懐かしき見知らぬ他人
小一時間ほど寝ただけだがスッキリと目が覚めた。
起き上がると寝る前にチェックできなかった夢の相談に対する検索結果に目を通していくが目ぼしい情報はない。続いて書き込みをしていた掲示板を覗いてみる。
「あっ!」
1件レスがついている。
《はじめまして、同じような環境の人がいるとは思ってなくてビックリしました。
いきなりで怪しがられるのは覚悟の上ですが、相談出来る相手がどうしても欲しくて⋯⋯
オンラインでもかまいません、良かったら1度お話しできませんか?》
(おお、怪しさが無いとは言い切れないけど、こっちも怪しげな話をしてるしな⋯⋯
オンラインで話すだけならまぁ大丈夫か。
鍛錬始まるから村を出る時間も難しいだろうし、こんなド田舎に来させるなんて絶対出来ないしな)
暫く考えてレスを返す。
《いえ、こちらこそ是非お話ししたいです、チャットがいいですか? こちらはビデオチャットでもかまいません》
打ち込むとすぐに返事が返ってくる。
《ビデオチャットでも構いません、話の内容を真剣に聞きたいし、話したいのでお互い信用できるようできれば顔を合わせて話させて下さい。
今からでも大丈夫です、1回のみのコードをここに書き込むのですぐにアクセスして下さい》
《はい、すぐアクセスします!》
一瞬でレスが返ってくる。
(よほど嬉しかったのか? 切羽詰まってるのか? まぁ、こっちもまず話さない事には何も始まらないし進まない。何より同じ状況の人がいることがやっぱり嬉しい)
ビデオチャット用に別ウィンドウを開いて招待用のアクセスコードのリンクを掲示板に貼り付けると数秒後に着信音が鳴り響いた。
映像が繋がり互いに目が合う。
数秒、お互いに目が離せず挨拶するのも忘れていた。
(何だ!? 知ってる?
いや⋯⋯初対面だ、間違いなく会った事はない。なのに何だこの懐かしいような感覚は?
遠い⋯⋯血縁?)
どうやら相手も同じ感覚らしい、少し目を見開いて驚いた顔をして口に手を当てている。
感覚と考えが混じり合って落ち着くまでお互い少し時間がかかった。
「はじめまして.⋯⋯ですよね?」
第一声は優しく透き通るような声だった。
少し茶色いセミロングの髪、姫カットとでもいうのか、かぐや姫を連想させるような前髪とサイド。そこから少し尖った耳がのぞいている。少しタレ目の瞳は鮮やかな青色の瞳の縁が茶色に色取られている。鮮やかな桜色の薄い唇。ハーフ⋯⋯だろうか?
「あっ、ハイ! はじめましてで間違いないはず⋯⋯です」
「ですよね⋯⋯すいません、目が合った瞬間なんか懐かしいような感じがしてつい挨拶が遅れました」
「やっぱり! 俺もです! 会った事はないはずなのに懐かしいような感覚で我を忘れてました」
「!?」
お互い記憶を辿っているのだろう、また少し時間が流れる。
「やっぱり会ったことは無いですよね?」
「はい⋯⋯なさそうですね」
「じゃあまだ消えないこの感覚は何でしょう? 古い知人にでも会ったような⋯⋯」
「もしかしてこれも夢と関係あるのか?」
「っそう! 夢でしたよね! 夢の話!」
「実は今朝からちょっと怒涛の展開と情報量でまだ混乱気味なんですが、まず自己紹介しましょうか?
自分は久世十三、ド田舎の神社に住む18歳です」
「あっ、失礼しました! ビックリして自己紹介も忘れるなんて⋯⋯
私は宝生月穂です、今はインターナショナルスクールのある街で暮らしています。
うちも田舎のおばあちゃんのところは神社の神主です。あとオランダと日本のハーフで同じく18歳です」
「神社やっぱり夢が絡んでるのか」
「やっぱり? 何か知ってるんですか!?」
「あー、いや、知っているというか数時間前に知ったばかりなんですが⋯⋯
うーん、同じ境遇だとすると自分の口から伝えていいものじゃないような⋯⋯」
その時、ガチャ! バタン! とディスプレイ越しの映像から音が聞こえてきた。
「え? お母さん!?
ちょっと勝手に⋯⋯あぁスイマセン、久世さん!
