恐怖の階層
ボス部屋の奥の扉を開けると下に続く階段があった。誰が作ったのか分からない石の階段を降りていく。
十五メートルほど降りたところにまた扉があった。
ゆっくりと開けてみるとその先はゴツゴツとした岩場と所々に草が生い茂っている広めの通路が続いていた。
「結構デカイ岩場だな、さっきのところよりは隠れる所がかなりありそうだ」
「うん、これはちょっと有り難いね」
横を見るとコンが少し震えている。怯えているのだろうか?
「大丈夫? コンちゃん。ここになにかあるの?」
コンはスッと月穂のズボンを掴む。
やはり少し怯えているようだ。
「ヤバイ奴でもいるのかなここ?」
「かなり警戒したほうが良さそうだね」
十三と月穂の間にコンを挟んでゆっくり進んでいくと、暫くしてコンが止まってプルプルと震えだした。
直ぐに十三は気を練った。
(何だ? 何が来る!?)
前方から音が聞こえてきた。
カサカサカサカサ カサカサ⋯⋯
(この音、まさか⋯⋯)
月穂は横で青ざめてコンを抱えて震えている。音で何かを大体察したのだろう。
(ヤツだけは、ヤツだけは勘弁してくれよ! 頼む!)
音が近づいてきてついにその姿が岩場の影から見えた。
「キャァーッ!」
見えたその姿は三メートルほどの⋯⋯
ムカデだった。
「キモーッ! そして大量のGじゃなくて良かったー!
最悪の予想がハズレて嬉しいけど、これはこれでなかなかキツイな! ⋯⋯オエッ!」
頭が目の前の現実を理解できないのか、気持ち悪さに嘔吐く。
月穂とコンは完全に戦意を失っている。
(二人とも虫はアウトか。コンは植物、本能的に食われる恐怖からかな)
「月穂、コンと一緒に下がってろ! 俺がやる!」
ウルウルしながら十三を見つめる月穂とコンを尻目に、十三は気合を入れ直す為に拳同士をガツン! と合わせる。
それを合図にムカデが鎌首をもたげた。
「うっ! デカイ、それにあの腹側の気持ち悪さ⋯⋯」
ムカデは餌を見つけた嬉しさか、ガチャガチャと口と足をザワつかせた。
「イィヤァー!」
余りの気持ち悪さに月穂とコンは白目を向いて倒れた。
(完全に脱落か⋯⋯
一人でケリつけないと皆が餌になってしまう。
気合を入れろ十三!)
フッ! と息を吐き全力でムカデに向かい拳を突き出すが、動きとイメージに差が生じた。
(うおっ! なんだこれ、スピードが上がってる!?
ちょっ、インパクト合わせにくいぞ!)
自分の戦闘イメージと動きが合っていない。
十三の拳はムカデに当たるが全くダメージを与えていない、スピードだけで威力はほぼ無いようだ。
(ウサギから力を受けた影響か? 少しスピードアップしてたんだな。
有り難いけど身体の感覚に全く馴染んでない、今すぐ調整しないと)
ムカデは上から十三に噛み付こうと、もたげていた鎌首をムチのようにくねらせながら攻撃してきた。
(なんだこの動き!? くねりながら来るから動きが読めない!)
初めて見る生き物の動きに十三は初動が少し遅れた。
十三が避けた先に体節をぐるりと曲げて噛み付いてくる。
予想できない動きに避けきれず少し左腕にかすった。
(ぐっ⋯⋯危なっ! 各関節を使ってとんでもない動きをしてくるな。
左の二の腕に受けたかすり傷が熱い⋯⋯
まさか⋯⋯毒?)
バックステップをして距離をとり、左腕の服の袖を引きちぎって上腕にキツく縛りつける。
(くそ⋯⋯塗り薬は携帯してるけどリュックの中だ。
月穂とコンは戦線離脱してるし⋯⋯短期戦だな、即決めないとヤバイ)
十三は全力でムカデの周囲を縦横無尽に駆け回る。自分に備わったスピードの感覚を掴むためだ。
ムカデはそのスピードが見えているのか、我武者羅なのか頭をくねらせ食いつこうとしてくる。
その不規則なムカデの動きを見ながら動き続け、少しスピードに慣れた時、十三は気をさらに練り上げた。
そして地属性の初級、《地装》を拳に発動させムカデの硬そうな外殻に対応させようとしたが、うまくいかない。
まだ極限の実践で使用できるほど熟練されていないせいで制御出来ない。
(チッ⋯⋯まだ実戦では無理か、ならせめて⋯⋯)
十三は魔法を発動させるのでは無く、地属性イメージの魔素を属性鍛錬の時にした指先に灯すようなイメージで拳に流した。
すると以前指に属性を灯した時のように、砂が形成される。
しかし、今回のは練り上げた気と混じり合い、赤黒い砂が薄く形成された。
(いける!)
