仮想空間への誘いと呼吸法
イベントエリア【霞山麓】のメイン、そこにはあからさまに仙人の雰囲気を纏った老人が静かに2人を見つめていた。
「いかにもだね」
「ようジジイ、早くスキルよこせ」
「ちょ、そんな言い方ダメだよ」
「ほっほっほ、若いのそう急くでない」
「ほらこれがいるんだろジジイ? 訳分からんアイテム」
「聞かんやつじゃの、そう急ぐでないというに、物には順序というやつがあるじゃろうて」
「じゃあ早く順序立てて終わらせろ」
「お前さん中々にヒドイの、一人寂しく佇む老人の話し相手をとか思わんのか?」
「人恋しいなら山で仙人してんじゃねー」
「ふむ、最もじゃ」
「ちょっ! ちょっと待った!!
何で会話してんの!? 会話できてんの!? NPCでしょ!?」
「そうじゃが?」
「そうじゃがって⋯⋯アップデートでNPCのクオリティも上がったの? AI!?」
「お嬢ちゃん、何を言うとるのか分からんが落ち着きなさい。
少し茶でも飲んで話そうと思っておったんじゃが仕方ない、急いでおるのやもしれんし本題へ入ろうかの」
「最初からそうしてればいいんだよ」
「もー、口悪いなールーシェは」
いくつかパターンはあるが本来は決まった会話しか出来ないNPC。
普通に違和感なく会話のやり取りができている事にミストラルは突っ込んだがそのまま流された。
「さて、お主らがここへ来たのは新たなる能力を得る為じゃの」
「はい、そうです」
「その為のアイテムを出してくれ」
ルシフェルはインベントリから【仙人の霞】を二人分取り出した。
「これから新たな能力を獲得する為に必要事、それはこの【仙人の霞】を一息で吸い込む事じゃ」
「え? それだけ?」
「それだけじゃ」
「なんだ超簡単だね」
「では霞を手に載せてやってみるが良い」
言われる通り霞を掌において思いっきり息を吸った。
「あれ? ピクリともしない⋯⋯」
「ほっほっほ、じゃろう? 特別な呼吸法でないと霞は吸い込めんよ」
「VRだしアイテムを呼吸法でなんてどうやって取り込むのさ」
「そこで今回のイベントじゃ、仮想空間へのフルダイブデバイスとサービスが始まるのは知っておるな?」
「うん、超楽しみ! 絶対買うんだ!」
「なんか言ってたなそんなのが始まるとか何とか」
「そこでサービスをフル稼働でスタートさせる為、先行投資として先着順とそれに間に合わなかった人々へ抽選で無料提供を開始するんじゃよ」
「無料提供!?」
「ワシのところに【仙人の霞】を持ってきた時点で自動で先着確認と登録が成される。
すでにデバイスの予約をしている者にはその予約先の情報をアカウントから公式へ届ければ代金を肩代わりして郵送する。
運営がプレイヤーに届けるデバイスのシリアルナンバーを管理し、正しく届いた新デバイスとシリアルナンバーでログインすればええ」
「で、僕達は⋯⋯」
「あぁ、先着対象者じゃ」
「やったー!!」
「そこで新スキルじゃが今ではなくフルダイブ後に挑戦可能じゃ。
フルダイブデバイスが身体の状態も把握しておるから呼吸法が正しく現実の肉体が行えているか同期させてチェック、成功すれば仮想世界のアバターにも反映され【仙人の霞】は吸い込まれるというわけじゃ」
「ちょっと難しそうだね」
「そうか?」
「習得には時間が少しかかるじゃろうがシステムがサポートしてくれるわい」
「なら少し安心だね」
「スキルの効果は呼吸法中の身体能力の向上、熟練によるその効果の増大と持続時間の延長じゃ」
「覚えれば戦闘がかなり楽になりそうだね」
「現実世界でも健康に効果的で身体能力の底上げができるぞい」
「ゲームのスキルが現実世界でも!? VRと違って肉体と同期してるんだもんね、いやでもそんなのどうやって⋯⋯」
(呼吸法、身体能力向上、まさか⋯⋯)
ルシフェルは知っている、恐らくその呼吸法が何なのかを。
(ゲームと現実で呼吸法が⋯⋯十三達の言う【真呼吸】が実装されるのか? なんかきな臭くなって来やがったな⋯⋯まさか月を変えた魔法陣の黒幕が絡んでやがんのか?)
「以上か? 他にアイテム報酬とかねーのか?」
「あるぞい、ほれこれじゃ」
ポンと渡された小さな勾玉2つ。
「なんだこりゃ?」
「それは【賢者の資質】と【仙人の資質】じゃよ、フルダイブ後に使用するとサポートが出るはずじゃ、楽しみにしておくが良い」
「ちっ、手元に残らねーアイテムかよつまんねーな」
「ほっほっほ、そう言いなさんなルーシェ君、君にとっても後で楽しくなるんじゃから」
「ハッ! 期待外れだったらブチ殺しにくるからな」
「もう、NPC相手に何言ってんのさ」
(黒幕⋯⋯もし俺の楽しみの場を奪うつもりなら⋯⋯容赦しねーぞ)
2人はその後、イベント地域を出てログアウトした。
〔おいアイ! このゲームの表と裏、繋がりのある所をを徹底的に調べろ!〕
{ルシフェル様、どうかなさいましたか?}
面倒臭そうにルシフェルはアイに事の顛末を話した。
{分かりました、調査を開始し十三様やミカエル様、紫暮様にも共有します}
〔おう〕
ルシフェルはそのまま心層へと落ちミカエルへと交代すると、ミカエルはゲーム前にアイから詳細を聞いた。
〈⋯⋯確かに⋯⋯ちょっと香ばしい匂いがするね、何かゲーム内で情報入ったら直ぐに教えるよ〉
{はい、宜しくお願いします、ではどうそゲームをお楽しみ下さい}
〈こんな時にゲームするのは気が引けるんだけど、今の僕とルシフェルはこれしか出来ないしね。
それに何やら不穏なところも出てきたし、情報獲得の為にもゲームをやらせてもらうよ〉
{お気をつけて}
〈ありがとう〉
ミカエルは礼を言うと直ぐにログインし、何も得る事もなく数時間後にいつもと同じような顔面を地面に突っ伏したままログアウトしてきた。
〈このゲーム⋯⋯難易度⋯高過ぎない⋯⋯か⋯⋯〉
どうやらまだ初心者クエストから抜け出せていないようだ。
それからしばらくの間、世間は徐々に落ち着きを取り戻し以前とほぼ変わらない状態へと戻りつつあった、ただ少しの変化を残して。
「勝っちゃんすげー! 本当に指に火ついてるよ⋯⋯」
巷では指に火や光などを灯す魔法の様な現象を会得するのが流行っていた。
夜空の魔法陣騒動以降、魔法自体の発動は無理だが個々に備わる属性を灯す事が出来る者が稀に現れたのだ。
初めはAIだCGだと言われた眉唾物の動画が始まりだったが、稀に同じ事が出来る者が現れ、動画やニュースなどに引っ張られて時の人となった。
魔法時代の到来だと世界中が沸き立ち様々な憶測やデマなども流れたが、結局は指に属性を灯す以上のが起こる事態にはならなかった。
魔法知識、言語、体系、魔素循環、呼吸法など足りない物が多すぎた。
古代人達が命と時間をかけて築き上げてきた魔法はそう容易く使えるものではない。
属性を灯せる者はもてはやされたが直ぐに珍しさは色あせていった。
だがそれは2月の半ばから様相を変え始める。
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