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はっきり言葉にしなければ、確かに気持ちは伝わらないけれど。

作者: まるも


「離縁しましょう。明日、この家を出ていきます。」


もう限界だ。

この家に嫁いできてから1年の月日が経つというのに、旦那様とはろくに顔を合わせず。

たまに顔を合わせたときには、話しかけてもこちらの顔を見もせず、はいかいいえの、首を縦に振るか横に振るかのジェスチャーのみ。

当然のように初夜もまだなのである。


当主である旦那様がそんな調子なので、嫁いできてから半年ほど経つ頃には、あからさまに私を軽視するような態度を取る使用人も出てきた。


そもそもこの結婚は、旦那様側から強い希望で成ったものだった。

特に事業等で繋がりがあったわけでもなく、いつかお父様と一緒に参加したパーティーで少し挨拶をしたことがある程度だったから、家族も私も不思議だった。

しかし家はお兄様が継ぐことになっているし、政治的な意味を持って結婚しなければならない理由もうちには特になかったことや、恋愛結婚でもいいよと言われていても私には想い人などはいなかったこと、相手側からの熱望であれば大事にしてもらえるだろうとのことで、こちらも頷いたのだった。


そうして嫁いできたわけだから、私としても冷遇されていると言っても差し支えないこの状況で、この結婚にしがみつく理由もない。

実家に帰ったところで、多少のお叱りはあるかもしれないけれど、理由(わけ)を話せばわかってもらえると思う。

懸念があるとすれば、お兄様も私の少し前に結婚していること。

そのお嫁さんであるお義姉様がすでに実家に住んでいる。

お義姉様との仲は良好だけど、夫婦の仲は邪魔したくない。

別れた後は一人暮らしをするつもりではいるけれど、恥ずかしながらこの離縁に計画性はなかったので自立するまでの資金がない。

家の手伝いは元々していたし、その後の生活資金が貯まるまで頭を下げて置いてもらおう。

独り立ちも楽ではないだろうけど、ここで我慢してずっと過ごすよりは、きっとその方が幸せだ。


そう考え、今、旦那様に離縁を告げたのだ。


「離縁…?」


そう旦那様に聞かれ、私は頷いた。

一応離縁の話であるから結構大事な話ではあると思うが、どうせいつものように首を縦に振るか横に振るかで返事をされるかな、と思っていた。

ふぅ、と小さく息を吐き、床に伏せていた視線を上げると、顔を真っ青にさせている旦那様がいた。

ついでに横に立っていた執事長まで。

旦那様に至っては、うっすら目に涙まで浮かんでいるように見える。

ここ最近、離縁の話を切り出そうと夜も考え込んでしまっていたから、私、疲れているのかな。

もしかして寝不足のせいで涙が浮かんでいるのは私の方で、見間違いだよね?と、目をこすってもう一度顔を上げた。

見間違いじゃなかった!なんだか想像してた反応と全然違う。180度違う。


「わかった。」


旦那様は震える声でそれだけ告げた。

え…今、首横に振ってたよね…?

溜めてた涙ついに流れてるし、めっちゃ歯食いしばってる。

発した言葉と体の動きが合っていない気がするが、でもわかったって言ったよね、と思い直し、では、手続きの書類は後日送らせていただきます。とだけ伝えてあとにした。いや、しようとした。


「奥様!お、お待ちください!」


執事長が私を呼び止めた。


「旦那様は、あまのじゃくの呪いをかけられているのです!」


…は?考えが追い付かず、唖然とする私に執事長は続ける。


「旦那様はわかった、と確かに言いましたが、あまのじゃくの呪いのせいで本当に言いたいこととは反対の言葉が出てきてしまうのです。ですから」


「違う。本当に離縁してほしい。」


「旦那様!話がややこしくなるので黙っていてください!…奥様、どうか1度話を聞いていただけませんか。離縁については、その後に判断していただきたいのです。」


わけがわからなかったが、執事長の顔が、もう青くはなかったが本当に必死だったので圧に負け、話を聞いた。


旦那様は私にパーティーで一目惚れをしていた。

すぐにでも婚約の申し込みをしたかったが、当時そのすぐ後に前当主が流行り病で亡くなってしまい、少しずつ仕事を引き継いでいたとはいえ突然の死であったから、家のことが落ち着いてからの申し込みとなった。

仕事が落ち着いたこと、そして私の家から了承の返事をもらい大変浮かれ…喜んでいたところ、結婚式直前に呪いにかかったそうだ。

この呪いは発する言葉のみに反応し、ジェスチャーや筆談なんかは大丈夫なんだそう。

話せないわけではないが、下手に話すと自分の意志とは全く逆の意味の言葉が出てきてしまう。

呪いのことを私に説明しようという話もあったが、嫁いできたばかりの私を不安にさせてしまうし、呪いをかけた犯人の目星はある程度、すぐついていたことからなくなったのだそうだ。

