第12話
次の日。コーデリアとミュラー氏は新庁舎の工事現場まで来ていた。
復興式を目前に控えているため、新しい分庁舎はすでにほぼ出来上がっている。
新庁舎の周囲は広場になっている。ただ、まだ空き地になっている土地もあれば、建築途中で足場もむき出しとなった土地もあった。
「まだ賑わいを取り戻すにも足りねえよ」
ミュラー氏はぽつりと言った。新庁舎の辺りは元々、ミュラー氏の生家があったという。
「魔獣そのものの被害はこの近くで止まっていた。問題は建物から出た火がこの辺りをことごとく焼き尽くしたことだ。建物が、密集しすぎていたんだよ」
「そうですね」
当時、たまたまコーデリアもこの近辺に出張していたところ、魔獣襲撃に遭ったのである。人々は避難場所もわからずに右往左往していた。
コーデリアは当時現場にいたわずかな官吏として必死に奔走したのだ。
「宰相閣下のご指示により、今回の復興では、この辺りの土地利用について大きく見直されました。建物同士の隙間を一定以上開けることや、道幅の拡大も行われています。避難経路の見直しや市民消防団の増強も……」
「仕方ねえな。あんなに燃えちまったからな……」
ミュラー氏は目を細め、新しい分庁舎を見上げた。
「復興式は、ここの広場でやるんだったな」
「ええ、昼から屋外舞台の設営がはじまるようですね」
「国王陛下もいらっしゃるんだろ。みんな元気づけられるわな」
「はい」
おっと、とミュラー親方は思い出したようにある方向を指さした。
「あんたが気になっていたものはあっちだよ……ん? おかしいな?」
男は足早に広場を横切り、建築途中の建物の裏側に回った。人目につかないような奥まった場所である。
「だれが持って行っちまったのか……。コーデリアさん、俺ァ、嘘はついていないぞ。本当に、例の建築資材はここに置いてあったんだ」
コーデリアは空き地に入り、周囲をよく見た。
土の上にいくつもの足跡が残っていた。野草も生えていたが、茎がへしゃげているものが多かった。
彼のいうとおり、ここには建築資材が置かれていたのだろう。……本来、新分庁舎に使用されていなければならないはずの、資材が。
そもそもの発端は、コーデリアの元に前担当から引き継いだ案件の書類が回ってきたことだった。
確認した時に、違和感があった。書類に添付された建築図面と建築資材の量が釣り合っていなかった。類似規模の工事とも比較したが、多すぎる。
さらに、当初の契約から、契約金額が大きく増加されていた。その割に、理由が判然とせず、建築図面が変更された形跡もない。
本当に、これは支払ってもよいものなのか。
コーデリアの中にあった疑惑が決定的になったのは、建築士でもあるバーガンディ子爵に相談した時だ。
『書類を見た限りでは……これはおかしいね。数字が合わなさすぎる』
彼の指摘で、不正の疑いが確信に変わった。
「不正の典型例としてよくあるのが、空請求――要は、支払に値する義務を果たしていないにも関わらず、請求を行い、それで得られた利益を関係者で分配するというものです。今回は不当に契約金額を釣りあげて、その差額で儲けるというものです」
「言っておくが、俺ァ、やっちゃいねえよ」
「ええ、わかっていたらこんなにすんなり話してくださらなかったでしょう? あと勝手な推測ですが、パレッラ商会は結構お金を出し渋っているのでは?」
ミュラー氏は否定しなかった。
行政の、それも分庁舎。建築規模としても大きいので本来はもっと「うまみ」があるはずだと考えていたのだろう。
案外、早くから飲んでいたのも、思うように支払ってくれないやけ酒だったのではないか。
「……俺たちに横暴なやつらだったんだよ」
元請けと下請けである。往々にしてありえる関係だ。王都と地方で価値観も違ってくる。
「そうですか。ミュラーさん、念のため申し上げておきますが、今の話を聞いたからといってパレッラ商会をゆすってお金を払ってもらおうとか考えてはいけませんからね。私、ちゃんとミュラーさんを見張っていますから」
「やらねえよ! なんだよ、信用ねえなあ!」
「だって、似たような『前科』をお持ちでしょう」
「けっ!」
ミュラー親方は不満そうに舌打ちをした。
「言わねえようにするから、どうせ吐くなら吐いてってもらいたいもんだ。その不正とやらに関わっているのは、だれだよ」
「パレッラ商会と、行政側の人間です。おそらく首謀はパレッラ商会」
「なんで、行政側も関わっているんだよ」
「そうでないと、あんな強引な書類がまかり通ったとは思えないからです。私が担当者なら確実に止めます。パレッラ商会から利益をもらっている官吏がいますね」
もしかしたら契約情報を流しただけではなく、積算金額をも漏らした可能性すらある。それこそ背任の罪に問われるだろう。
幸いにもミュラー氏は具体的な人物名までは聞き出さなかった。さすがにそこまで突っ込まれたら、コーデリアも言葉を濁しただろう。すでに予想がついていたとしても。
――あの方は私たち地方官吏を下に見られているようだから。
コーデリアがパレッラ商会を訪問し、その報告を彼らから受けたとしても、放置する可能性が高い。
――以前も、ハエやアブを見るような眼で私を見ていたものね……。
上司として仕えるには気が重くなる人物である。
たかがカメオひとつ。されど、カメオひとつ。装飾品ひとつで関係を推察されることだってあるのに、ダンカン長官はコーデリアたちにはそれができまいと思っている。