三人の老人と幻の和菓子
十和呼からの二人の朗報を耳にした正源は直ぐに村へ帰ることにした。
この数日間村を離れていたのは、イレギュラーの報告と、今後の対応の件で紫暮のいる京都へ、そして伏見稲荷まで来なければならなかった為だ。
先日電話をした際に協会【夢紬 ユメツグミ】の上層部への直接報告と監視監督役を自身が務める旨の打診、伏見の一族の跡取りとの手合わせの約束も以前からあり滞在が必要になったのだ。
正源は伏見稲荷神社の遥か地下にいた。
そこには古代語の書かれた台座に青白く輝く大きな石が鎮座しており、その周りを同じく古代語が刻まれた石柱がぐるりと囲んでいる。
その石と柱の間の空間に三人の老人が文字通り浮いている。
「久しいわね、正源」
「何年ぶりじゃい顔も出さんと」
「先日の電話ぶりやね、正源」
「孫がかわいくてのー、ついつい毎日稽古に励んでしもうてな」
「かわいかったら稽古?不憫な孫じゃなおい」
阿蘇の祠の一族その当主。目つきは鋭く背丈は低い、顔は立派な髭で覆われている。ドワーフを連想させるようなガタイのいい老人、五十嵐 空斎は正源の孫に少し同情する。
「あらまぁ、かわいかったら優しくしてあげなさいな正源」
白髪を丸く頭の上でまとめているニコニコとした愛らしいおばあちゃん。
北海道は摩周湖にある神の子池の祠の一族の当主、藤堂 雪。
紫暮を含めいくつかある内の三つの祠の一族の当主が来ていた。
「他は来んのか?」
「予定が合わんから事後報告でええよて」
「軽いのー⋯⋯」
「信頼されてるのよ」
「どうだかの、老獪なジジババの集まりじゃからな、そんなことより報告始めるぞ」
「久しぶりだというのに忙しない奴じゃな」
「孫達が待っとるんじゃ、さっさと済ませて帰るわい」
正源は主導権を握る為にも有無を言わさずに始めることにする。
「紫暮を通じてある程度は聞いておるじゃろうが、我が孫、十三と宝生家の娘の月穂、この二名に継承の歴史に残る偉人達と同じと思われる事情が現れた。うちの十石の祠の探索の為の鍛練中にじゃ。
十三は魔素を取り込み循環したと同時に、赤黒い髪と赤い目の魔眼、そして赤黒いオーラを纏った。
月穂は同じく魔素を取り込み銀髪碧眼の魔眼、銀色のオーラと頭上に光輪」
「魔眼に光輪? その娘⋯⋯人か?」
「優しく聡明な人の女の子じゃよ」
「我らの夢に出てくる光輪を持つもの⋯⋯天使。
天に使える者、もしくは天を⋯⋯使役する者」
「わからん、ただ魔法適正が恐ろしく高い。基礎を始めたばかりじゃが、すでに中級レベル以上の魔力と魔力量に加え、多くの属性適正。さすがに重複属性にはまだ手こずっておるが時間の問題じゃろう」
「基本を始めてもう重複!?ちょっと習得速度がおかしすぎひん?」
「異常じゃよ、イレギュラーという言葉で終わらせてはいけない事案じゃ」
「⋯⋯野放しにはできんな」
当然の如く空斎が危険視し始めた。
「儂らはすでに従魔二体をイレギュラー対応の為の監視につけておる。
うちの十和呼さんのカーバンクル・ガーネットと宝生美沙の精霊種ウンディーネをな」
「魔石の申し子、希少種、カーバンクル原種の一体ガーネットと、4大属性精霊種のウンディーネ。申し分ない二体じゃが⋯⋯大丈夫か?」
「貸与契約と絆の構築はこれ以上なく上手くいっとるよ、いざの時はウンディーネの防御、治癒等の上級魔法。それに加えてカーバンクルの能力もあるしの。鍛錬には同行のみで手助けは御法度、イレギュラーのみの対応じゃ。
カーバンクルはイレギュラー発生時の魔導映像の撮影も兼ねておる」
「なるほど、抜かりは無い⋯⋯か」
十三と月穂が借りている従魔、どうやらとんでもない代物のようだ。
「そこまで報告前に済ませてるって事は、手出し無用ってことでええんよね」
「話が早くて助かるわい」
「何かあった場合の責任も対応も全てそっちでってことでええんよね」
紫暮が冷たくも憐れむような目で正源を見る。
正源は言葉には出さず小さく頷いた。
そう、責任と対応とは【暴走者】の処分が含まれる⋯⋯
それを見た三人も小さく頷く。
「なら何も言わないわ、あなた達一族に溢れんばかりの幸運があらんことを」
雪が目をつむり優しく祈った。
その後、伏見稲荷を後にして正源は早急にヘリで戻る。そして途中、機内でふと気付いた。
「あ、紫暮んとこの孫の手合わせの約束忘れとった⋯⋯」
この後、正源は長い人生の中でも指折りの恐怖体験をすることになる。
紫暮の孫から物凄い数と種類の式神による怒りの手紙が、バサバサと空を飛ぶヘリに届くことになるとはその時つゆ程も思っていなかった。
「爺ちゃんなんでそんなボロボロに疲れきってるの?」
と帰るなり問われ式神への対応に疲れ果てていた正源は風呂に入り、1時間後に二人に伝えたとおり客間に向かう。十三と月穂は既に客間に座っていた。
「もう来ておったか、茶を十和呼さんにお願いしておるから貰ってきた茶菓子を一緒に頂きなさい」
十三が置かれた紙の包みをガサガサと開けると京都で今人気の茶菓子
【天使の和菓子 柚子抹茶味】
がそこにはあった。
それを見た月穂が声をあげる。
「あ⋯⋯あ、あー!ま、まさかコレ!!もはや伝説になりつつある和菓子!
