精霊亜種
十三はコンがギリギリ入るくらいの瓶にギュウギュウと容赦なく上から押し込んでいく。
コンが、ちょっと待って無理無理! と手足をバタバタさせる。
(お、ナイス演技だコン)
本人にそのつもりは全く無い。
横で月穂が、容赦ないなーと少し引いて見ている。
緑色のアクアの知り合いを詰め終えた小鬼二体は十三と月穂の方を向いてニヤリと笑った。
(こっち来るなよー、コミュニケーションとれないんだから)
内心ビクビクしていた十三を余所目に小鬼二体は、俺達の方が凄い獲物だろ? みたいに瓶をこちらに見せた。
(緑の⋯⋯女の子、精霊? アクアとちょっと似てる)
(あ、座学の本で見たことある! 確か植物の精霊種ドライアドだ!)
水、地、光や風等の基本属性の精霊種の活動結果から生まれる生命、そこに宿る樹木の精霊亜種ドライアド。
古き清き森に稀に生息するとされている希少種だ。
精霊種は内包する魔素が極めて高いものが多い、月穂ぎ見た本では中級以上から上級の魔物のカテゴリーに分けられていた。
その高度な存在が何故捕まっているのか?
(外傷は⋯⋯見えない、意識がないだけ? 眠ってる?)
見る限り命は奪われて無いようだ、月穂は少しホッとする。
十三はゲヒャゲヒャ笑って自慢の獲物を見せている小鬼二体へ、外の見張り達がやっていたように目を見開いて驚いたリアクションをした。
その反応に満足したのかドライアドの入った瓶を持ったまま出ていった。
「追うぞ、たぶんさっきの牢屋みたいなとこだろう」
「うん」
直ぐに後をつけて行くと、牢屋の所から二匹が出てきたところだった。
遅れて入れ違いに牢屋へ入りドライアドの入れられた小瓶を探す。
「どこだ!? 奥から探すから月穂は手前から頼む」
「分かった!」
順番に牢屋を覗いていき、真ん中で月穂と十三は鉢あった。
「!? いない!?」
「一体どこに!?」
「月穂! 魔瞳術!」
「うん!」
すぐに魔眼を発現し見回すと一番奥の壁に高濃度の魔素が見えた。
「たぶんあそこ!」
月穂はその箇所を指指すと十三が掛けていく。
「取っ手も何も無いぞ!? っくそ! 時間が無い! 壁を破壊する、離れて!」
十三は気を練り込み腰を落として息を吐く。
「久世古流八卦 破岩靠・輪」
両手の掌を壁に当て輪っかを作り、外気功を岩の表面に二回放つ。
一度目の衝撃の輪は遅く、二度目の衝撃の輪は早く。
その結果、手を中心とした外周で衝撃が重なり円状に壁を破壊した。
繊細な気功操作が生む局部破壊技だ。
壁が崩れ落ちると中に小瓶が見えた。
「よし! 奪還成功!」
「やった! 後は無事に外に出るだけだね」
「あぁ、急ごう」
牢屋を出て上り回廊を上がりきり、出口へと焦らずに向かう。
もうすぐ出口への回廊に入るという所で行く手を一体の小鬼に塞がれた。
何か喋ってくるが理解できない。
驚いて少し固まっていると、月穂が持ってきたコンを詰めたままの壺を指差した。
(なんで持ち出してるんだってことか!?
壺の中⋯⋯ウンディーネに見えているコンがいる!
後で服の中に入れて地上に戻るつもりだったのに、完全に焦ってミスった⋯⋯
ヤバイぞ⋯⋯下に置きに帰ってる時間なんてない、どうする? ここで戦うか?)
十三が思考を加速させようとしている時、月穂は小鬼の前に壺を突き出して蓋を開けた。
(えっ? 月穂?)
小鬼は壺の中を確認しようとのぞき込んだ。
中にいたのはウンディーネ、ではなく醜悪に蠢く大ムカデ。
小鬼はグギャ! と驚いて飛び退き尻もちをついた。
月穂はそのまま出口を指差した。
とんでもない物を見つけたから捨てに行くんだ、と言うように。
(ナイス月穂!)
