第14話
夕方にさしかかるころ、コーデリアはようやく自分の職場へ顔を出した。
いまや庶務課は復興式の準備のため、慌ただしく動いている。ゴードン課長へまっすぐ歩み寄る彼女を止める者などだれもいなかった。
「コーデリアくん……!」
「ゴードン課長、お休みをありがとうございました。ところで、内密でお話があります」
「それは……急ぎかね」
ゴードンは不安そうな顔をした。
「早急にお話しする必要があります。大事な話です」
彼は渋々とコーデリアのために別室を用意した。
だれにも聞かれない状態となったのを確かめた後、コーデリアはこれまでのことを口頭で報告した。
聞いているゴードン課長の顔色がどんどんと白くなっていく。
「……コーデリアくん、その話はほかにはだれにも?」
「はい」
ゴードン課長はごくりと唾を飲む。真剣に受け止めたものと思った。
だが。
「それは気のせいだよ、コーデリアくん」
「は?」
ゴードン課長は、眉根を下げて、半笑いになっていた。
「そんな重大なことが、こんな田舎で起きるはずがないじゃないか? 国王暗殺? ダンカン長官が関わっている? 想像力豊かだね」
「ですが、実際に工作は行われていますし、不正も行われています。特に、建物の工作の件は、至急、先方にも情報共有を行う必要があります」
「だからね、コーデリアくん。こういうのはね、でしゃばらないほうがいいんだよ」
課長は優しく、諭すように続けた。
「目立たないほうがいいよ。もしそれが間違っていたらどうする? 恥をかくのは私だよ。ダンカン長官のお人柄からして、ただで済むとも思えない」
「恥ならいくらでも私がかきますよ。課長は動いてくださればそれで構いません。すべて、私のせいにして都合よく利用なさればよいではありませんか。騒ぎに騒いで、何もなかったら、それでいいのです。何かあった時よりは」
「だがそれでは行幸もふいになると思わないかね? この地方でも国王陛下のお姿を一目見ようと楽しみにしている者が多いのだ。君ひとりのわがままで止められることではないのだよ」
忘れなさい。
ゴードンは、何度もコーデリアにその言葉を繰り返した。
コーデリアは承知しなかった。何度だって、抗弁するつもりだった。
しかし、最終的に上司はコーデリアの話を黙殺したのであった。
別室を追い出されたコーデリアは途方に暮れた。
しかし、その時、廊下をすれ違う官吏たちの会話が聞こえて来たのである。
「宰相閣下の到着時刻はまもなくだな」
「ああ、もうお迎え役が出ていった」
「公爵令嬢側との調整役の当てはあるか? 女性のほうがよいだろう」
「あー、突然だったからなあ……。うちには女性官吏が特に少ないし……って、なんだあんた!」
コーデリアに腕を掴まれた男性官吏は背をのけぞらせた。不審な目つきであった。
しかし、コーデリアも引くわけにはいかなかった。
「庶務課のコーデリアと申します。その話、詳しくお話しいただいてもよろしいですか。なにか、お役に立てるかもしれません」
不正と暗殺疑惑。どちらも上司は動かない。しかし、せめて暗殺疑惑だけでも伝えなければ、危険なことが起きる。
ならば会いに行くしかないではないか。今はプライベートなことも、心の傷もすべて忘れたふりをして、ただ公益のために。
――宰相閣下……クローヴィス。
いまだに愛しくてたまらない、“冷血宰相”の元へ。