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第18話

 復興式の会場は特設舞台となっている。高さのある直方体で、国王や宰相、一部の来賓はこの舞台後方に席が作られている。舞台の中央にある演台まで進み出て、スピーチなどを行う手はずだ。

 舞台の正面と左右には小さな階段が設置され、その下にコーデリアをはじめとする関係者席がある。関係者席の外側が、一般市民用の席だ。少し椅子もあるが、ほとんどが立ち見だ。

 会場に来た市民からは、舞台の背景として、青空の下、新しい分庁舎が復興の象徴として映るようになっていた。

 開始前から大勢の市民が復興式を見るために分庁舎前の広場を目指して集まっていた。広場はすでに人が満杯である。地元住民からの関心が高いことをうかがわせた。

 予定時刻を迎え、号砲が鳴る。音楽隊の演奏とともに、国王をはじめ、来賓が現われ、自らの席に着く。

 宰相は、ガプル公爵令嬢の隣席に座った。


――クローヴィス……。


 コーデリアは関係者席から愛しい人を見上げた。無意識のうちに、兄のドッグタグを握っていた。


「どうしたんだ、コーデリア。緊張しているのか?」

「違いますよ」


 隣席の同僚に不思議そうにされたので、改めて身を正す。司会の言葉やダンカン長官の挨拶に耳を傾ける。

 そして司会者がそれまでとは違った硬い声で、国王を演台へ促した。だれが指示したわけでもなく、拍手が起きた。

 壮年の国王が席を立ち、演台へ歩く。

 両脇には王室警護官がぴったりとついている。

 事前に聞いていたものの、厳重な警戒ぶりだ。

 国王は演台までやってくると、片手をあげた。拍手が鳴りやむ。


「こんにちは、市民のみなさん」


 小柄な身体から発せられるどこまでも優しく包み込むような、深い声。この一瞬で、多くの市民が心動かされたに違いない。

 コーデリアも、彼の肉声を聞くのは初めてだ。しかし、国王が国王であるためには、絶え間ない努力と生まれ持った資質が必要なのだと感じる。

 今の国王になって十年ほど経つが、国政は比較的安定している。その功績は間違いなく国王にもあるのだろう。

 クローヴィスもまた、彼の信任を得て宰相の職にいるのだ。

 だれもが、演台に立つ国王の次の言葉を待っていた。

 その時だった。

 パン、とコーデリアの背後から銃声が響いたのは。

 話し出そうとする国王の頬が、一瞬、ぴくりと引きつった。


「きゃああああああッ!」


 女性が叫んだのを皮切りに、客席が混乱に陥った。

元々、人々が押し込まれながら入っているような空間である。

逃げようとする者、惑う者で、あっという間に収拾がつかなくなる。


「国王陛下を避難させろ!」


 すぐさまクローヴィスが叫ぶ。王室警護官は束になって国王を囲んだ。


「ライフルを持った男がいたぞ!」


 群衆の中から別の声もした。


――ライフル!


 コーデリアはとっさに背後にある建物を振り向いた。

 昨日のうちに工作の痕跡を見つけ、その情報は宰相まで届いているはずだ。

 現に、例の建物にある該当の窓には、昨日まではなかった板張りが貼り付けられていた。


――狙撃手はどこから狙っているの……?


 コーデリアは周囲を見渡した。

 舞台の上では国王が頭をかばいつつ、警護官の身体に隠れるようにそろそろと移動しはじめていて、ガプル公爵令嬢にも屈強な警護官が付き添う形で席から立ち上がろうとしている。

 コーデリアのいる関係者席では我先にと逃げ出す者が大勢いた。その筆頭ともいえるのが、ダンカン長官だ。側近の背中に頭をくっつけ、「私を守れ!」と部下を盾にしている。

 大事な復興式が壊れていく。

 心を痛めるコーデリアのすぐ近くで、ガチャン、と金属音が響いた。

 早足で横をすりぬける人影があった。男だ。動きが機敏すぎる。素人には思えない。

 彼の手にはピストルがあった。あの音は、撃鉄を起こした音だろう。

 今から国王陛下を狙うのは難しい。だれでもわかっているはずだ。

 彼が舞台の階段に足をかけた時。

 男の目は一点を見た。

 彼の視線の先にあるのは……。

 コーデリアはとっさに「だめ!」と叫びながら走り出していた。

 男は階段を数段登り、いまだに気付いていない人物に狙いを定めている。

 彼の狙いは、はじめから国王ではなかったのだ。

 警護というものには優先順位がある。

 この国でいえば、国王が一番だ。王室に連なる者は、それ以降となる。

 そして、国王と宰相が同席した場合、優先されるのは、当然、国王なのだ。


「クローヴィスッ! 逃げて!」


 狙われているのは、ウォルシンガム宰相――クローヴィス。

 コーデリアはかろうじて間に合った。

 男が引き金を引く瞬間、身体ごと飛びついて。

 コーデリアはとっさの機転が利くのだ。魔獣を前にした時にした時もそうだ。

 災害救助の場で死んだ両親も似たようなものだったと聞くし、兄も含め血筋なのだろう。


『なんだって、そんな無茶をしたんだ……コーデリア! どれだけ、私が心配したと……っ!』


 あの時のように、彼は怒るだろうか。でも。


――あなたが狙われていると知ったら、いてもたってもいられなかったの。

 

 コーデリアの身体は男を巻き込んで階段から落ちる。

 その最中、パアン、と青空に軽い銃声が響いた。


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