小鬼は、何てもの持ってるんだお前! 早く捨ててこい! とでも言うように出口を指差して逃げていった。
(ふぅー⋯⋯良かったー、魔法間に合わせるのギリギリだったよ)
実はその時、月穂は小声で魔法を唱えていた。
魔法陣はバレないよう服の中のお腹のところで展開して魔法を発動。
コンにかかっている幻術をウンディーネからムカデに変えたのだ。
二人は目を合わせて頷き出口を目指す。
外に立っている見張りにも同じように壺を捨てる為にと中身を見せる。
見張り達もグキャ! と驚いて森の中を指す、早く捨ててこいと。
そのまま二人は森の奥へと歩き始めた。
暫く離れるまで歩くと小声で叫んだ。
「「やったー!」」
そして大きく深呼吸して肩の力を少し抜いく。
月穂の機転と幻術で無血救出を成した。
即席の作戦とはいえ良く達成できたものだ、と二人とも安堵の息を漏らす。
少し落ちつけそうな落木があったのでそこで一度腰を下ろすことにした。
十三はドライアドの入った小瓶を地面に置いて蓋を開ける。
それと同時にアクアが姿を現した。
「無事に助け出せたよ、アクアちゃん」
アクアは小瓶の前まで行ってボロボロと涙を零し、瓶にしがみついた。
「待って、すぐ蓋を開けるから」
月穂が蓋を開けるとアクアはポコポコと音を鳴らしながら魔法陣を指に展開し、指先から水の雫をドライアドに垂らした。
「うわっ! 凄い濃度!」
「え?」
月穂はアクアが魔法を展開しようとした瞬間に魔瞳術を発現させていた。
精霊が使う魔法に興味があったからだ。
「魔瞳術で見てたんだけど、あの雫に込められた魔力の濃度があり得ないくらい濃いんだよ。
今の私が数日感ずっと魔力を溜め込んでもまるで届かない。
そんな濃度の魔力を指先に一瞬で⋯⋯」
「アクア⋯⋯あんな小さいのに凄いんだな、柘榴もそうなのかな?」
「うん、たぶん」
「あ、ドライアドが薄く光ってる」
「魔法陣の一部しか解読できなかったけど上位の治癒魔法系だと思う。
あれだけの魔力で治癒かかったら蘇生すらできるんじゃないかと思っちゃうよ」
「いくら何でも流石に蘇生の魔法は無いだろ? ⋯⋯え? ⋯⋯あるの?」
「本で見た限りでは無かったよ、死体を操る屍霊術みたいなのはあるみたいだけど」
「え? グールとかゾンビみたいなの?」
「心が受け付けなかったからあまり詳しくは見てないけど、たぶんね」
「屍霊、ゾンビ⋯⋯見たくもないし戦いたくもない」
アクアの魔法で光るドライアドを見ていると、少し黒くくすんでいた全身が鮮やかで優しい緑色に変わってゆく。
頭に生えている葉っぱがみるみる元気に起き上がってきた。
光が収まり始めると同時にドライアドは薄く目を開けた。
状況が理解出来ないのだろう、十三達を見て首をかしげゆっくりと周りを見てコンに気付きさらに首をかしげる。
そしてアクアに視線が辿り着いたと同時にパァッと笑顔が溢れ、飛びついて抱きしめた。
アクアが背中をポンポンと叩いて、抱きしめ返し、ポコポコと喉を鳴らす。
もう大丈夫だよ、とでも言っているのだろう。
そしてお互いに額をくっつけてアクアは魔法陣を二人の額の間に構築した。
目を閉じると二人の頭がポワッと光る。
「何の魔法だろ? 全く解読出来ない」
魔法陣と光が消え二人は顔を離す。
コクリとドライアドは頷いて十三と月穂、コンの方に向き直すとペコリと頭を下げた。
つられて三人もペコリと頭を下げる。
「何だろ? 言葉通じないからさっきの二人の魔法やり取りが分からないけど、どういたしまして、でいいのかな?」
アクアは月穂に近づいて駆け上り、肩に乗ってこめかみに額をくっつけて魔法陣を展開させた。
するとアクア視点でのさっきの奪還作戦の映像が流れてきた。
「うわ、アクアちゃんから記憶映像が流れてくる! 凄い!」
「そうか、じゃあ何があったか全てドライアドは見たんだな」
コクコクとドライアドは頷きニコリと笑ってもう一度ペコリと頭を下げた。
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