恐怖階層再び
月穂とコンは地下二階に降りてから異常に緊張していた。
何故なら前回はここで幾度となく気を失った経験があるからだ。
『巨大昆虫階層』地下二階
あまりの醜悪さに失神した月穂とコンには鬼門である。
「見える前に殲滅⋯⋯見える前に殲滅⋯⋯」
月穂はブツブツ言いながら光魔法を発動手前まで準備している。
音と気配のする場所に所構わずブチ込んでいくのだろう、十三や他の者達はとにかく巻き込まれないよう邪魔をしない事にする。
その後⋯⋯
「キャー!! イヤー!! 来ないでー!!」
前回トラウマを植え付けられた月穂とは逆に、生き残った昆虫達にとってトラウマになりそうな光景が広がっていた。
奇声を発しながら大地を、壁を、天井を光で覆い破壊し尽くす銀髪の悪魔が現れ、嵐のように去っていったのだ。
レベルが上がってMPの総量が大幅に増加していた月穂は出し惜しみせず光魔法を放っていた。
同じく昆虫嫌いのコンはそんな月穂の後ろにピッタリとついて「もっとヤレヤレー」とでもいうように彼女を崇めるような踊りを踊っている、その後ろでウサギの正宗と翠葉がその様子に怯えていた。
「なんだこの光景は⋯⋯」
端から見ると異様な絵面にちょっと引いている十三を他所に一行は進軍を続け、そのままの勢いでボス部屋まで到着しドアを激しく吹き飛ばした。
前回は流砂に呑まれて下に続くボス部屋に辿り着いたので今回が初の正面からの攻略である。
「俺が先に行くから後から来てくれ、って⋯⋯あれ?」
部屋に入ると中央にはキラリと光る大きめの魔石が置いてある。
「何だ? 罠か?」
部屋をぐるりと見渡してみると隅の方の壁に穴が空いていた。
よく見ると中に蜘蛛がいるのが見えた、が様子がおかしい。
全身激しくガタガタと震えている。
「あー⋯⋯もしかして」
「もしかしてどうしたの?」
「階層を蹂躙したきた月穂の情報が手下とかから伝わったんじゃないかな⋯⋯たぶん怯えてるんだよ。
そしてあの魔石は見逃して下さいという意志と供物だと思う⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「まぁ気持ちは分かる、生物としては当然だよな。
階層を滅ぼした格段にレベルが上の奇声を発する悪魔が、奇怪に踊る手下を連れて自分を殺しに来たんだ⋯⋯普通に恐怖だよ」
昆虫が怖いが為にガムシャラにやってきた事で逆に昆虫に恐怖を与えていたらしい。
そんなふうに見えてたんだ、と顔が少し青ざめた月穂は小さくポツリと呟いた。
「あの⋯⋯なんか⋯⋯ごめんなさい」
「おーい蜘蛛、俺たち何もしないでこのまま行くから、この魔石置いとこうか?」
魔石を手にとって蜘蛛のほうに渡そうと手を伸ばすと、蜘蛛はくるりと後ろを向いた。
要らないということだと解釈して持っていく事にした。
「んじゃな蜘蛛。
あー⋯⋯言葉が通じるか分からないけど、俺たちこれから頻繁にここに潜るからよろしくな」
それを聞いた蜘蛛が理解したのかしてないのか、気絶したようにひっくり返った。
一行はそのままの地下三階へと降りていく。
次は曰く付き、森林と平原の階層。
翠葉を子鬼の集落から救出し、オーラの暴走した狼に神の下僕が顕現し、月穂が殺されかけ、ルシフェルとミカエルが顕現し、千年樹と戦った階層だ。
「あれだけの事があった場所だ、やっぱり緊張するな⋯⋯」
「うん、どうしたって身構えちゃうよね」
「やっぱり同じ構造のままかな?」
「今までがそうだし多分同じだろうな」
落ち着かない気持ちを抑えるように話しながら地下三階の扉を開けた。
「あれ? なんだここ⋯⋯」
「前と違う⋯⋯」
降りた先は草原でも森林でもなく、古い遺跡の中のような様な回廊だった。
「森は? 千年樹は?」
「あの景色と空間は他の所から来てたよな、翠葉の記憶魔法で見たやつ。
まさかこれが本当の地下三階で翠葉の世界は元の場所に戻った?」
翠葉が困惑したようにキョロキョロと周りを見ている。
「翠葉ちゃん⋯⋯」
「おいアイ! お前ここの最下層のゴーレム吸収して乗っ取ってたんだよな? 何か知ってるんじゃないのか?」
