紡がれてきた物
小説大賞への応募を機にサブタイトルを変更しました。少しでも目に止まる方に興味を持って貰えれば嬉しいです。
祠の探索前夜、心と体を休め魔力を回復させておく為、地下の入り口でキャンプをすることになった。
別々のテントとはいえ二人きりで地下で寝ることになる。
「え?」
「え、じゃないわよ、何言ってるの? 最深部に辿り着くまで3日くらいはかかるって分かってたでしょ? まさか3日間徹夜で過ごすつもりだったの?」
「いや、そうじゃないけど⋯⋯」
「分かってはいましたけど、実際するとなると身構えちゃいますよね⋯⋯
あっ、いや! 十三さんがどうとかじゃなくて、説明しにくいんですけどあの⋯⋯」
「大丈夫よ、分かってるわ言いたいこと。ただ実際地下に入るとそんな余裕ないから気にしなくていいわ」
(あー、ヤバイ⋯⋯他のことに気が向いてて全く考えて無かった。とりあえず意識しないよう護る事のみに全力を使おう)
「今日は今から水や食料、寝袋、着替えは1回の替えのみ、下着は3枚まで。
救急キットやその他もろもろの荷物をバックパックに自分達で確認しながら詰めてね。余計なものは持たないように。
武器はアーミーナイフが二つよ、食事にもこのナイフを使ってね」
何の変哲もないグリップ付きの短刀を渡された。
(ナイフ1本か、サバイバルだなホント)
「野営や斥候、応急処置は簡単に教えるわ。地下に必要な基本の簡単なサバイバル知識はこの本を読んでね。先人達が作った初心者の手引きみたいな物よ。
じゃあ今日の晩御飯の資材はここに置いとくわね、とりあえず1回自分達で自炊しなさい。
明日からは干し肉と乾パン、塩と胡椒だけ。
探索に関する情報は無しよ、後は自分達で考えて切り開いて」
軽い感じでとんでもない事を探索前日に投下した十和呼は少し意地悪そうに笑っている。
「塩と胡椒!? 現地調達ってこと? 明日からの探索のイメージと難易度が爆上がりしたぞ⋯⋯」
「てすよね⋯⋯十三さん料理できますか?」
「普通よりは出来るほうだとは思ってますけど、サバイバルとなると⋯⋯」
「私も作れはしますが、現地調達⋯⋯」
二人とも言葉が最後まで続かない。
「とりあえず初心者の手引き本を熟読ですね今日は、分厚い本じゃなくて良かった⋯⋯」
今日の自炊用食材の横に置かれた薄めの遠足の栞みたいな本を見て少し安堵する二人。魔法座学のぶっとい本をイメージしていたから尚更だ。
「明日の朝八時に門を開けるために来るわ、部屋に帰って荷物をまとめたらここに降りてキャンプ開始よ。それまで体をちゃんと休めるのよ、じゃーねー」
くるりと翻して十和呼は地上へ消えていった。
「軽い、何なんだあの軽い感じは⋯⋯」
「明日からの不安感が良いのか悪いのか薄れますね⋯⋯」
「とりあえず、荷物をまとめに部屋にいくかな」
「そうですね、では後ほどここで」
二人も地上へ上がり準備を始める事にする。
その頃、正源は道場で瞑想に入っていた。
(探索自体は危険じゃが、キチンと鍛錬を積んだ者なら踏破できないものでは無い。
しかし、イレギュラー続きのあの二人、何が起こるか全く予想もつかん。最悪の事態を想定しておかんと対処できぬやもしれん。
最悪の展開⋯⋯二人共を手にかけねばならぬ未来も想定にいれておかねばならん⋯⋯そんな未来が来ぬよう今は祈る事しかできん、すまぬな子供達よ)
覚悟を決め、衰え錆びついた体のメンテナンスを始める。
気孔を開放し大気が歪み震える程の気を放つ。
「ここまで出力が落ちとるのか、歳は取りたくないもんじゃな」
そのまま最高速度を目指して型の演舞を夜遅くまで邪念を振り払うように繰り出しつづけた。
一方、荷物をまとめて地下に戻った二人は自炊後、一緒にサバイバル本をお互い確認しながら熟読する。
「こういう時はこうやって切り抜けるのか。なるほど、これは知識がないと思いもつかないな。先人の方々ありがとうございます!」
「ふふっ、ほんとそうですよね。私はキャンプ自体が初めてですし、分からない事だらけです」
「普通はそうですよ、これからの時間が異常なだけです」
「あ、そうだ、提案なんですけど」
パンと手を叩いて月穂切り出した。
これからお互いの背中を預けていくんですよね、だから気を使うのも気をまわすのも敬語もやめませんか?
