フフフタイム
ブゥーンと扇風機が弱で優しく首を振りながら近くにいる十和呼と美沙を撫でている。
「あー、十和呼さんの作った抹茶柚子蜂蜜山葵アイス美味しー⋯⋯ダメ人間になるー」
「良いでしょー、これ。
苦味、甘味、酸味、辛味が絶妙にマッチするのよ。発見した時は皆が夢中になり過ぎてお義父さんから禁止令が出たほどよ」
「だから隠してたんですね、秘密の軒下の冷凍庫に」
「フフフ、内緒よ」
「もちろんです、フフフ」
今日は正源が野暮用ついでに三姉妹を連れて街に買い物に出ている。ダンジョンの緊急時対応は十和呼と美沙がその間担う。
家に二人だけのこの瞬間を狙ってとんでもスイーツ大人のフフフタイムを満喫しているのだ。
「あの子達、そろそろ一日目の野宿に入る頃かしらね?」
「時間的にそろそろですよね、早朝から潜って、神経と体を削る戦闘で疲れきって魔力も心許ない時間帯に入ってるはずですし」
「今のこのダンジョン、どんな形態と仕様になってるのかしらね?」
「私の時は魔法主体で攻撃してくる花や葉野菜とか果物、スライムや狐や猫でしたよ」
「美沙さん可愛いとこ取りじゃない⋯⋯ズルイ」
「十和呼さんはどうだったんですか?」
「私の時はイモ軍団、じゃがいもやら里芋やらサツマイモ。後はスライム、水の馬、半魚人。
オークとアンデッド、浮いてる目玉とかだったわ」
「⋯⋯目玉?」
「思い出したくもないくらい厄介な奴だったわ⋯⋯」
少し遠くを見ながら目の光が少し消えかけている。
「十和呼さん帰ってきて! 思い出さなくていいです! 聞いてゴメンなさーい!」
二人とも過去にソロで探索をクリアしている。
女性一人で命のやり取りが行われる過酷な修羅の世界へ飛び込んだその時の気持ちは、いったいどんなものだったのだろう?
「あら、ごめんなさい。トラウマものの経験だったので思い出すといつも遠い世界へ行ってしまいがちで⋯⋯」
「良かった、戻ってきた⋯⋯」
「そうそう、あの子達のダンジョンの事だったわよね。
過去にも複数人で探索はあったらしいけど、複雑さや敵の強さ、複数戦闘とか複数魔法持ちのモンスター、色々と難易度は一人探索よりも上がるらしいわ」
「何が、何で、誰が、そしてどうやって⋯⋯? 探索者毎にダンジョンの内容が変わるんでしょうね?」
「それについてはいくつか仮説はあるけど⋯⋯
● 魔石と魔法による古代の育成プログラム、鍛錬施設。
● 異世界と繋がっている異次元廻廊
● 古代のモンスター生成工場
● 魔素と魔物の封印地
● もしくはそれらのいくつかか全部
かな」
「どれをとっても平和そうなのはないですね⋯⋯」
自動的に成されているのか、誰かがその都度管理し編成しているのか⋯⋯
唯一分かっているのは遥か古代から祠として受け継がれ、試練、鍛錬に使用されているということ。
魔素を放出し、モンスターが蔓延る異常地帯。
それを一族管理で子孫に受け継がれていくのは余りにも危険すぎる。
紫暮や正源が所属する協会〈夢紬〉、そして国やそれ以上が拮抗を保つために統括関与しているのは間違いない。
外に魔素が漏れだせばダンジョン以外でモンスターが生まれ、魔法を使える人々が現れるとされている。
それが善人だろうが悪人だろうが、一人で街を滅ぼせる力を持つ人間が普通に生活し、うろうろと国を越えて活動できる。
呼吸法も魔法知識も持たない人々がいきなり適応できるはずもないが、人々の中には一族からの討伐を逃れて隠れている暴走者がいる。
その者達が外で魔法や能力を開放されたら? 世界に何が起こるかは結果は一目瞭然だろう。
魔素と魔法の鍛錬を目的に使用されている祠がそのような者たちの手に落ちれば、一夜にして暴走者に追従する人間の鍛錬施設の出来上がり。