え? なんで? ちょっと何するのお母さん!?」
慌てる月穂をよそに女性は横に座る。
「はじめまして。月穂の母、宝生美沙です」
「え、く 、久世十三と申します」
「あぁ、久世家のところの方なのね」
ペコリと頭を下げ優しく微笑んでくる月穂に似た美沙。十三はまたもあの月穂に感じた懐かしいような感覚に襲われる。
「この感覚、間違いないようね。盗み聞きするつもりは無かったのんですけど、部屋の外を通りがかった時に【夢が絡む】云々のところが聞こえたもので」
(ホッ⋯⋯言おうとしてなくて良かった)
「月穂、あなた頻繁に古代の世界のような場所での戦いや生活の夢を見ているのね?」
「あ⋯⋯うん」
「そう、じゃあ丁度良かったわね。十三君はもう知っているようだし。
月穂、あなたには私から話すわ」
そこから語られる内容はほぼ爺ちゃんのものと同じだが、地下と祠、古武術の話は無かった。
どうやら鍛錬、試練は限られたところだけかもしれない。
話を聞いた月穂は不安そうに尋ねる。
「この先、どうしたらいいの? いっぱい子孫を残して伝承を伝えていくだけの人生なの?」
「繰り返す歴史が現実にならなければそうね、愛する人と結婚し、婿に迎え、たくさんの子供達にに囲まれて幸せに過ごすのよ。普通の女の子として」
「何もなければ普通の生活のまま⋯⋯」
「十三君、貴方はどうするの? 久世家ならこれから試練があるんじゃない?」
「え!? 知ってるんですか祠の事!?」
「案外繋がってるのよこの一族界隈。私も訪れたことがあるわあなたのところの神社。正源さんのことも知っているわよ、色々とお世話になったんだから」
(あー、分かった。このド田舎村への謎の訪問者達はこれか)
「実は⋯⋯明日から1ヶ月後の祠探訪へ向けて鍛錬が始まるんです。祠へ辿り着く為の特殊な呼吸法を3日間維持する鍛錬です」
「そう、大変な試練になるわね。頑張って、応援してるわ」
聞いていた月穂が口を開く。
「私⋯⋯私も試練受けれる?」
「「!?」」
月穂の瞳には強い意思がこめられ、青と茶色のコントラストがさらに強く放たれる。月穂は十三に尋ねる。
「ついさっき話をしたばかりでこんなことお願いするのは失礼で変だと思うんですけど⋯⋯
祠への鍛錬と探訪、同行させてはもらえないでしょうか? ここまで知って先にまだ道があるのに知らずに生きていくなんてできません! お願いします!」
改めて問われたその目からも意思の強さを感じる。十三はチラリと美沙さんをみると彼女は少し驚いた表情から戻り、こちらを見て頷く。
「⋯⋯分かりました、爺ちゃんに聞いてみます」
「 あ、ありがとうございます!」
満面の笑みでお礼を言われるが、確約できるわけでもないので無理かもしれない旨だけ伝えておく。
「では、早ければ今日中に連絡出来るかもしれません。もしよければ携帯番号とSNSの連絡先を教えて下さい。分かり次第すぐに連絡します」
「ありがとうございます!」
「はい、ではまた後程」
パタリと三日月のロゴが付いたノートパソコンを閉じると階下にいる正源の下へと向かった。
「爺ちゃん、ちょっと話が⋯⋯実はさっき⋯⋯」
と先程の美沙と月穂との会話を話す。
まぁ無理だろう、似たような一族だとうとはいえ一応相伝、秘伝。
関係者といえど部外者が立ち入っていい場所ではないはずだ。あまり希望を持たずに話し終える。
「かまわんぞ、ただ呼吸法の3日維持ができないと結局は同行できんが」
(思ったより軽く返事がきたと思ったらそうか、呼吸法の壁⋯⋯素人が会得して超えられる壁じゃない。
失念してた、最初からすでに無理かもと言うことか)
「だよなー、一応そのまま伝えとくよ」
部屋へ戻るとすぐに携帯からビデオチャットをかけた。すぐに通話が繋がる
「はやっ! さっきですよオンライン切ったの! 数日は最低でも覚悟してたのに数分は予想外すぎます!」
「いやー、思いのほか爺ちゃんが軽くて。
『かまわんぞ、ただ呼吸法の3日維持ができないと同行はできんが』と」
「呼吸法ですか⋯⋯」
「自分は幼少の頃からやってるけど半日が限界です」
横にいた美沙が
「呼吸法って、月穂に教えてる美容と健康維持のヨガ呼吸よ」
「あー今もやってるよそれ、体のキレが違うもん。呼吸法をしてない方が少ないくらいずっとやってるよお母さん」
「十三さんに分かりやすいように止めてやり直してみましょうか? 月穂やってみて」
その瞬間⋯⋯
ヒュオッ!
っと低いのか高いのか分からない空気音が流れた。
「あれ? ヨガ? 真古吸ってヨガだったの?? ヨガってあんなシンドイものなの?
いや、それよりもさっき呼吸法してない方が少ないとか言ってなかったですか?」
「はい、こっちのほうが体調もエナジーも格段に良いし、美容にも良いのでずっとやってます」
「ずっと⋯⋯呼吸法って確かにエネルギー爆上がりしますけど、体に負担凄くないですか?」
「昔はそうでしたけど、無意識に1日維持できるようになった位からスッと呼吸が体に馴染んできて、負担は今ではほぼ無くなりました」
十三は携帯を落としそうになりながら手の平と膝をガクンッと地に付ける。ショックで立てなくなったのだ。
「幼少からの地獄の鍛錬は何だったんだ! 俺は今だに半日! チクショー!」
涙目になりながら〇〇太夫のように悔しさを絞り出した。
「あ、あの、すいません! なんか、えっと⋯⋯すいません」
美沙と月穂は十三がショックから立ち直るまで待っていてくれた。
「すいません、ちょっとショックで取り乱しました。お恥ずかしいところをお見せしてスイマセン、もう大丈夫です」
明らかにまだ立ち直れてはいないが十三は力を振り絞って謝罪した。と、同時に今後の動きを伝える。
「自分が月穂さんが呼吸法の3日維持の条件をクリアしている件を爺ちゃんに伝えてまた連絡します。では」
「待って下さい、その一月の鍛錬に付き合わせてもらえませんか? お願いばかりで申し訳ないのですがさっき母に神社に関して聞いてました。
十三さんの神社は道場もあるんですよね? 私にも鍛錬を、武術を教えてもらいたいんです!」
「⋯⋯分かりました、聞いてみますね」
なんだかこの一日ですごい展開になってきたな⋯⋯と通話を切った後しばらく呆けていた。