【天使の輪(和)菓子】!? その中でも人気の柚子抹茶味!!
長蛇の列に朝から並んで店頭数量限定販売でしか買えないやつだよ!!」
どうやらトンデモナイ代物らしい。
「そうなんか? 帰り際に投げるようにもらったんじゃが」
「投げっ!?」
「ふーん、これそんな凄いんだ」
十三は気になってじっと観察してみる。
輪っかが二つ連なっていて、中の小さい輪っかは平べったい抹茶のクッキーのようだ、外側にあるもう一つの輪に向かって魔法陣のように幾何学模様を描いたような形をしている。
外側の輪はフワフワプルプルしたドーナツの様な輪で少し平べったくなっている。高級な抹茶を使用したと思わせる濃厚な深緑の輪には、こちらにも不思議な幾何学模様がデザインとして描かれている。
何の材料か不明だが少し発光しているように見える。
和菓子としては斬新なデザインと味、数限定の希少性でとんでもない人気になっているらしい。
「十三さん皆を呼んできて! 緊急事態だよ!」
「え? う、うん、分かった!」
五分後、三姉妹を含め続々と集まった。
「なになに? 何が始まるの?」
何も聞かされずとりあえず集まったらしい。
「皆、落ち着いて聞いて欲しいの」
月穂が真剣な眼差しで一息ついてと促す。
「先程、正源さんが頂いてきたお茶菓子、実は今京都で大人気スイーツ⋯⋯
【天使の輪菓子】幻の味、柚子抹茶味なんです!」
「な!? ホントに月穂さん!?」
「ち、ち、ちょっと待って! 開ける前に写真とらせて!」
「うそー! すごーい! ちゃんと人数分あるの!? そこ大事だよ月穂おねーちゃん!」
「月穂! 包み紙開けただけ? まだ触ってない?」
「月穂さん! 流石、魔法天使! 愛してる! 一番良い小皿持ってくるわ!」
「はい! 空気すら動かさずに待ちます! ね、皆!」
「おー!!!!」
怒涛の勢いに男性陣は置いてけぼりだ。
小皿を持ってきた十和呼は卓に並べていく。
その後、取り分けを誰がするのかで議論がばじまり、開封される前に皆に知らせ状況を保った月穂が女性最年長の十和呼に勝った。男性陣は蚊帳の外だ。
その間、春菜はプロ顔負けの勢いで写真を撮りまくっている。
「これはバズる⋯⋯」
どうやらSNSに載せるらしい。
「さて、皆さん宜しいですか? これから取り分けさせていただきます。くれぐれも輪菓子様には号令がかかるまで手を出さないようにお願い致します」
いつの間にか神物の様な扱いになっている。
取り分けを始めた月穂に迷いはない。
さらに写真を撮りまくる春菜、
涎を隠すことなく垂らしている朱莉、
目を閉じて拝んでいる那波と母親二人、
冷ややかな目で状況を見る正源と十三、
一同の前にそれそれ茶菓子が並んだ。
「皆様お待たせしました。
もはや多くはもう申しません。号令と共にどうぞ輪菓子様を口へとお運び下さい
【頂きます】」
皆ゴクリと唾を飲み込み菓子切りで輪菓子を着る。
(うわ、周りサクッとしてるのにキレイにキレる、中柔らか!)
一口大に切ると口に運び一口で食べる。
「⋯⋯!? ウッマー!!」
十三は叫んだ。モグモグ、ゴクリ。
「何コレ!? 外はサクッとカリカリ感あるのと同時に溶けるよ!」
「抹茶の濃厚さ凄い!」
「さらに後から柚子がジワリと上がってくるよ!」
「中はしっとりフワフワ⋯⋯」
「何と抹茶を合わせればこんな味になるの? しかも低糖」
「涙が⋯⋯止まらない⋯」
「⋯⋯」
正源が昇天しかけている。
「ちょっ! 爺ちゃん!」
十三が正源の背中をバン!と叩く。
「グハッ! 何をするんじゃ十三! ゲホゲホ!」
と咳き込んでから二口目を口に入れる。
「⋯⋯」
(⋯⋯もういいや放っとこう)
二度目の昇天を見た十三はそっとしておく事にした。