一般人には手も足も出ない脅威の力を持った集団が量産されてしまう。
各国にも勿論、そういった事態に対応出来るよう、魔素や魔法を会得している極秘組織はあるが、世界で同時多発的に事が起これば一日の長があるとはいえ、被害無く鎮圧出来るかは難しいだろう。
今まで心無い者や欲深き者達により幾度も有事はあったがいずれも討伐、鎮圧されてきた。
様々な古代史に残る伝説や神々の戦争、他にも中世の魔女狩りや、日本だと魑魅魍魎の闊歩する陰陽師の時代、鬼退治、九十九神。さらにはツングースカ大爆発、数え切れない神隠し⋯⋯
人災だけでなく自然に漏れでた魔素による災害も多数含まれる。
「そうね、戦いの歴史が物語ってるけれど、誰のどういう意図が祠にあるにせよ、何があっても対応出来るよう私達一族が一番側で自身を鍛え上げて、正しく受け継いでいかないといけないのよ」
「歴史が重たいですね本当に」
「えぇ、それを今あの子達が挑み、受け継ごうとしている。
今頃、傷ついて倒れているかもしれないし助けを求めているかもしれない。
でも信じて待つしかないわ」
「⋯⋯」
「心配してもそれが助けにはならないわ。アイス溶ける前に食べちゃいましょう、フフフ」
「そうですね、フフフ」
子供達の身を案じながらもフフフタイムを継続して楽しむ貴婦人二人。
後で片付けミスから秘密の冷凍庫が三姉妹にバレて全品没収となったのはその一時間後だった。
† † † † † † † † † †
「ぐぬぬぬ⋯⋯」
月穂は目にあらん限りの力を込めて魔素を流している。
自身に宿っているであろう魔瞳術を開眼させる為だ。
「ん⋯⋯グッ⋯⋯プハーッ! ダメだー!」
色々と試してみているようだが上手くいってないらしい。
(魔素がキッカケじゃないのかな? だとしたら何だろ?
魔法陣とか詠唱とかないみたいだから魔法とは違うものなんだろうけど⋯⋯
んー、さっぱり分からないや。
とりあえず私に今出来る事をやっておこう)
出来ないものに限られた時間を割くより、気持ちを切り替えていま自分が持っているもの、伸ばせるものを優先していこうと決めた。
(やっぱり二重属性系の魔法だよね、難しいんだよねほんとに。
右で縦に漢字を書きながら、左で同時に英語の翻訳を書いて、その内容を歌にして歌いながら計算式を解くみたいな⋯⋯
あー⋯⋯考えてるだけでおかしくなりそう。
ほんとよく治癒魔法(水+精)できるようになったな私⋯⋯)
中級と呼ばれる魔法は二つの属性を同時発動させ、新しい属性を生む二重複合魔法。
その難易度の高さは初級とは比べ物にならない。
会得出来ない者は一生キッカケさえ掴めない。
(私の得意属性の系統からだと二重複合の【幻(光+水)】魔法の取得かな。
でもその先の上級にある初級属性と二重複合属性を掛け合わせた多重複合魔法の【支援(創+精)】を会得する為に二重複合属性の【創】を目指すか⋯⋯
一つに集中しないと会得なんて夢のまた夢だから方向性ちゃんと決めないと)
ゲームなどでは最初から気軽に使われる支援魔法。
実際はその多岐にわたる緻密な効果と複雑さを必要とする想像力と創造力。
肉体と精神に効果を及ぼす精属性を掛け合わせて生み出す、上級魔法に位置している。
後衛の月穂には治癒に続いて必須の魔法である為、何としても会得したいところだがその難易度は中級魔法を遥かに凌駕する。
会得できるかもまだわからない上級魔法。
いずれそこを目指すために習得ステップは踏んでおかないといけないが、中級魔法を会得するには並大抵の努力と鍛錬では辿り着かない。
どれを優先するか⋯⋯悩みどころであるようだ。
「んー⋯⋯決めた! 相性が楽な【幻】じゃくて更なる上を目指していこう!
まず目指すは【創】属性!」
月穂の高い壁を超える為の鍛錬が始まる。