初めての武術
型の前に始めた準備運動と筋力チェックではかなりの高評価を得た月穂。運動神経はいい方で体はヨガの効果でかなり柔軟だ。
さらにほぼ永続可能な真呼吸で底上げされている身体能力値は軒並み高い。
(これはかなり早く鍛錬が消化されるかもしれんのう)
正源は早くも今後に修正が必要かもと嬉しい誤算に心の中でニヤリとする。
「まずは体幹を正しく保つ訓練じゃ。そこから体の各箇所を連動させて動く訓練、それらを反復運動で体に覚えさせてから型に入る。
本来は最低でも一月は反復運動のみなんじゃが、時間制限があるのである程度同時にやるぞ、頑張ってついてきなさい」
「はい!」
「姿勢はヨガの影響かしっかりキレイに保てとるから、動く度に体幹を保つ訓練じゃ、昼まで続けるぞ」
古武術の基本、体幹を保つ為に意識を頭から背骨へと真っ直ぐ通し、どの体勢でも倒れることのないよう神経を集中して動く。
横から正源が月穂の体がずれる度に竹刀で支えて訂正する。それを昼まで続け体に教えこんでゆく。
横で見ている十三は感心していた。
(ヨガって凄いんだなやっぱり、体を動かす基本がある程度できているから爺ちゃん修正だけで事済んでるよ。今後の為にも後でちゃんとヨガを月穂さんに教えてもらおう)
それぞれの午前の稽古を終えて客間で皆で昼飯を食べる。十三と月穂はエネルギーの消耗が多かったからなのか、なかなかの勢いで食べている。ポカーンとその様子を見る母二人と三姉妹。
「ち、ちょっと二人とも落ち着いて食べなさい」
と十和呼が声をかけて二人はハッ! として勢いを緩めるが手と口は止めない。
月穂はふと十三と目が合ってフフフと笑い合う。
「ちょーっと待ったー!? 何今の? 何があったのこの1日足らずで? 何か重要イベント見逃した?」
二人の反応を見た春菜が頭に渦巻く疑問をそのまま口に出す。
「確かに、一体何があれば昨日までのがこうなるの?」
那波が理解不可能だと海外女優のように両手をスッと横に上げた。
「お話を少ししたらしいわよ、ねー」
と美沙が軽く原因を告げる。と同時に三姉妹が叫ぶ。
「「「十三議員、後でマジ会議な!」」」
マジ会議とは何か問題が起こった際に開かれる子供達だけの議論の場、隠し事は許されない。
「マ、マジですか?」
十三は少し青ざめる。女三対男一だ、何の会議だろうと優位に立てる気はしない。
「フフッ、楽しそうですね」
他人事のように笑う月穂。その後もワイワイと騒がしい昼食は続き、午後の鍛錬の時間まではマジ会議が別部屋で開かれ、正座させられた十三は根掘り葉掘り、全てを息をする間もなく聞かれて無駄なエネルギーを失った。色々と責められ怒られるかと思いきや意外と褒められたのには安堵した。
「今後、何か進展があれば必ず報告するように! 下手こいて全てを台無しにしたくはないであろう?」
何故か言葉遣いまで変わっている春菜に向かって頷いた後は開放された。
その後、道場に二人で着くと正源はすでに中央にいた。
「さて、午後から十三は真呼吸を維持しながら型と後で組み手。月穂さんは型を少し見て覚えてもらうのでそれを反復練習じゃ」
「はい!」
「うす!」
まずはいくつか十三と正源とで型を見せる。月穂はそれを体に染み込むまで毎日練習あるのみ。
その間に正源と十三の二人は実践組み手に入る。
見せてもらった型をゆっくりと確認しながら、月穂は十三ら二人の組み手に見入る。
流れるように全く無駄のない洗練された組み手、型を途切れることなく滑らかに動く様は古舞踊か何かを踊っているようにも見える。
全身の関節、筋肉を連動させ、いつどこからでも防御と攻撃を繰り出せるよう体を流し続ける。
月穂は自分の型をゆっくりと行いながら見とれていた。
「キレイ⋯⋯」
15分ほど体を流し、月穂に見せる為に同じ型を続けたところで正源が声を発する。
「さて、今度はお主じゃ、ゆくぞ十三」
「!」
正源の動きが少し変わった。攻撃に芯が入る。今までバシバシ鳴ってた組手の音がドン! ズドン!! と激しく変わる。
踏み込みで床が振動し、ぶつかり合う度に音と共に衝撃波のようなものが発せられる。
受ける十三も体にまるで鉄鋼でも入ったかのように力強く受け、そして流していく。
(うわ⋯⋯すごい! テレビのバトルアニメみたい!)
