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第4話

 エミーリアはコーデリアを客間に案内した。


「突然で申し訳ないのだけれど、大事なお客様だから、とびきりのお茶とお菓子を用意してくれる?」

「かしこまりました。今晩の夜会はいかがしましょう」

「必須ではないもの、キャンセルしましょう」


 てきぱきとメイドに指示する姿は、コーデリアが見たことのない女主人の顔をしていた。


「それと、寝室の準備もお願いね。帰ってきたら主人にも伝えておくから」

「エミーリア様、さすがにそこまでは」

「いいのよ、コーデリアさん。だって久々だもの、これぐらいさせてちょうだい。そうしないとわたくしの気が済まないの」


 滅多に飲まない高級な茶葉で淹れた紅茶と、王室御用達の焼き菓子を出されたコーデリアは恐縮する限りだ。


「それではお言葉に甘えます。正直、これから宿を探そうとしていたところだったもので助かります」


 いいのよ、とエミーリアは心からの笑みを浮かべた。


「夜遅くまででも語りたい気分なんだもの。わたくし、寝間着姿でワイン片手にコーデリアさんと語り合ってみたかったの。もちろん、主人は抜きでね」

「エミーリア様はバーガンディ子爵とご結婚されたのですよね。改めまして、おめでとうございます」

「ええ、ありがとう。本当は、コーデリアさんが地元に帰っていなかったら結婚式に招待したかったのよ」

「恐れ多いです。貴族の方々ばかりでしょうし、私にはとても……」

「そうね」


 エミーリアはカップをソーサーに戻し、肯定した。


「気持ちとしてはお招きしたかったけれど、あなたが酷な思いをするかもしれないと思ったの。……実際に息苦しい場だったから」

「バーガンディ子爵とはうまくいっていないのですか……?」


 コーデリアが心配になって聞けば、エミーリアは首を傾げた。


「好きも嫌いもないところから始まったからよくわからないわ。ただ、仕事がいそがしくてなかなか帰ってこないの。妻より、仕事、ね。浮気しそうにないところはいいところかしら。……ねえ、あなたはどう?」


 自分の近況を問われ、コーデリアは息を止めた。


「王都に来たのも、用があってのことだと思うの。……本当は、何か大きな出来事があったのではなくて?」


 優しい顔をしたエミーリアはコーデリアに静かに問う。


「これはただの勘なのだけれど……昔、卒業パーティーの時に来られなかったパートナーの方がいらしたでしょう? あなたにとって大切な方……その方と、何かあったのではなくて?」

「エミーリア様……」

「違っていたらごめんなさいね。ただ……昔のことが大層印象に残ったものだから。今のあなたもわたくしと同じで落ち込んでいるみたいだもの」


 話なら聞くわ、とエミーリアは微笑む。

 その微笑みに釣られるように、コーデリアは口を開いていた。


「エミーリア様のおっしゃるとおりです……。あの方は結婚するそうです。あまりにも突然だったから、直接、話を聞きたかったのですが……使用人に追い返されてしまいました。お相手の方も、きれいな方で……」


 眼差しが沈んでいく。


「そんな……」


 エミーリアは絶句していた。


「私はあの方の恋人でもなければ家族でもありませんから、仕方のないことです」

「あなたの気持ちはご存知だったの?」

「……昔に、それらしきことは」


 伝えたことはある。しかし、それ以上は踏み込めなかったのだ。

思えばコーデリアとクローヴィスの間にはいつも黒い境界線が横たわっていた。

 どちらもが怯えていたかもしれない。いつしか曖昧な関係に慣れ切って、変わってしまうことを恐れていたのだろう。……どちらにしろ、失うことがわかっていたなら。


「けじめとして、手紙を出しました。読んでもらえるかはわかりませんが、邸には届くでしょう。結婚するならば、私のような者といつまでも会っているわけにはいきませんから」

「あなたはそれでいいの?」


 エミーリアが、自身も苦しそうな顔をした。


「慕っているのでしょう? せめて直接話だけでも……。もし、相手の方を教えていただけたら、わたくし、なんとしてでもお会いできるように」

「それはいけません」


 エミーリアは、はっとして口を噤んだ。


「ごめんなさい。……踏み込みすぎましたわね」

「いえ、お気持ちはとてもうれしいです。ですが、もうこうなった以上はどうにもならないでしょうし、私が名前を出してしまうと、あの方にも迷惑がかかってしまいますから……」


