暴走顕現
コンの一瞬の足止めによる隙を十三が捉え、従者はグラリと倒れ混みそうになる。
そこにコンが時間を与えずさらに追撃を叩き込む。
ズドドドドドドド! トガン! ズギャッ!
コンが怒涛のコンボを繰り出している間、十三は『縮地』の使用で体中が軋み直ぐには動けなかった。
ここで仕留めないと後の手が無い。
十三も気を練り込み直し、軋む身体を無理やり動かして挟み込む様に連撃に参加した。
一瞬、しかし気の遠くなるような時間の中で二人は全力で連撃を刻み続ける。
そしてついに力尽きて二人はドサリと倒れ込んだ。
「グハッゲホッ! ヒューッ! ゼーッ! ゼーッ! ケハッ!」
呼吸を忘れて連撃を叩き込んでいた十三は思い出したように空気を吸い込んだ。
危うくこの魔素の海での命綱である真呼吸が解けそうになる。
横でコンももう動けないと言わんばかりに手足を投げ出している。
(グッ⋯⋯じ、従者は⋯⋯?)
少し離れた所でボロボロの黒い雑巾のような姿をした従者の成れの果てが横たわっていた。
(倒したか⋯⋯のか?)
従者は動かない、威圧感も消えている。
(勝っ⋯⋯た)
「コン⋯⋯やったな⋯⋯ハハッ」
コンは横で小さく親指を上げる。
威圧感が消え動けるようになった月穂が翠葉を肩に乗せたまま走ってきた。
「十三! コンちゃん! 大丈夫!?」
「あ⋯⋯あぁ大丈夫、力を使い果たしただけだ」
「良かった」
「結果ほぼ無傷で勝てたの⋯⋯奇跡だよな⋯⋯もう動けない」
「しっかり休んでいこうね、食料になりそうな物何か探してこないと。
二人はゴロンとしててね、翠葉ちゃん二人の事見ててあげ」
と聞こえた所で声か止まり、十三の顔は温かいものに包まれた。
「うわっ! 何だ? お湯!?」
と、力尽きた手を何とか動かして顔を触る。
手には温かいものがベタリと着いた。
「何だこれ? ベタベタし⋯⋯」
それはお湯ではなく、鉄の匂いがした。
(血だ⋯⋯誰の⋯⋯?)
ふと見ると月穂の脇腹から黒い手が生えており、そこから血が流れていた。
(え?)
思考がまとまらない、手と血と月穂が頭の中で結びつかない。
(血って本当に鉄の匂いだな⋯⋯)
などと他人事のように今考えなくても良い事が頭の中をグルグル回る。
「カハッ⋯⋯」
口からも吐血した月穂はゆっくりと倒れ込んだ。
それを見てようやく頭が回り始めた。
「従者! まだ生きてたのか!? 冗談だろ! 月穂大丈夫か!? 月穂!」
声が帰って来ない、その反応を見て身体を動かそうとするが夢の中でもがいているみたいに言う事を聞かない。
「月穂! 月穂! ダメだ目を開けるんだ!」
事態をイレギュラーと見たウンディーネのアクアはカーバンクルの柘榴の空間魔法から抜け出し、すでに治癒魔法の準備に入っていた。
柘榴の姿はまだ見えない。
治療はアクアに任せて翠葉はコンの元へと走り出した。
「頼むぞ! つなぎ止めろ!
従者はどこだ!? トドメを!」
先程の連撃で身体がもうまともに稼働しない、しかし、心が闘うことをやめない。
(クソッ動け!! 四肢がもげても構わない!!
アイツは魂をかけてでも⋯⋯倒す!!!)