ムカデが十三の位置をを捕らえ、顎を開いてこちらに突っ込んできたのを見ると、ためらい無くムカデに一歩踏み込み、その脳天に外気功と共に拳を叩き込む。
バキバキ!
と分厚い木を割るような音が響き渡り、ムカデの頭部が凹んだ。
十三はそのまま二撃目を撃ち込もうと体制を保つ。ムカデはバタバタと蠢いていたが、少しすると動かなくなった。
それを見て十三は残心を解く。
「ふぅーっ⋯⋯」
左腕を見ると腫れと焼け付くような痛みで上手く動かない。
(塗り薬早く塗らないと⋯⋯)
ゴソゴソとリュックのポケットにある救急セットを取り出して強いステロイド軟膏を幹部に塗りつける。
(これで少しマシになれば⋯⋯)
周囲を警戒しつつムカデに近づいて欠片を探す。吹き飛んだ頭部の所にに光ってるのを見つけた。
拾った瞬間に力加減を間違えて割ってしまった。
薄い紫の煙が十三に吸収される。
すると腕の焼けるような痛みが少し和らいだ気がした。
「回復⋯⋯いや違うな。
まさか⋯⋯毒耐性? 可能性は無くもないか?
ウサギの煙でスピードが少し上がってるっぽいし、要検証だな。」
月穂とコンの方に向き直って起こしに行く。
「おーい、ムカデは倒したぞー、安心して起きろー」
ユサユサと揺らしながら同時に二人共起こす。
「あれ? おはよう。
⋯⋯おはよう? 何でこんなとこで寝てたの?」
「ここは祠のダンジョンで、月穂とコンは巨大ムカデ見て気を失ったんだ」
「巨大ムカデ? 何を言って⋯⋯」
どうやら思い出したようだ。顔から血の気が引いていく。
「イヤー! どこ!? 自分より大きい虫なんて悪夢とかのレベルじゃないよー!」
泣き叫ぶ月穂に驚いて飛び起きたコンは戦闘態勢に入っている。
(すげーなコン⋯⋯起きて秒で戦闘態勢維持とか)
「大丈夫、もう倒したよ。安心して二人共」
その言葉を聞いて二人は十三を見ると、左腕の服が破れて傷口に気づいた。
見るからに痛そうな裂傷が赤黒く腫れ上がっている。
「十三それ大丈夫!? 毒!?」
「あぁ、大丈夫、軟膏はもう塗ってる。
痛みも少しマシになったから」
「治すから腕出して!」
(治す?)
「中級の治癒魔法を覚えたんだよ、すぐに治療するから」
「中級って二つの属性を融合させる二重複合魔法ってやつ? 凄い!」
「色んな種類の魔法があったんだけど、何よりもまず回復手段がある事は最優先だと思ったから、後半の鍛錬は全てそこにつぎ込んだんだよ」
「流石だなー、頼りになる」
「そんなエヘヘ、頼りにしていいよ」
自身があるのだろう、謙遜などせずに笑いながら頼ってと言ってきた月穂は、早速魔法を発動させる。
『母なる水と浄化の光 癒しの奇跡を紡ぎ与えん⋯⋯《回天》』
患部にあてがった月穂の両手に、少し時間がかかったが二枚の色の異なる魔法陣が回転して現れ、頭上に光輪が現れる。
真名を唱えると十三の腕の患部が柔らかなシャボン玉のような物に包まれる。
「おぉ、少しヒンヤリ冷たく感じるのに同時に温かくて気持ちいい。
あ、あとちょっと痒いぞ、不思議な感覚だ」
「消毒、冷却、微弱麻酔効果、回復速度上昇、異物摘出が同時に行われてるんだよ。痒いのは細胞が回復再生されてる影響かな?」
「そんな事が同時にされてるんだ、治癒魔法が初級じゃなくて中級に属してるのが良く分かったよ」
「解毒効果は無いの、だから解毒作用のある植物とかから得るしかないから探しながら探索続けよう」
(それにしても三メートルを超えるムカデ⋯⋯
この先、一体何がいるんだろう? 短い階層だとありがたいな⋯⋯)
この階層、今後の生態系がとんでもなく不安な月穂は、何時でも魔法を放てるよう常に最大の警戒で歩くことにした。
もし少しでも興味を持って貰えたならブックマークや星評価等頂ければ励みになります!