 もう過去を手放して幸せになってほしいと思う。そのためにはコーデリアは邪魔だろう。


「……思い出しましたわ。あなたはたしかさるお方の援助で学院に通っていたのですわね。けれど、あなたはその方の名前を最後まで出さずにいらしたわ。卒業のパーティーではお連れになると……」

「よく覚えていらっしゃいますね」

「大事なお友達が珍しく自分の話をしてくれたのですもの。わたくし、打ち明け話をしてくれたと思って、感激しましたのよ?」


 エミーリアは唇を尖らせた。

 お友達、という言葉にコーデリアは目が醒めたような気持ちになる。


――私には恐れ多い相手だけれど、エミーリア様は私のことをそのように……。


 学院では平民出の者も一定数いたが、それは商人の子が多かった。コーデリアのように両親ともに官吏のような立場の者は少なく、彼女はどちらかと言えば孤立していたように思う。

 学院のヒエラルキーの中で、エミーリアは間違いなく頂点にいた存在だった。在学中のコーデリアは時たま彼女に話しかけられていたけれど、どうして好意的に接してもらえているのかわからないところもあった。


――偏見をもっていたのは、私の方だったわね。


 彼女がコーデリアを「お友達」と呼んでくれるのなら、コーデリアも彼女を「友人」だと思おう。彼女の厚意に応えたいから。


「……私、今日、エミーリア様にお会いできて本当によかったです」

「わたくしもよ、コーデリアさん」


 エミーリアは正面にあるコーデリアの両手を包み込んだ。


「わたくしにできることがあれば、なんでもおっしゃって。……そうですわ」


 何か思いついたような顔をするエミーリア。


「夫はどうせ不在がちですから、半年ほど我が家に滞在するのはいかが? 一緒に遊びましょう」

「エミーリア様……」


 目の前のエミーリアは自分の思いつきに顔を輝かせていた。コーデリアはしばらく返答に困った後に、


「さすがにそんな長期間、仕事は休めないですよ……」

「えっ、そんな……」


 生粋のお嬢様育ちのエミーリアは呆然としていた。


「そもそも一泊だけさせてもらって、帰るつもりで……」

「でしたら次はいつ王都へ?」

「いえ、もうそんな用事は……」

「そんなぁ」


 エミーリアに握られた両手がぶんぶんと揺さぶられた。


「ちょっとだけでも、いらして? ね、ね?」

「かわいくおねだりされても難しいですよ……?」

「でしたら、一か月!」

「いえ」

「半月!」

「それもちょっと」

「一週間!」

「少し、長いかと……」


 コーデリアにも罪悪感が湧いてきた。


「わかりました! なら、明後日まではいらしてっ!」

「は、はい……」

「言いましたね、約束ですよ!」


 エミーリアが飛び上がって喜んだ。

 学院のお姫様をしていたとは思えないほどのお転婆っぷりだが、実はこちらが素なのかもしれない。


「さっそく明日は丸一日ショッピングを……」

「奥様。明日はすでに夕方からガーデンパーティーの御予定が入っております」


 傍らに控えていた年かさのメイドが話を遮った。


「お断りできそうかしら?」

「こちらは出られた方がよろしいかと」

「たしか、サリー伯爵家のものよね?」

「左様です」


 エミーリアが少し考え込み、コーデリアをちらりと見た。

 わかりました、とエミーリアは両手を合わせた。


「コーデリアさんと一緒に参りましょう」

「……え?」


 コーデリアとメイドは目を見合わせた。初対面にも関わらず、気持ちは一致した。

 突然、何を言いだすのか。


「わたくしはコーデリアと旧交を温めたいのに、コーデリアさんは明後日までの滞在なのよ。まったく時間が足りないの。それに、サリー伯爵家の庭はすばらしいもの。コーデリアさんにとっても良い気晴らしになるに違いないわ」

「で、でも! 私は社交界など出たことがありません。そのような場にふさわしい服も持っていませんよ!?」

「学院にいたならマナーは身についているはず。それにパーティーだからまだ気楽な場だもの。服や装飾品なら、わたくしのものを貸して差し上げるわ。あなたを立派な貴婦人にしてさしあげる。それにわたくし、やってみたかったことがあるのです」

「……それは?」


 エミーリアが有無も言わせぬにっこり顔で。


「初めてのお友達をめいっぱい着飾らせることよ! わたくし、ずっとコーデリアさんの『素材』に目をつけていましてよ! 原石は磨き上げるべきなのです!」


 年かさのメイドは気の毒げに、コーデリアを見て来た。『諦めてください』と顔に書いてあった。

 コーデリアは辛うじて「お任せします」とだけ応えた。


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