極限まで高まった闘う意思、闘志が臨界を超えた。
十三の身体からブワッ! とオレンジのオーラが溢れだした。
闘気だ。
横で力を使い果たして倒れていたコンが目を見開く。
この土壇場で十三が闘気を獲得したこともそうだがその様相に驚いた。
通常はオレンジ色のオーラ、その魔闘気の色が黒みを帯びてきている。
そう、あの狼が神の従者に成り代わった時のように。
十三は地面に横たわったまま闘気を放ち続ける、そして狼がやったように足に魔闘気を集めて固定し立ち上がった。
「グッ⋯⋯グ⋯ァ⋯」
突然獲得した闘気をコントロールせず怒りに任せていきなり全開で魔素と融合させ放出した結果、
⋯⋯暴走
大気が歪むような威圧感を放ち始めた。
もはやオーラの半分が黒く染まってしまっている。
横で力尽きているコンも、治癒魔法に専念しているアクアも見ているだけしかできない。
徐々に残りのオーラが黒く新色されていき、とうとう黒一色に飲み込まれた。
キィン
空気を割いたような音が響くと十三の頭上に黒い輪が現れた、と同時にズン! とまるで重力のように周囲の物質を押さえつける。
コンはすぐにでも十三に体当たりして止めたいが全く動けない。
翠葉はギリギリでコンの元に辿り着くと重圧に耐えながら詠唱を始めた、アクアほどではないが少し治癒魔法は使えるらしい。
黒いオーラを纏った十三が静かに目を開けた。
その瞳は赤黒い中に銀色の粒子が流れており、瞳孔は縦長に金色の形をしている。
まるでバンパイアのような瞳だ。
ブワリと十三を中心に黒いオーラが渦巻いて周囲の空気を押しのけるようにかき消える。
「⋯⋯」
ゆっくりと周りを見渡す。
「⋯⋯ク⋯⋯クハ⋯⋯
クハハハハハアハハハハハハハ!」
十三は手を頭に当てて笑いだした。
「ずっと夢か何かだと思って見てた訳わかんねえガキの生活、本物だったのかよ! ハハハハハハハ!」
声を発し笑う度に、地が割れそうな程の威圧感が巻き散らされる。
まだ近くにいるコンと翠葉には気付いていない。
「あー、そういやさっきまで遊んでた犬っころがいた気がしたがどこだ?」
周りを見渡すが姿が見えない。
その代わりに、コン、翠葉、そして少し遠巻きに倒れている月穂とアクアの姿が視界に入る。
「あーそうか、犬と遊んでたら女がやられてブチ切れてガキが堕ちたんだったな。
木っ端神のペットごときに遊ばれるなんて情けねえガキだなオイ」
その時、従者が地面を捻じ曲げ、『冥界の誘い手』と共に堕ちた十三へと強襲をかけた。
「あ?」
十三は意にも解さずオーラだけで従者を弾いた。
「遊び足りねえのか犬っころ?
いいぜ、気分が良いから少しだけ特別に遊んでやる、ジャレついてこい」
従者は三本の『冥界の誘い手』を三方向から放つ。
しかしそれは届かずにオーラに阻まれる。
「んな気色悪い手と遊ぶ気はねーよ」
スッ⋯⋯と人差し指を横に動かすと三本の手はズタズタに切り裂かれて地に落ちた。
「お前犬のくせにジャレ方も分かんねーのか? じゃあ小屋やるからそこで大人しくしてろ」
頭の上にある輪が回転を始めると指をパチンと鳴らした。
刹那、従者の上下左右の六面に魔法陣が現れる。
「閉じ込めろ⋯⋯《檻刺》」
その魔法陣が黒い壁と化し従者を閉じ込め、その内面から無数の棘が伸びて突き刺さる。
「ん? あれは⋯⋯あー、ガキの女か」
アクアの治癒魔法を受けている月穂に気付いた。
それと同時に少し回復したコンが十三と月穂間に立ちはだかった。
「なんだコイツ? あー、ガキ共についてた魔物か。
なんだ護る気か? そんなに震えながら、クハハハハハ!」
コンは全開で魔闘気を放つ。
「フハハ、おもしれー、今は気分が良いからな、その気概は褒めてやるぞ野菜。
ほらよ、褒美だ」
指を弾いて小さなオーラを飛ばした。
コンは手で斜めに勢いを殺して後ろにいなした。
「お? ハハハハ、お前あの犬っころよりおもしれーな。
気に入った、もう少し遊んでやる」
コンはまだ震える身体ながら(よし、時間が稼げた)と内心ほくそ笑む。
「ほれ、ご褒美追加だ」
全指を高速で弾き連弾を浴びせる。
コンは体勢を入れ替え、両腕で円弧を描くように回しながら連弾をいなしていく。
「!? おい⋯⋯お前その動き、どこで覚えた?」
「⋯⋯」
連弾の威力とスピードに仕方なく使わざる追えなかった特殊な体術の動き、堕ちた十三に成り代わっている体の主には見覚えがあったようだ。
「あー喋れねえのか、魔物といえど野菜だもんなー」
コンは連弾を捌き続ける。
「野菜の魔物のくせに⋯⋯中身は別もんじゃねえかお前! 知ってるぞその技、体捌き!
お前○○○○だろ!」
コンは地面を踏み抜き轟音をたてて声を塞いだ。
「答えはイエスか、クククッ、何でお前そんな事になってんだ? 面白すぎるだろ、ギャハハハハ!」
そして連弾が止まった。
次のエピソードで黒い十三とコンの素性が明らかに!
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