魔法継承一族の責務
ドサッ! 目の前に分厚い二十冊ほどの本が渡される。
「魔法には様々な種類があるわ。
先人達がまとめている本があるから後で目を通して、隅々まで頭に入れるようにしてね。順番があるからそれはまた教えるわ」
意気込んだ矢先、高く積まれた壁にゴクリと唾を飲む月穂。
「分かったよ! 頑張る!」
すぐに気を取り直して意気込む彼女には恐らくそれは障壁と成り得ないだろう。時間が必要になってくるだけだ。
一番上の本を渡される、赤い基調に金と青の刺繍模様が織り込まれ、真ん中に円形の魔法陣が描かれ8種類の丸い宝珠のようなものが埋め込まれている。なんとも高そうな本だ。
開いた本の最初には古代文字が書かれておりそこには魔法の種類が書き出されていた。まだ確実には読めない月穂に翻訳して説明をしていく。
そこには要約するとこう書かれている。
《基本属性》
●地、水、火、風、光、闇、精、無
《複合魔法 (多重複合魔法、螺旋複合魔法、重束複合魔法 など)》
『二重複合魔法(基本属性二つ)』
●雷(風と水)
●氷(水と風)
●幻(光と水)
●創(精と無)
●重(地と無)
●影(光と闇)
●治癒(水と精)
●破壊(闇と無)
⋯⋯etc
『多重複合魔法(二重複合と基本属性の三種類混合)』
●時 (重と光)
⋯⋯etc
『螺旋複合魔法(多重複合と二重複合を二種類等、合計四種類以上の混合)』
●崩壊(時と重と破壊)
⋯⋯etc
他多数はさらに別冊
他にも組み合わせのある複合には数が多く多岐に別れる為、重複魔法別冊や螺旋複合別冊になるらしい。
例えば治癒関係だと複合魔法として基本属性の《治癒》魔法、そこにさらに複合属性の《創》が加わり二重複合魔法《再生》。
二重複合の《時》が加われば《持続回復》や《持続再生》、《闇》や《無》、《時》などがさらに加わる螺旋複合で《生組織崩壊》《再生阻害》、そしてさらに上で、多重複合魔法や行使は不可能と書かれている理論上の重束螺旋魔法《量子崩壊》などがあるらしい。
それを聞いた瞬間、ジワリと体の底からとてつもない不安と恐怖が湧いてきた。
どう言おうが、どう書こうが考えようが、魔法とは手を使わずに対象を破壊も再生もできる手段。
(生物に向ければ簡単に命を刈り取り、極めれば軍隊や国に対抗できるかもしれない恐ろしい能力⋯⋯)
その事に思考が達したであろう事を察した月穂を見た美沙と十和呼。
「理解したようね月穂さん。
そうよ、魔法とは滅びを産み滅びを終わらす、滅びの中で成長してきた技術。癒やしもするけど基本は対象を破壊する技術。
例え一族といえど適正に問題がありそうなら鍛錬も継承もさせない。
知識や記憶は魔法により消去、魔臓器の機能破壊、一族秘伝の契約魔法によりミトコンドリアとの継承契約もその時点でDNAから自動解約される。
正しく理解し、伝える事が何よりも大事なの。
今までにも魔法の力に魅せられ、魔素により暴走し、破壊衝動や犯罪行為に走った者たちは沢山いる。
あなたが魔法を会得後、今後はそれを抑制、捕縛、剥奪、そして抹消する必要になってくる可能性もある事は覚えておいて」
頭の良い月穂は、その話でほぼ全てを理解した。
月穂の目から涙が溢れる。
そう、暴走者がでれば家族に執行すると言う事だ。
「厳しすぎるものだけれど、夢で見る通り魔法は世界を滅ぼせる⋯⋯
あなたにはこの先の人生、一族の継承の責務を負い、愛するものと世界とを天秤にかけ、最愛の人や家族を消さなけれならなくなる未来への選択肢ができてしまったことを、その涙と一緒に覚えておいて。
通常、一族でも遠縁の者が魔素と魔法のレクチャーと鍛錬を行うの、もしもの際に家族に制裁を加えなくても良いように。 でも私達は皆あなたを信じているわ。だからこそ、直接教えるのよ」
震える月穂を美沙が抱きしめると堰を切ったように月穂が泣き叫ぶ。
「ごめんなさい! お母さん! そんな可能性があったのに私に魔法を教えようとしてくれて! そんな気持ちを押さえて優しく支えてくれて! うっ⋯⋯ぐ⋯⋯.うわーーん!!」
美沙の魔法を教える覚悟と気持ちを悟った月穂は、これまで味わったことのない恐怖と不安、尊敬と感謝を感じた。と同時に魂に誓う。
(何も破滅なんてさせない、私がお母さんを⋯⋯全てを護る。そう⋯⋯全てを)
暫く泣いて涙が出きったところでようやく美沙から離れる。
「お母さんありがとう。私はこの力を間違えない。これからは私が⋯⋯全てを護るわ」
スッと顔をあげた月穂の瞳の中に銀色の気体が流れる様な模様が流れている。
「月穂⋯⋯あなたその瞳」
「な⋯⋯に⋯⋯これ? 周りがなんだかハッキリしてる? 本がキラキラ光ってるよ」
すぐにその瞳の変化は消えた。
美沙と十和呼は目を見合わせるが状況は 二人にも分からない。
魔素の無いこの場所で魔法に関するものが発動することはまず無い。やはり先日からの髪の変化との関係だろうか?
