魔素と闘気
狼達は司令塔からの強化魔法を受け、一足飛びで距離を詰めてきた。
(早い! 消耗がかなり激しくなるけど、狼達にブーストがかかっている五秒間は魔眼を使わないと追いきれない。
今度は左右からそれぞれ僅かにインパクトをずらした時間差攻撃か、全く嫌な事をしてくる)
体幹を極めた古武術を体得している十三はよっぽどの事態でない限りどのような体勢でも揺らがない。
先に攻撃が到達する右側に上半身を傾け
内気功を練り込んだ腕で受け、左側には足で受けるよう直ぐに傾いたまま蹴りを出す。
さっきは反応できていなかったのに、もう対応してきたことに狼達は驚いて直ぐに反動を使って離脱しようとする。
(今度はしっかり見えてるぞ)
コンも身体に纏ったオーラを放出し、左右から来る狼達の爪を回転していなした。
(コンの体術技巧、やっぱ凄えな⋯⋯)
その隙をついて翠葉が魔法で狼達の足を蔦で絡めとった。
「ギャウッ!?」
予想だにしていなかった足元への攻撃に狼達は完全に体勢を崩す。
その瞬間、月穂が魔法を放つ。
『星を包む母なる水よ集い穿て⋯⋯《水牙・散》』
四指の魔法陣からそれぞれ回転した水撃が放たれ、動きを封じられた狼達の頭をそれぞれ貫いた。
「ナイス月穂!」
それを見て驚いた様子の司令塔の狼は直ぐに冷静になり身体を震わせる。
それと同時に殺気と圧が膨れ上がった。
「なっ!? あれってコンと同じ⋯⋯!」
狼から途端に威圧感と共にオレンジ色の蒸気が吹き出す。
威圧感により狼の身体が一回り大きくなったような錯覚に陥る。
「このオレンジオーラの威圧感⋯⋯改めて敵対して受けると重いな」
「うぅ、自然と身体が萎縮しちゃう」
コンは横で平気なまま十三を見て、お前がやれ、と言うように腕を組んで十三を見てからクイッと狼を見やる。
「俺が倒せって? スパルタだなコン。
オレンジオーラ獲得の修行の一貫か? 言われなくても⋯⋯やってやるさ!」
魔素と内気功を練り合わせ赤黒いオーラを放出して狼に対峙する。
(さっきの手下の狼の攻撃で左腕は全力は出ない、多分奴もそこを狙ってくる)
狼はフゥーッと息を吐き出すと姿がブレた。
「!?」
瞬きもせず注視していたのに捉えきれなかった。
威圧感と殺気を頼りに位置を探り、魔眼を発現させる。
(やっぱり怪我した左か!)
目の端で捉えた姿にカウンターを合わせにいく。
顔面を捉えたと思った拳は狼を捉えずに空を切った。
「!?」
その瞬間、ザシュッ! と背中に衝撃が走る。
「グァッ!」
鋭い爪で背中を裂かれた。
(いつの間に⋯⋯!)
狼は攻撃の瞬間、オーラと殺気を抑えて足に風の魔法を纏わせていた。
只でさえ捉えるのがギリギリだったスピードが更に強化され、そして姿を見失った。
「十三!」
衝撃に押されながらも体幹を維持し、蹴りを放つがスルリと躱され距離を取られる。
「速すぎる上に気配抑えるのかよ⋯⋯
魔眼使っても追えなかった」
どっと冷や汗が流れてくる。
(コイツこの階層のボスか? これまでの階層の敵と違うぞ)
月穂は後方支援をするべく魔素を練り込もうとすると、コンが制止した。
「なんでコンちゃん!? 助けないと! 見てよあの十三の怪我!」
それでもコンは首を横に振る。
十三は距離をとられた瞬間に気を練り込み構えを取り直し、右足で地面をドン! と踏み抜く。
『久世古流 水鏡八卦』
地面を踏み抜いた足から蜘蛛の巣状に気を這わせ八卦陣を描く。
(目で負えないなら気で追うまで)
狼は首を傾げて陣を見るが意に介さないように足に風を纏い地面を蹴った。
十三は目を閉じた、視覚に惑わされないようにする為だ。
狼は地面に這う陣を見てそこに踏み込まないよう、空中からの攻撃を仕掛けた。
獲物は動いていない、殺れる。
そう狼は確信して十三の左側の上からコンと同じように空中をオレンジオーラで蹴り、さらに加速して食いかかる。
ゆらり
と十三が揺れ、時が止まったかのように十三の掌底が上から飛びかかってきた狼の顎に触る。
ズドン!