しかし私には呪いの説明もしていないのに筆談だけで会話するのもおかしいと思い、ジェスチャーだけの対話となってしまったとのこと。

それでいつも首を振るだけの返事だったのか。

申し込みから結婚までの婚約期間が相当に短くお互いを知る期間がなかったこと、もともと旦那様はあまり口数の多い方ではなかったから、結婚式からあまり話さなくても違和感はなかった。

旦那様からすれば、やっと結婚できる、しかも愛する人と。だから結婚まで急いてしまったのも、こう話を聞けば気持ちがわからないわけではない。

事が早すぎて、当時かなり困惑したのを今思い出したけれど。


しかし犯人は意外と賢かったのか、今一歩はっきりとした証拠をつかめなかった。

すぐ決着するだろうと思われた捜査はまさかの難航し、そうこうしている間に1年の月日が経ってしまった。


ところが最近、前から多少なり言われてはいたが、使用人の中で私が旦那様に冷遇されていると囁かれる声が大きくなり、それ故に私に横柄な態度で仕える使用人が一部いる、と報告を受けた。

それを聞いた旦那様は自分が原因だ、と落ち込んだが、それと同時にかなり怒っていて、今にも当該使用人を解雇しようとしたらしい。

しかし問題の使用人の中に、犯人と思われる者がいた。

ここに嫁いできてから私付きとなった侍女である。

この侍女、旦那様に恋慕していた過去があったんだとか。

しかし、旦那様の婚約が決まったときには落ち込む様子も見られたが、いつからか諦めたのかふっ切れたのか未練などは特にない様子で、仕事ぶりは元々悪くなかったことで、私付きになった。

が、最近何を思ったのか、私に対する態度は段々と横柄になり、旦那様と私が離縁するのも時間の問題では?と話していたという報告もあったらしい。

そういった態度を取ることも、仮にもこの家の当主とその嫁が離縁するなんていう話をすることも、バレれば許されたことではない。

そんな話をするのは犯人と思われる侍女が油断しているからと判断し、証拠をおさえるチャンスかもしれなかったため、私に大変な罪悪感を抱えつつ、泳がせてみたところ、確証と呼べるものが出てきた。

あとは準備が出来次第、犯人を取り押さえるという段階まできていたが、私から離縁を告げられた。

ということだった。


そんな話を執事長から聞かされて、私は全てを信じることはできなかった。

けれど旦那様と執事長の態度を見ていると、嘘とも言い切れなかった。

なので、犯人を取り押さえ呪いが解けるまで離縁の話は一旦保留に。


「では、わかったと言ったのは、わかりたくないということで、離縁してほしいといったのは、離縁してほしくない、ということなのですね?」


そう私が聞くと、旦那様は頷いた。

そんな旦那様を見て思うけれど、なんとも詰めの甘い呪いだなあと思う。

ジェスチャーであればイエスかノーの意志は伝えられるし、筆談も大丈夫。

呪いの話を私に伝える判断をしていれば、誤解は生まれなかったとは思うが、それも結果論であり、最終的に離縁の話まで出てしまったと。出したのは私だが。


後日、当侍女は取り押さえられ事情聴取が行われた。

旦那様のことを諦めたと思われたが、実は諦めておらず、ふっ切れたように見えたのは、結婚を邪魔するのは無理そうだったが、呪いをかけ私と旦那様の仲違いさせる。

そうして離縁したところを、自分が慰めて旦那様を手に入れるという計画を思いついたから。

詰めの甘い呪いだったのは、かけた方にも相応のリスクがあるため、万が一呪いをかけても自分が慰める役目を全うできないかもしれないと、犯人は呪いをかける直前に思い直したらしい。

呪いをかけたことがばれたらどうなるかを思い直すことはできなかったのかとか、もし離縁が行われたとして、どうして自分が後釜になれると信じ切っていたのか疑問が浮かぶ。

というかこの犯人、しっぽをなかなか掴ませなかったのよね?その割になんだかこう、お馬鹿さん…あ、いや、頭が少々軽いような気がするけれど。と旦那様に聞いたところ、なんと実行犯はその侍女で間違いないが、侍女をそそのかし、証拠隠滅をしていた共犯がいたんだと。

そちらも取り押さえられ、事情聴取はこれから。


その事情聴取が終わり次第、保留していた離縁の話になるだろうと思っていたのだけれど、呪いの解けた旦那様から、今までの分もというくらいの勢いで毎日愛の言葉が囁かれている。

呪いをかけた本人がいれば、呪いを解くのはそう難しくないらしい。

なので取り押さえられたとほぼ同時に解呪は行われた。


大好きだ。

今日も愛している。


そんな言葉を聞きながら、これだけストレートな方であれば、真逆の言葉が出てきてしまうあまのじゃくの呪いは効いただろうなと思ってしまった。


結局私は、旦那様のそのストレートな言葉の押しに負けて末永く一緒に暮らしていくのだけど、それはまた別のお話。













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― 新着の感想 ―
思わす赤面してしまいそうな甘いお話ですね! 途中まで読んで、筆談がいけるのなら、ここまでこじれる前にそう説明すればよかったのにと思っていたら、そう書かれてて笑ってしまいました。 ですよねえって。 …
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