十和呼は正源に報告に行くことにした。 とりあえずの危険は無いだろうと判断した美沙はゆっくりと座学を進める事にした。
(私がいるうちはあなたにその責は負わせないわ⋯⋯あなたは私が護る)
美沙は改めて決意と覚悟を固め、愛しい娘に破滅の技術を教えこんでいく⋯⋯
暫くすると正源が入ってきた。
「魔法への覚悟は出来たと聞いたが変わりないかな月穂さん?」
「はい! 大丈夫です! 魂に誓いました」
「宜しい。それにしてもこう毎日イレギュラーが起こると正直不安も残るが、実は儂は期待のほうが大きい。現代の大和の巫女となるやもな」
カッカッカッ! と楽しげに笑う正源に不安という毒を抜かれたような気分になり、フフッと月穂にも笑いが漏れてくる。
「月穂さんや、目はどうじゃ? 何か違和感はあるかの?」
「いえ、なんともありません。さっきは急に視界と見えてる範囲、解像度が上がった感覚でした。あ、後は本がキラキラ光ってました」
「本が?」
「今は何も光ってませんが確かにキラキラと光ってました」
「ふむ⋯⋯恐らくじゃがその本にも出てくる魔瞳術の一種じゃろう。様々な種類があると記述されておる。
例えば、魔素の可視化ができたり、物などの解析情報が得られたり、炎を発動させるものや、呪いをかけるものなど、多岐に渡る」
「呪い⋯⋯」
「左様、魔法を宿した瞳、魔瞳術と呼ばれておる代物じゃと推測する。何故発動したのかはわからんが、美沙さんは何も知らんのじゃろ?」
「えぇ、月穂が魔法の事実への不安から涙し、決意を固め、その後、瞳に変化が有りました、それ以外の要素は心当たりはありません」
「まぁ推測したところで何もわからんじゃろうて、髪の変色とともにまた様子見じゃな。
覚悟も心も正しく決まったようじゃし、そのまま座学を続けなさい」
現状確認と現状維持を伝えて正源は戻っていった。
三人は顔を見合わせて頷く、互いの決意は理解したようだ。そこから予定通りの座学を再開する。
「さてどこからだったかしら? あぁ、まだ属性の始めだったわね。
じゃあ基礎の属性はすぐに覚えてね。複合魔法以降は中級に入ってからだから頭の隅にでも置いといて。
続いて先に陣の初級をやるから2冊目の本を開いて」
同じように分厚い本を取る。本はもうキラキラしていない、瞳は完全に普通に戻ったようだ。
その本は片手では持てないくらい重く、重厚な青い基調の創りをしており、先程の本と同じように宝珠が埋め込まれている。月穂は静かに本を開いた。
そこには魔象形文字が並べられその意味が記されている。
炎をイメージさせる形、水をイメージさせる形、全く意味の分からないもの。それらがズラリと並んでいる。
「これらは漢字の様なものよ、アルファベットで《炎を操る》と幾文字も使って書くのと、象形文字で一字で描くのとでは見ての通り効率が全く違うわ。
そこでこの魔象形文字を使って陣を簡潔に描いていくのよ。じゃないと一つの簡単な陣が下手をしたら車位の大きさになってしまう」
「漢字か、覚えるのが大変そう⋯⋯ん? 漢字に似ていて、魔法はイメージ⋯⋯って事は」
「あら、鋭いわね、ご推察の通りよ。
文字とイメージが合致してれば漢字でも理論上可能よ」
「理論上? 誰もやってないの?」
「やってるわよ過去の人達も、でもその為にはどうしても先に古代文字を完全に理解しないといけないわよね」
「あっ⋯⋯そうだよね、そっちが完全に分かってたらする意味はあまりないかも」
「そういうこと、とくに外国語だと漢字の概念はないからまずやらない。
世界でほぼ日本語のみが魔象形文字に対応可能だけど二度手間といえば二度手間。
ニュアンスに納得のいかない象形文字や、イメージが日本語の方が強いものがあれば代用しても構わないわ。
要はイメージとの合致と効率よ」
「そうだったんだ、あの時は魔法って古代から継承してるのに詠唱は日本語なんだ? ってちょっとびっくりしてたんだ。これで合点がいったよ」
月穂は一つ謎がとけて胸のつっかえが少しスッキリした。
(さて、気合い入れて覚えるぞ!)
月穂のこの先の人生に続く、魔法研究の幕が開ける。