魔法と伝説の劇薬
「ヒュッ! ゼヒュッ! ガハッ! ゲホゲホ⋯⋯」
ガナハは激しく咳き込んだ。
「もう少し我慢せんか、スキルサポートがなければその数倍キツイんじゃぞ?」
「ゲホッ⋯⋯そうは言っても肺へのダメージは少量でもキツイぞ」
「強制的に呼吸困難になるの⋯⋯キツイよね⋯⋯」
「耐える他に方法などないぞ、ほれ続けんか。
ガナハ、お主は相手を惑わす渦をイメージしながら指先に魔素を集めろ。
ミストラル、お主は暗い闇をイメージして同じく指先に属性を灯せ」
「スパルタだー、もう一人ルーシェが居るみたいだよ」
「!?」
ガナハが目を見開いてミストラルを見る。
ルーシェの名が出たからだ。
「ルーシェだと!? まさかお前⋯⋯ルーシェちゃんと一緒にクエストしてた奴か!!」
「え? ルーシェの知り合い?」
「知り合いだと? 我が最終目的はルーシェちゃんの横に並び立つ事、その為に俺はスキルを獲得したのだ」
「ルーシェの⋯⋯ファン?」
「ルーシェちゃんを見守る会代表(自称)、鞭使いのガナハだ」
「見守る⋯⋯会⋯⋯?」
「今そんな事はとうでもいい、ルーシェちゃんは来ているのか!?」
「え? 来てないよ」
「む⋯そうか⋯⋯残念だ。
では是非ルーシェちゃんに伝えておいてくれ、いずれ横に立ち並び歩むまで俺は、俺達は進み見守り続けると!」
「え?⋯えっと⋯⋯うん⋯⋯ネットストーカーさんとかじゃ⋯⋯ないよね?」
「そんな下賎なものと一緒にするな」
「うーん、なんか引っかかるけどまぁ伝えておくよ」
突然のガナハの食い付きとカミングアップに動揺したミストラルだったが、少し疑いながらも伝えるだけならと承諾した。
「なんじゃお主ら知り合いじゃったのか」
「いえ全く」
「は?⋯⋯何なんじゃお主ら」
「さぁマリア! 魔法習得を続けろ! 俺は少しでも早くルーシェちゃんに並び立つ!! こいつを追い抜かねばならん!!」
「急にうるさいわ!!
何か分からんがやる気が出るのは良いことじゃが気負いすぎるな、魔法はイメージが重要、心乱さず常に冷静にが基本。
まぁ感情に任せ解放するのもおすすめじゃがのぅ、ニヒヒ」
目を細め凍りつくような微笑を浮かべミストラルを見やるが直ぐにガナハに向き直り魔法の指導を始めた。
そこからマリアの支持の元に続けていると2人共人差し指に属性を一瞬灯すことが出来るようになった。
「ふははは、以外と簡単だったじゃないか! ゲホゲホッ!」
「まだ準備が終わっただけじゃ。
ガナハは目眩を起こす精神初歩魔法、ミストラルは水属性の小さな水球を打つ初級魔法をやってもらう。
イメージと共に呼吸法、魔素を循環させデータ化されている魔法陣を指先で書き上げて詠唱、慣れればチマチマ書かずとも魔法陣は展開出来るようになる。
ほれやってみろ、魔力が切れたら魔力ポーションを飲むんで継続」
次のマリアの支持で魔法発動を試みるが中々上手くいかず発動までには至らない。
「ゲーム内魔法と違って難しい⋯⋯色々と同時進行でするの」
「あれは魔法のパッケージみたいなもんじゃ、簡単じゃが威力、調整や細かい支持はできん。
魔法も慣れじゃ、ひたすらに練習せい」
それから数時間後、魔力ポーションを飲み続け2人は最初の魔法発動を達成する。
「なんじゃ思ったより早かったの、スキルサポート様々じゃな」
「ゼー⋯⋯ゼー⋯⋯ップハ! やった⋯⋯出来た⋯⋯」
ミストラルの指先に水球が廻りながら浮いている、しかし打ち出す気力はもう無い様だ。
「ガハッ! ゲホッ! 出たぞ⋯⋯やっと⋯⋯」
ガナハの指からは前方に回転する空間が展開されていた。
「これからはその調子で毎日呼吸法と魔法の鍛錬をするが良い、呼吸法が楽になってくれば魔法効率も自ずとあがる。
現実世界での修練も怠るなよ、現実だとスキルサポートが無い分キツイから覚悟してやるんじゃな」
「サポート無し⋯⋯ちょっと怖いよ」
「ふん! 我が目的の為にはそんなもの何の障害にもならんわ!」
「これで妾からの報酬は1つを残して終わりじゃ。
最後の報酬は破格じゃ、可能な望みを叶えてやろう、さぁ望みを言うが良い」
「望み⋯⋯」
「ふむ、じゃあ俺の魔法属性の今後の成長指南を願おう。
まぁスキルツリーみたいなもんだな、それを頼む」
「ほぅ、金品や邪な願いも可能なのじゃぞ? それで良いのか?」
「言っただろう? ルーシェちゃんと並び立つのが俺の望み、最速で駆け上がってみせる」
「面白い奴じゃ、あい分かった。
データにして送ってやるからフレンド登録をしておくが良い」
「助かる」
「ではミストラル、お主の望みはなんじゃ?」
「えっと⋯⋯僕はこの世界に起こっていることを知りたい⋯⋯」
「なんじゃお主も欲の無い奴じゃな、金品ではなく情報とは」
マリアは目を細めミストラルの目を覗き込む。
(3属性の闇持ち⋯⋯今のうちに唾をつけておくか)
少し思案して直ぐに結論を出すとミストラルに告げる。
「妾も全ては知らん、お主の納得いく情報では無いかもしれんが良いのか?」