「ゴーレムを吸収したのは先日も伝えたように数日前、十三様と月穂様が探索に潜るタイミングを外界の情報収集中に得て急遽行いました。
ですので既にあった階層の構造や成り立ち等は調べていませんでした。
以前あった地下三階は魔法陣と魔法でここへ転移していたようですので、帰ることは理論上では可能です、こちらと向こうの座標は必要すが」
帰れると聞いてパッと笑顔になる翠葉。
「座標ってどうやって知るんだ?」
「あれだけ大規模な魔法ですのでまだ魔法や陣の魔素残滓が残っていると思われます。
それを頼りに解析と分析を行うしか方法はありません」
「とりかかれるか?」
「難しいですが可能です」
「その為には以前、ステータス魔法の際に拒否された翠葉様への記憶や魔素へのニューロ結合と、千年樹の残したアイテム魔素の調査、そしてこの階層の全域探索をし、残っている可能性のある前世界の魔素調査が必要です」
「なるほど、じゃあ早速階層踏破しに行きますか!」
「うん、それで良い翠葉ちゃん?」
ポロリと涙を流しながらコクコクと頷いて翠葉は応えた。
「よし、じゃあ正宗と俺が前衛、翠葉と月穂を挟んで後はコン頼む」
陣形を決めて古びた遺跡回廊を歩き始めた。
回廊は広いものの、傾いた装飾のされた柱や壁、調度品のような物で構成されており、見通しはさほど良く無い。
出てくる魔物もまだ未知なのでゆっくりと進んでゆく。
突如数メートル先の壁がガラガラと音を立てて崩れた。
すると壁の中には空間があり、そこに石の人形が埋め込まれていた。
「最下層でアイが乗っ取ってたゴーレムか?」
「恐らくその量産型のようです」
「正宗! 戦闘態勢!
先ずは俺たちがやる、月穂と翠葉は手こずるようだったら支援頼む!」
「はい!」
ゴーレムはゲームで出てくるような角ばったり岩の集合体では無く、形成された流線型のデッサン人形のようだった。
「魔法使ってくるかもしれないから警戒怠るなよ! 行くぞ! 正宗!」
ゴーレムが壁から剥がれるように出てくると同時に十三と正宗は地面を蹴った。
「硬そうだけどとりあえず一発!」
十三は内気功で強度を高め、ゴーレムの腹に拳を繰り出す。
「なっ!?」
ゴーレムの腹部に亀裂が入り、その部分だけくるりと半回転して拳が空を切った。
「器用な事するな⋯⋯」
間髪入れず正宗が自慢のスピードで反対側へと回り込み蹴りを背中に繰り出す。
またゴーレムの身体に亀裂が入り、そこから反転して蹴りは空を切った。
「コイツの身体⋯⋯どこからでも可動出来るのか? 厄介な⋯⋯」
腹部の二ヶ所が亀裂で半回転したまま十三に裏拳、正宗に蹴りを繰り出してくる。
「避けろ!」
正宗はバックステップで大きく躱し、十三は屈んで避けようとした。
裏拳で迫ってきていたゴーレムの腕に亀裂が入り、三節棍の様に軌道と範囲が変わる。
「ぐぁ!」
十三の上半身を半周し、ゴーレムの拳が十三の側頭部にクリーンヒットした。
内気功で硬化はしていたものの、振動で一瞬脳震を起こしそうになっている隙にそのまま多関節で絞めようとゴーレムが絡みついてくる。
正宗はそれを見てバックステップしていた体勢から直ぐにゴーレムへと迫り、亀裂からの回避がしにくいよう横や縦からの蹴激ではなく、斜め上から袈裟切りのように蹴り抜いてゴーレムを十三から離すことに成功した。
「助かった、ありがとう正宗」
正宗は気を抜かずいつでも跳べるよう軽くフットステップを保っている。
「あのどこからでも軌道修正してくるの厄介だな」
「接近戦難しそうなら魔法撃ってみようか?」
「支援が必要ならいつでも言って下さい」
「ありがとう月穂、アイ。
まだ大丈夫、こんなことで引いてらんないよ」
十三はグッと身体に溜めを作りオレンジ色の魔闘気を発動させる。
「正宗、これ魔闘気っていうんだけど使えるか?」
オレンジ色の闘気に驚きながらもフルフルと首を横に振り応える正宗。
「じゃあ頑張って覚えろよ、って言っても俺もまだ覚えたばかりで扱いきれてないけどな」
正宗は恐れを覚えるような力強いオーラを見て自分の目標をまずはそこに設定した。
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