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第13話

「ところで、まだこの件については疑問も残っているんですよ。昨晩、ミュラーさんのお話を聞いてからなんですが」

「なんだ?」

「実際に資材があったことです。書類上、数量を水増ししただけでなく、実際にも資材の横流しが行われているのはどうしてでしょう? 何が考えられると思いますか」


 中年男は顎髭をなでつけながら空を仰ぐ。


「なんだろうなあ。……壊れた自分の家の修理に使う?」

「ありうる話ですね。ただ、資材だけで言えば、国からの援助である程度は個人でも確保できる制度は整っているので、理由としては弱いですね」

「そうかよ」

「ただ、恐れていることがあります。この場所柄という点で。……当たっていないといいのですが」


 コーデリアはきょろきょろと辺りを見回した。

 彼女が目を付けたのは、少し奥まった場所の背の高い建物だった。例の火災でも焼け残った古い建物のようである。

 中に入ると、管理人らしき女性が掃除を行なっているところだった。住居というより事務所が置かれていそうな生活感のない内部である。


「こんにちは」

「こんにちは」


 女性はにこやかに挨拶をした。


「こちらの物件に興味がありまして。見学しても?」

「いいですよ。ふふ、最近、お客さんが多くてうれしいねえ」

「あら、他にここを借りたい方がいたのですか?」

「ええ。張り切って改装もしたいとおっしゃって!」

「それなら、ご近所さんになるわけですね」

「いえ、それが改装するだけして、まだ入らないって。変よねえ」

「そうですね。その部屋を見ても構いませんか」


 コーデリアは笑顔を作る。隣にいたミュラー氏はずっと「まじかよ」という顔をしていた。

 女性は何の疑いもなく、部屋番号を教えてくれた。そして鍵まで貸してくれたのである。

 ふたりは螺旋階段を延々と登っていく。


「さらっと嘘をつくとは、とんでもねえ度胸だな」

「仕事ですから」

「俺ァ、いつまで付き合わなくちゃなんねえの」

「あと少しですよ」


 ここでコーデリアは思い出したように尋ねた。


「ミュラーさん、先ほど、この建物の外観を見ていましたよね」

「あ? ああ」

「わかりました。それならよいです」


 辿り着いたのは最上階だ。

 天井が低く、薄暗い廊下に、扉がいくつか並んでいる。

 コーデリアは鍵を取り出すと、奥から二番目の扉を開けた。

 殺風景な部屋には空の書棚のみ残っていた。じめじめとした湿気とほこりの匂いがした。

窓を開ければ新庁舎が見えた。

 本来、この建物は新庁舎の広場は見えない位置にある。しかし、まだ広場との間は更地となっていて、見晴らしがよかった。

 部屋を眺めまわした後、コーデリアはミュラー親方に向かって、


「この部屋、変だと思いません?」


 と、訊ねた。男は難しい顔をしていた。やがて、床や壁をこんこんとたたき出す。

 壁の一点を叩いた彼は、目を見開いた。そして、傍らの書棚を……ずらした。

 すると壁の中に小さな扉が現われた。人がかがんで通れるぐらいの扉で、押すと開く。

 別の空間が現われた。ごくごく狭い空間で、横幅だけなら人がひとり立つぐらいのものだろう。

 その空間にも、窓があった。木製の脚立もある。

 ミュラー親方たちが運んだ資材はここの改装に使われたのだろう。ある工作のために。

 窓からの光景を眺めたコーデリアは胸が重くなるのを感じた。

 広場には、すでに復興式の会場設営のために資材を運び込む人影がちらばっていた。

 王室警護が気づいていたならこの場所はすでに何らかの対処がされているはずだ。行幸があるのなら、事前の下見は隅々まで行われるはず。

 彼らは狙撃を想定していないのだ。あまりにもここが遠すぎて。

 しかし、不可能とまでは言えない。

 たとえば、コンラッドのような優秀な狙撃の腕を持つ者であれば――。

 現に、工作の痕跡を見つけた以上、コーデリアには報告する義務がある。


『実は表向きには伏されているが、王室に脅迫状が届いたらしい』


 ガーデンパーティーでアロンから聞いた話が現実味を帯びてきた。


ーー大事になるかもしれない。


 ここにクローヴィスがいてくれたらどれだけ心強かったか。

 しかし、今、コーデリアはひとり。


ーーそれでも、私の仕事だから。


 仕事への誠実な姿勢は彼から学んだものでもある。恥じないようにしたい。

 コーデリアはここまでついてきてくれたミュラー氏へ振り返った。


「ミュラーさんは、国王の恩人として勲章をもらえるかもしれませんね」


 そのまま、行きましょう、と外へ促したのだった。




 コーデリアが勤務する地方庁舎では、休暇中の者を除いたすべての官吏が講堂に集められていた。

 満場の拍手の中、ダンカン長官が檀上にあがった。胸元にはお気に入りの黒いカメオが飾られている。

 明日の復興式について、訓示を述べたいという長官たっての希望である。

 復興式は盛大に行うようにとの指示の元、庁舎内の官吏はほぼ全員、何らかの役目を与えられていたのだ。


「諸君、復興式はまもなくである。準備などあるだろうが、心して取り組むように。また、みなが知っているように、国王陛下も御臨席される。これは名誉なことである。当日は私がお相手を務めるが、くれぐれも粗相のないように頼みたい」


 ダンカン長官はこうも続けた。


「さらに、みなにも新たな変更事項を伝えたい。今回、私の働きかけが功を奏し、なんと、ウォルシンガム宰相閣下も陛下に同行されることとなった! ウォルシンガム宰相は、復興に多大なご寄付をいただいたガプル公爵令嬢とともに出席される」


 会場中から言葉にもならないため息が溢れた。

 急遽、要人が増えるなら、これまで把握してきたお膳立てがひっくり返る公算が高い。

 長官は自分の見栄のためになんてことをしてくれたのだ。そう思う者が大多数であった。

 ダンカンも空気を察したのか、居並ぶ官吏たちを上から睨みつける。


「宰相閣下とガプル公爵令嬢は式典の前日……すなわち、本日、現地入りする! 迎賓係の者たちは後で私の元に集まるように。以上である!」


 コーデリアがダンカン長官の話の内容を知るのは、その少し後である。

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