軽く触れただけのような掌底から脳を揺さぶる衝撃が地属性の砂の粒子を纏って外気功と共に叩き込まれた。
「仕留めたと思ったか?
水鏡八卦は地から円柱状に範囲を持つ感知と八卦独特の動きからなるカウンターだ、流れるような古流八卦の動きはまるで時間が止まったようだったろ?」
狼は防御もままならずカウンターで顎を砕かれ、脳に衝撃を受けて倒れ込んだ。
それでも目は闘志を失っていない。
「顎から脳にまで気を叩き込んだ、当分は動けもしないだろう。
お前が最初から後ろで構えずチームの一員として攻撃に参加していたら初撃で殺られてたよ」
狼は半分意識無く朦朧としながらも諦めずに本能的に闘志を高めていく。
ほぼ戦えない状態で狼はオレンジオーラを展開させた。
「なっ!? まだやる気か!? なんて闘志だ⋯⋯」
物理に作用するオレンジオーラの特性を活かしふらつく四肢に纏わせ足を支え立ち上がった。
生きる為、闘う為、ただ相手を倒す為
全てを屈服させる闘いの気を具現化させている。
資質ある者が開花させる闘気、それに魔素を融合させたもの。
『魔闘気』
それを扱う術を魔闘術、魔闘法等と呼ぶ。
コンが扱っているのが正にそれだ。
物理作用するオーラとその濃度により身体も強化され、自身より弱い者や闘気を持たない者に強者の威圧を与える。
だが、正しくコントロール出来ないと容易く暴走する修羅の術。
制御下に無く放出されるとその色は黒く暗く色づいていき、闘う事だけに意識を支配される壊れたバーサーカーと成り果てる
脳のリミッターは壊れ、肉体が壊れるまで限界突破した力を暴走させる。
内在する資質と魔素が高ければ魔人や魔神、獣王、獣神などと呼ばれるクラスのモンスターへと至る個体もある。
「十三! 何かのオーラが魔素と絡みあって凄く膨らんでる!」
「不屈の闘志⋯⋯闘う気力、それが魔素と融合してるのか? それがあのオレンジオーラ?」
コンが後ろでパンパンと手を叩いて褒めている、解答は当たりのようだ。
「殺気とは異なる闘気が正体か。
気功術は基本、内部強化と内部破壊。
あの闘気は物理強化、作用といったところかな? それに威圧感も半端なく上がるよな」
「ねえ十三、あの狼⋯⋯オーラが黒っぽくなって体毛も黒くなっていってるよ」
「ほんとだ⋯⋯あの目、もう意識は無いと思うんだけど、威圧感がビリビリ上がっていってる」
「何だ? どうくるつもりだ?」
すでに狼の身体は漆黒に染まっていた。
さらに目の縁に金色のクマドリが現れ始めた。
「あの姿⋯⋯まるでエジプト神話の『アヌビス』」
「太古の神、道を開く者、死者をオシリスまで導く者、金狼犬⋯⋯」
大好きな考古学の世界が姿を目の前に表そうとしている。
金色に縁取られた瞳が冷たく黒く染まっていき、どんどん威圧が膨れ上がる。
その濃い存在感に膝が折れそうになる。
コンが二人の前に立ち、魔闘気を大きく放ち纏わせて威圧を軽減させた。
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