緊急事態の際に邪魔になると思うんです。あ、後、敬称も」
「確かにいざの時にそんなの構ってられないか⋯⋯よし、分かった月穂さんの提案そのままいこう」
「敬称」
「⋯⋯分かったよ、ゆ、ゆ⋯⋯月穂」
「ふふっ、それで良し十三」
どうにも照れくさくなって苦笑いになる。十三は話題を変えようと話を続ける。
「地下が一体どうなっているのか、結局誰も教えてくれなかったな。やっぱり鍛錬、試練と言うからには自分で見てどうにかしろと言うことか。」
「未来に向けて武術と魔法を習得したと言う事、召喚獣という未知の魔物の存在があるという事、様々な危険がこの先待っているのは間違いない無さそうだね。
最悪の状況も想定しておかないと、いざその場面になったら思考も身体も動かなくなっちゃうかな」
「最悪の状況⋯⋯」
それが行動不能になる事なのか、生命を絶たれる事なのか。何にせよ非常事態の際の取り決めはしとかないとフリーズしてしまうのは間違いない。
「一人が動けなくなった場合、先に進むのか、戻るのか、一人を置いて助けを呼びに戻るのか。
もし一人が死んでしまった場合、その場に残して戻るのか、その場に残して先に進むのか、担いで戻るのか、担いで進むのか。
考えたくもない選択肢が発生するかもしれない」
月穂はコクリと頷く。
「俺は決めてある。何が起ころうと月穂を護る。
カッコつけて言うわけじゃ無い。でもこれはあくまで自分の理想と感情論。
現実に何があるか分からないけど、月穂が生き残る道が君を置いていく事にあるなら俺は君を置いていく。
月穂は少しでも自分が生き残る可能性があるなら俺は置いていってくれ」
「えっ!? なんで? しないよそんな事!」
「月穂、ここ最近判明した俺達の生きてる意味は何だった? 正直ショックだったけど夢を紡いで継承していく事だったよな?
そしてそれは【女系遺伝】で受け継がれる」
「た、確かにそうだけど!」
「じゃあ君は生きてDNAを紡いでいかないといけない。種としての重要度が俺とは遺伝子レベルで違うんだ。
勝手で酷い選択をしろと言ってるのは分かってる、でも何万年も紡いできたものを君で途切れさせちゃダメだ。
今まで何百世代も母親たちが護ってきたものを一時の感情で壊しちゃ絶対ダメだ」
「⋯⋯」
月穂は最悪、十三が最初に言ったように自分は相手を護り絶対に見捨てず、お互いが倒れるかもしれない道を選択すると思っていたが、十三は違った。
そのさらに先を見ていた。
頭では言われたことを納得できそうでも感情が納得しない。
先祖が時には命をかけて護ってきた系譜を、目の前の一人の命と釣り合わせるなと十三は言っている。
一個人の命の重さは一緒だが十三には次に繋げる糸が無い。人類的にどちらを残すかとなると必然的に月穂となる。
「十三の言ってる事は全体的に見たら必然の選択なんだと思う。私も逆の立場ならそうしてと十三に言うかもしれない。
私に気が狂うかもしれないトラウマを選べと言ってる事も分かる。
でもどうしても感情の部分で理解出来ないよ」
「俺だってそうだ、到底感情で理解と選択できるもんじゃない。
ただ、今は頭の片隅に置いといて欲しい。
このことを一度少しでも考え、悩んだ事でその場面に陥った時に完全にフリーズする事はないように」
「凄いね⋯⋯十三、私にはそんな事考えても無かったよ。
でもね、やっぱり私はあなたを見捨てない、死なせはしないわ、その選択肢は発生させない。甘い理想論かもしれないけど私は諦めない」
「あぁ、今はそれで良い」
月穂はスッと立ち上がった十三を見上げる。その背中は前よりも少し大きく見えた。
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