もう死んでるけどね。


 長いハカマを引きずって、幽霊が上野くんのほうへ歩み寄った。

「これ、若衆」

「ひいっ」

「ふむ……それにしてもあの小づら憎いジジィが、よくもこのような可愛いオノコに生まれ変わったものじゃのう」

「な、なんだよ、こっち来んなっ」


 幽霊は刀を鞘におさめると、扇子で口をかくしながらガクブル状態の上野くんへにじり寄っていった。

「これ怖がるでない。ホホホ、まこと愛いやつじゃ」

「おいチアキ、黙って見てないで助けてくれよ」

「いや~無理だわ。一度そっち系の世界へ足を踏み入れたら、もう抜け出せなくなる気がするもん」

「なにわけ分かんないこと言ってんだよっ」


「苦しゅうない、ささ、もそっとこちらへ……」

 幽霊は、おびえる上野くんの肩をつかんで、ゆっくり自分のほうへ引き寄せた。

「ホホ、その口吸ってしんぜよう」

「ひィっ、やめろおっ」

「いざ参る」



 むちゅう



 うわ、ホントにやった……。

 驚いた上野くんは幽霊の手をふりほどくと、その場でさめざめと泣きはじめた。

「うう、ひどいやひどいや、おれファーストキスだったのに」

「これ、よさぬか。だいの男が接吻ごときでみっともない」

「うるさいこのセクハラじじィ。さっさとあの世に帰りやがれっ!」


 泣きじゃくる上野くんを見下ろしていた浅野内匠頭の幽霊だけど、なぜか急に姿勢を正して、

「これがホントの――」

 歌舞伎役者のように見得を切ったのだった。

「あっ、チュー臣蔵でござァい」

 チョンチョン!

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