見とれていた月穂があまりの攻防の激しさに圧倒される。
五分ほど打ち合ったところで十三が激しく吹き飛ばされた。どうやら掌底を胸に受けたらしい。
「ぐっ!」
「よし、少し休憩じゃ」
ぶっ飛ばされて道場の端で寝転がる十三に月穂が駆け寄り声をかける。
「大丈夫ですか!? かなり派手に吹き飛んでましたけど!」
「だ、大丈夫⋯⋯ちくしょう、爺ちゃん相変わらず強すぎるだろ」
「最後の五分のアニメみたいな戦いは何ですか!? すごかったです!」
「あ、あぁ、真呼吸を維持しながらの内気功。対人で外気功は危険なので内気功のみの強化組み手です」
「気功⋯⋯あるんですねそんなの本当に」
(真呼吸での身体能力底上げ、古武術の戦闘技術、さらに気功。一体普通の身体の何倍の強化になるんだろう?)
月穂は単純計算で考えてみても軽く数倍は強化されそうな古武術に少し尻込みする。何故ならこれからそこに不確定要素の魔素が絡むからだ。
(我武者羅に覚えるだけじゃなくて、力を見誤らないように身につけないと⋯⋯ちょっと怖い)
休憩も終わり先程の鍛錬が夕食前まで繰り返される。その頃には二人ともヘトヘトに疲れきっていた。
「「ありがとう⋯⋯ございました」」
一礼してすぐ風呂に向かう十三、そのまま部屋に戻って少し思考を整理する月穂。
(濃い1日だったなー、覚えた型はひたすら反復して体に叩き込まないと、自然に型の動きがでるようになるまで頑張ろう。
体幹は自分の体全体が見えないから把握しにくいなー。身体の全箇所の動きとバランスが100%とれないとダメみたいだし、これも体に覚えさせるしかないよね。
よーし! 反復! 反復! やってやりますよー!)
クタクタな中さらに闘志を燃やす月穂は小さくガッツポーズをする。そしてふと、これからはここにさらに魔素を取り入れた鍛錬も入るのを思い出した。
(あ、魔素⋯⋯鍛錬は一体何をするんだろうな? そもそも魔素って何なんだろう?
夢の中の人たちは魔法のようなのを使っていたけどあれが使える鍛錬?
この現代科学の時代に魔法か⋯⋯あー! わからなすぎ! 明日の鍛錬になれば少しわかるかな?)
色々と思考を巡らせているとドアがノックされて声がかかる。
「月穂さんお風呂空きました、お湯もキレイにしてますのでゆっくり入って下さい」
十三が風呂の空きを伝えにきた、お湯の張り替えもしてくれたらしい。
「ありがとうございます。では使わせてもらいます」
(優しいな、気を使ってくれてる)
もちろん、三姉妹の支持である。十三が先に入り同時に隅々まで掃除し、湯を張り替える。姉妹や月穂の残り湯は与えない。
ちゃぷん⋯⋯
(ふぅ、気持ち良いー。ヒノキの匂いがたまらないな、溶けちゃいそうだよ。お風呂は毎日入ってるのに久しぶりに入った気分⋯⋯プクプク)
余りの気持ち良さから意識が蕩けて湯船に沈みそうになるのに必死で抵抗する月穂。
少し悩んでいた夢の相談から、気がつけば遥か遠くの道場で武術の鍛錬。
今まで想像もしなかったここまでの流れに思ったより心も体も疲れていたのだろう。しかもまだ始まったばかり。
しっかりと休むときは休んで進んでいかないと、などとぼんやり考えながら湯を後にする。
(あー、スッキリしたー。
しっかりご飯食べた後は十三さんと約束のヨガを一緒にしないと)
風呂場を出るとキッチンの方から少し甘辛い匂いがしてくる。
(あ、この甘辛い匂い、今日は生姜焼きかな? 楽しみだなー)
目をつむり鼻をクンクンと鳴らせながらすでに皆揃っているキッチンへ入っていった。