「⋯⋯かまわないよ」
「そうか、ならお主だけ妾と部屋に来い。
ガナハはもう帰っても良いぞ、ご苦労じゃった」
「うむ、世話になった。
ミストラル、くれぐれもルーシェちゃんに宜しく伝えておいてくれ」
一言残してガナハは直ぐに踵を返し吸血城を後にした。
「さて欲無き者よ、行こうか」
「う⋯⋯うん」
マリアは来たときに最初に入った部屋にあるぬいぐるみを幾つか動かす、するとゴシック調の椅子が動き出し後ろに扉が現れた。
「フフフ⋯⋯ようこそ、妾のプライベートルームへ」
ミストラルは妖艶なマリアの微笑にゴクリと唾を飲み込み後をついて部屋に入っていった。
そこは表のゴシックホラーとはかけ離れた空間だった。
クラシックな本棚や家具が置かれたまるで図書館の様な場所で、手作りを思わせる重厚な本がびっしりと並べられており、書斎の様な一角のみ3画面の薄型のパソコンが置かれていた。
「少し驚いたか? 表は趣味、裏は実務じゃ」
「この本⋯⋯」
「全て現実世界の古代史、古文書、魔法、魔導書等のデータ版じゃ。
常日ごろからの地道な勉強と鍛錬が強さの秘訣じゃ」
「ふわー⋯⋯この量を⋯⋯」
「さて、この世界に起こっている事じゃったな。
それを語るには古代史から始めねばなるまい」
マリアはミストラルを座らせ古文書を開くと横に立ってページをめくりながら話し始めた。
一刻を過ぎた頃、数万年前から続く歴史についてあらかた話し終えるとミストラルはため息をついた。
あまりに現実離れした話に最初は懐疑的だったが、マリアの熱心かつ真剣な語りにミストラルはそれが偽りあるものとは感じられなくなっていた。
「⋯⋯自分達が生きている裏でそんな歴史があったなんて」
「今この時代はこれまでと違い、魔素、魔法が希薄になっていき遂には魔素は地下ダンジョンにのみとなり、そこは裏の組織によって統括、隠蔽されてきた。
そこで起こった今回の夜空を埋める魔法陣、結果は魔素とダンジョンの復活」
「なんの為に誰が?」
「そこは妾にも妾が所属する組織にも分からん、ただこの件の首謀者が人々をダンジョンへ誘導しようとしておる事、そして人ではない事は分かる」
「ダンジョンへ誘導!? 世界を変えてそんな事してどうするんだろう?」
「さあのぅ⋯⋯
古の魔王の仕業か、神や悪魔の仕業か⋯⋯その者の真の意図はまだ誰にも分からぬ。
ハッキリしとるのは今回の黒幕グループ、そして現在裏の世界には派閥が2種類ある。
古代人の記憶を夢として受け継いできた者たち、これは今の裏世界を牛耳ってダンジョンなどを独占、隠蔽してきたグループ。
もう一つは妾の所属する裏の組織でも闇側、隠蔽してきたグループから抜けた今ダンジョンを攻略しておる仮面の集団の派閥じゃ、闇落ち悪人のレッテル側じゃな」
「⋯⋯」
「妾達も現在は誘いに乗ってダンジョンを攻略しておる、が、恐らくじゃが組織のボスは何か掴んでおるようじゃがの。
妾達にはまだ何も言わんから知らんがもし知りたいのなら組織には推薦してやるぞ、闇の属性持ちよ」
「⋯⋯僕は⋯⋯ダメなんだ。
病気でさ⋯⋯あまり動けないし先も長くないんだよ」
「病気? 何の病気じゃ?」
「原因不明っていう病名をもらったよ」
「お主、世界を知る前に自身の病を治す望みを言うのが先じゃろうが」
「誰も治せないみたいだからね、医者でもない君に望んでもどうにもならないよ」
「この世には古代ダンジョンの時代から様々な伝説の遺物やアイテムが存在してきた。
その中には希少じゃが【万能薬】も存在する」
「ば、万能薬!?」
ミストラルは驚きのあまり声が裏返って
しまう。
「そうじゃ、身体の異常を消し去り健全な状態に強制的に戻す劇薬じゃ」
「それがあれば⋯⋯」
「原因不明の病も治ろう」
ミストラルはマリアを見つめたままポロポロと涙をこぼした。
「希望が⋯⋯諦めていた希望がまだあるんだ⋯⋯」
「ある、そしてその現物もな」
「え?」
「妾はその1つをダンジョンで獲得し所有しておる」
ミストラルはしばらく呼吸をするのを忘れた。
長く付してきた身体を取り戻す術が、諦めた未来が目の前にいきなり現れたのだ。
「もしお主がこちらの組織に属するのなら、お主の未来に期待して万能薬を無償で譲っても良い」
「!?」
「今すぐに答えを出せとは言わん、考える時間は必要か?」
「⋯⋯ううん、時間なんて僕にはもう無い⋯⋯考える必要は無いよ。
この身体と未来⋯⋯取り戻せるなら何でもする」
「良い返事じゃ、では現実のお主に合わねばならんな。
ボスに話はつけておく、組織へ所属許可が降り次第万能薬を渡そう。
2日日以内に連絡をする、フレンド登録するから許可しとくがよい」
「うん分かった」
「ではその時を楽しみにしておれ」
マリアはそう言うとミストラルを玄関まで送り一時の別れを告げた。
「呪われた僕の⋯⋯人生が⋯⋯変わる」
ミストラルは空を見つめまたも涙を零した。
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