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沙羅の木坂の家  作者: 美祢林太郎
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18 美由の決意

18 美由の決意


 慎ちゃんからみれば三枝さんは母親くらいの年齢であり、実際、私のママの年齢ともほとんど変わらない。成熟という言葉が相応しい年齢だ。鈍感な慎ちゃんは感じていないだろうけど、同性の私ならば45歳という年齢は、私が足元にも及ばない色香を称えているのがよくわかる。

 思春期になって体に丸みが出て来たり、20歳になって化粧がのってくる、上っ面のことを言っているのではない。体の奥底から、フェロモンが滲みだしてきて、男を求め、男をひきつけているのだ。

45歳の女は、そのフェロモンを亭主や子供たちのために体の中に封印している。だけど、三枝さんは家族がなくって、封印する必要がない。三枝さん、慎ちゃんを誘わないで。慎ちゃんも、三枝さんの色香に気づかないで・・・。

 20歳の私から見ると、三枝さんからはカジュアルな服装から芳香な香りが立って、強烈な色気が立ち上っている。まだ若い慎ちゃんにはその香りを甘受できる触覚が備わっていないのかもしれない。そんな三枝さんが慎ちゃんと同じ屋根の下で暮らしていたら、いつか男と女の関係になるのは、火を見るよりも明らかだ。私はかれらの情交の場面が浮かんできて、耐えられなくなってくる。自宅のベッドで一人寝る時、この妄想が繰り返し押し寄せてきて、発狂してしまいそうだ。

 私はこうした不安を慎ちゃんと三枝さんの前ではおくびにも出していないが、内心はとても心配だ。二人で住むなんて、これはいくらなんでもちょっとやり過ぎだ。

 慎ちゃんが交通事故に遭うその日までは、我々と三枝さんとは赤の他人だった。それが今では、母親でもないのに、三枝さんは慎ちゃんの下着の洗濯までしている。きっとパンツには精液が付着している時だってあるはずだ。私だって慎ちゃんのパンツを洗ったことがないのに。

 私のこの気持ちはジェラシーなのかもしれない。きっとそうだ。こんな気持ちを私はこれまで抱いたことがない。私は淡白な人間だと思っていたし、慎ちゃんのことをこんなに深く愛していたなんて、これまで気づくことはなかった。だから、この気持ちのやり場に困っている。慎ちゃんが三枝さんと肉体関係になるなんてありえないことだというのは、理性的にはわかっている。でも、私の頭の中は二人の淫らな光景で溢れてしまって、苦しい。

 私は、三枝さんを慎ちゃんの家から追い出したい。事が起こってからでは遅い。事が起こったら、私の負けだ。私は慎ちゃんに捨てられる。傍から見たら、絶対に慎ちゃんとのお似合いは私であって、三枝さんではない。

 みんなが捨てられた私のことを同情するだろう。私は同情されたくない。それは私のプライドが許さない。私から慎ちゃんを奪ったら、三枝さん、あなたを殺します。そして、沙羅の木の下に埋めます。

 なんて、私は馬鹿なことを考えているんだろう。殺人者になんかなりたくない。どうして私はこんなに思い詰めているんだ。

 三枝さんに出て行ってもらうのが一番手っ取り早い話だ。でも、その口実を見つけるのが難しい。大声を出して、髪を掴んで追い出したいのが本音だけれど、それができない臆病な自分がいる。かっこつけているのだろうか。そうかもしれない。いくら悩んでも、お嬢様の殻を破れない。

 どんなことがあろうと、三枝さんを未華子さんって下の名で呼んだりはしない。それは慎ちゃんにもさせない。できるだけ他人行儀に接するんだ。決して、三枝さんを慎ちゃんと私の親しい関係の中に入れてはいけない。あくまで、おばあさまの介護を手伝ってもらっている他人に過ぎないのだ。ビジネスライクに割り切らなければいけない。彼女を我々のテリトリーに入れないためには、どこまでも言葉遣いをよそよそしいほど丁寧にしていなくてはならない。私の三枝さんへのバカ丁寧な言葉遣いによって、慎ちゃんにも三枝さんに必要以上に近づいてはいけない、と警告を発し続けなければならない。慎ちゃんは気づいていないだろうが、慎ちゃんの物腰の柔らかさが、これまでも何人もの女性を勘違いさせてきたのだから。慎ちゃん、あんたは罪作りなんだよ。

 路上コンサートを毎回聴きにくる女子高生の朱美という女だって、随分慎ちゃんに熱を上げているようだ。友だちに見せつけるように、慎ちゃんに馴れ馴れしく話しかけてくる。だから、私が慎ちゃんの恋人であることをさりげなく彼女に見せつけているんだ。私の大学生の大人としての品位ある立ち居振る舞いと、私の武器である美貌と爽やかさを、それとなく見せつけているんだ。彼女のぐうの音も出ない顔が浮かんできて、おかしくなってきて笑いが込み上げてきた。朱美は私から慎ちゃんを奪おうなんてことは、決して思わないだろう。

 もし路上コンサートで慎ちゃんに色目を使う私のライバルが現れたら、私は路上のみんなの前でそいつに一番見える方角に立って、慎ちゃんとの濃厚なキスシーンを見せつけるだろう。おとなしそうな私が激しいキスをすればみんな凍りつくはずだ。私にはそのくらいの度胸はある。

 三枝さんはキスシーンくらいで引き下がるような女ではないはずだ。すでに家にまで入り込んでいる。私の美貌と爽やかな色気なんか、彼女の毒にかかったらひとたまりもない。

 その夜、私は慎吾とのセックスでこれまで上げたことのないほど大きな官能の声を上げ、同じ屋根の下の未華子を牽制した。よがり声は暗闇の中で「未華子、良く聞け。慎吾は私のものだ、私のものだ」と咆哮しているかのようだった。私はその夜、肉食獣の雌になった。

 私もこの家に住もう。そうすれば、三枝さんと慎ちゃんの間に誤りは起こらないだろう。私はずっと二人を監視するのだ。私がこの家に住むことが一番良い解決法なのだ。


     つづく

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