禁忌の女神
まるで水流のような、滑らかに空気の間を滑る手刀が十三の首を狙う。
正源の動きを模したバトルマスターに驚愕して固まりそうになるが無意識に腕を顔の横に上げていたお陰で直撃は避けられた。
(ヤバイ! コイツ爺ちゃんの動きを⋯⋯)
「アイ! 電気属性付与と思考加速頼む!」
{分かりました}
すぐに世界が鈍化する。
それでも驚愕のスピードでバトルマスターは再度十三の懐へと散歩でもするように滑り込む。
(思考加速しても早い! ていうか捉えにくい⋯⋯)
虚をつく無駄のない動きで踏み込むと同時にすでに十三の鳩尾を掌底で捉えようとしていた。
電気属性により反射速度を上げた腕でその掌底を上から叩き落とすと、バトルマスターは受けたその勢いを利用して前回転しかかと落としを繰り出す。
直ぐにそれを防ぐため下げた手をクロスさせて上に突き出して受け止める。
今度は十三が少し浮いたバトルマスターを下から蹴り上げるが腕でブロック、衝撃で少し上に浮かせる事に成功した隙を狙って魔闘気を練り混んだ拳を叩き込んだ。
(!? 手応えが無い⋯⋯)
拳は胸部に直撃するがバトルマスターは吹き飛ぶどころか衝撃に押されてもいない。
同時にダメージを与えたはずの胸部から波紋のようなものが広がり衝撃を後ろへいなしたのだ。
(コイツ⋯⋯衝撃を身体の後方に受け流した! あの身体の素材特性か? 完全に威力とタイミングを見切らないと出来ないぞあんなの⋯⋯)
古代石材技術を駆使して生成されている今回のボスゴーレム、その柔軟な身体と技術に徐々に恐れを感じ始めた。
(爺ちゃん程じゃない⋯⋯が俺よりは確実に上⋯⋯どうする)
圧縮された時間の中必死に考える。
そんな十三を月穂は離れた場所から視界に捉えきれない戦いを見ていた。
(次元が違う⋯⋯私に⋯⋯何が出来る?
詠唱や魔法陣で溜めが必要な魔法だとその隙にやられる、効果もゴーレム相手には低い⋯⋯)
{月穂様、思考加速を強制的に展開させて頂きました。
私の持つデータより遥かに上の能力を有するあのゴーレムを倒すのは月穂様が考えている通り確かに困難です。
月穂様同様、魔法の効き目が薄い相手に魔法戦闘メインの私が代理戦闘で入っても制圧できる可能性はそれほど高くありません。
ダメージを与える有効魔法はいくつかありますがあのスピードだと捉える事は困難でしょう}
(そんな⋯⋯)
{しかしいくつか方法はあります。
時空系魔法や重力魔法もしくは支援魔法で広範囲に鈍化させ十三様が有効打を放つ。
鈍化させた後に破壊魔法、崩壊魔法で消滅させる。
それらにはまず動きを封じる魔法の成功と倒す為の魔法2つを使用しますが、鈍化効果が薄い、もしくは効かない場合や鈍化に成功してもまだ捉えきれない可能性があります。
そうなるとターゲットがこちらに向かう可能性があります}
(⋯⋯)
{しかしそれら2手を1手で行う方法があります。
過去の歴史上、使い手のほぼ現れなかった禁忌とされる魔法で一撃で葬り去る事です}
(禁忌⋯⋯)
{反界魔法。
相反する属性、例えば水と火や光と闇を同時に1つの現象として存在させるとどうなるか。
それ1つで壊滅的な被害をもたらす事が可能な現象、もしくは物質が刹那発生します。
俗に言う反物質と言われる物に近い代物です。
理論としては混ぜ合わさる事がない2つの属性に無属性を中和属性として混在させ、双方の特性の境界を無くし一瞬だけ同時に存在させる。
それを隔絶させた時空で覆った内部でのみ発生させる}
(ちょっと待って! 反物質!? そんな物扱えるわけないじゃない。
それ以前に魔法のレベルの次元が違う、2つ属性の中級魔法でも難しいのに3つ⋯⋯いや4つの属性とコントロールが別に必要な魔法なんて私には⋯⋯)
{もちろん今の月穂様には技量、知識、魔素量を含めて不可能、私にもです。
しかし、それを扱える者はこの場に存在します}
(え? アイにも無理なら誰!?)
{私ではありません、理論的には可能ですが成功経験が有りませんので仮に発動させたとしても失敗した場合のリスクが高すぎます}
(じゃあ誰なの? 他に誰もいないよ!)
{その方は今だ眠る月穂様の⋯⋯夢の紬手}
(夢の? あ! あの私に似た人⋯⋯)
{月穂様の魂と心層には十三様のルシフェル様とミカエル様同様、混在している魂をニューロリンクを接続した際に確認しています。
月穂様と共にあるその魂にはルシフェル様もミカエル様も以前覚醒された際に気付いていました。
私が十三様と月穂様と契約する際に護衛の為にも情報を少しお二方から頂いていました}
(混在する⋯⋯魂)
{その方の名は『アイシス』。
破壊と護りの天使、最強の鉾と盾を扱う虹光の魔女、魔法の申し子。
様々な名を持つ魔法使い、分かりやすく現代でも良く知る象徴だと『月と豊穣の女神 イシス』または虹を意味する『アイリス』、女神アテナの武具アイギス、最強の盾イージス}
(アイ⋯⋯シス⋯⋯)
ドクン!
と心臓が大きく鼓動を打つ。
同時にズドン! という音と共にアイのサポートを受けてブーストをかけていた十三が吹き飛ばされていた。
「ガハッ! グッ⋯⋯あれは爺ちゃんの⋯⋯【斥界】!?」
バトルマスターは自身を半円状のオーラで覆っていた。
(密度の高い気で⋯⋯自分を中心に周囲を弾き飛ばす気の結界⋯⋯しかも物理作用するオーラで⋯⋯あんなの侵入不可能な半円の岩じゃないか)
次の瞬間、その半円が形を変え前方が少し尖ったかと思うと鋭い槍の様に伸びて十三の腹部を貫いていた。
「十三!!」
「あ⋯うぁ⋯⋯」
半円のオーラの結界の中には人差し指を前方に突き出したバトルマスターが立っていた。
(指で⋯⋯高密度の自分のオーラ⋯⋯を?)
ダメージも相まって展開していた魔瞳術が解けた。
(ヤバイ⋯⋯目で追えなくなる⋯⋯)
次の瞬間にはトドメを刺しに来るかもしれないと思った矢先、周囲の魔素が掻き消えた。
バトルマスターは驚いてその状況の発信源へと振り向くと周囲にあった魔素が一点へと空間を歪める様に収縮していっていた。
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