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4歩目 それ潔癖がすぎるでしょう?

 

 わたしの探し物を、探してくれるって言った少尉の顔を、ふとすればすぐ思い出してしまう。

 少し尖らせてた唇とか、赤みの差した頬とか。

 困るな、仕事中とか本を取り落としそうになるし。


 そんな挙動不審な日々のわたしに、一枚のメッセージカードが届いた。

 細い線と縦長な字で「目標確保」と日時と場所だけ書かれている。

 本を、受け取るのが目的。なのにドキドキしすぎよ、心臓。

 ちゃんとペースを取り戻して、こんなのだめ、だめなの。


 少尉と会う日になったら、ますます心臓は暴れ出した。

 もう知らない、わたしは鼓動が速くなってしまったことをできるかぎり意識から追い出し、身支度をして待ち合わせ場所に来た。

 海を見渡せる海浜公園の大樹の下、相当早く来たのに、この人は。


 いつもあなたは先にいるんだから。


「ミルフィさん」


 今日の少尉はあの嫌みな懐中時計パチンをしなかった。

 それだけでだいぶ彼への感情がやわらぐ。


「やっぱり早いのね、ライリー少尉は」

「……あなたと会う時間を一秒たりとも逃したくなかった」

「しょ、少尉……?」


 なんかとってもらしくないこと言ったような。

 海にむかって体を向ける少尉に並ぶと、厚みのある紙袋が差し出された。

 袋をのぞきこむと、探していたディアモストロ幻想記の中巻が存在を主張する。


「ありがとう! 本当に探し出してくれるなんて。あの……お代を」

「いりません」

「でも」


 以前の上巻は向こうの仲介者が用意してくれたってことだったしもらったけど。今回は探してもらって、おそらく買ったのよね、本の代金くらいは。


「結構です。それにそれは中巻だ、まだ下巻がいるでしょう」

「あ、はい」


 たぶん中巻読んだら下巻が欲しくてたまらなくなるだろうけど。


「下巻は……もちろん私一人でも探しますが、よければ、休日、一緒に探しに出ませんか。私と付き合っていただきたいのです」

「え、はあ。元はわたしの探し物なのに、付き合っていただくも何も……」


 少尉がいいあぐねる様子から、わたしは勘違いに気がついた。


「あ、あの。付き合うって……もしかして、わたしと少尉が交際するって、いう?」


 コクン、と頷く少尉がなんだかいじらしい。

 とっても純で可愛い人に思えて、胸の中がカァっと熱いものでかき回される。

 だからわたしは魔がさしてしまったのだ。


「わかりました、交際しましょう」

「ミルフィさん! ……ありがとう、ございます」


 もう、少尉は。

 耳まで真っ赤にして、こらえてるみたいな顔して。

 わたしは誰かと付き合うのはじめてじゃないけど、少尉はこれではあやしいなあ。

 わたしが初めての交際相手なんじゃないかしら。


 ちょっと試してみようと、わたしは目を閉じて少尉のキスを待ったのだけど。


 来ない。


 少尉、やっぱり経験なくて奥手なのかな。


 目を開ければ、少尉はちっともわたしに近づいていない位置に突っ立ていて。


「これは……もしや私に接吻をお求めですか?」

「えっと、それでいいかなって。わたし、まあ付き合った人いたことあったし、はじめてじゃないから……」

「……お付き合いいただく上で言っておくことがあります」

「はあ」


 なんだか、少尉の態度が急にまた当初の腹立たしい感じに戻ってきた。

 イヤーな予感が拭えない。


「いいですか、ミルフィさん。私はお付き合いする間柄の方とはいえ……接吻はできかねます」

「は、はあ? なぜですか少尉!?」

「だって口と口をつけるなんて、不潔ではないですか! 生理的にうけつけません!!」

「はあああ!?」


 そこを越えてキスとかしたい人だからお付き合いするのだと思うけど。


「いいですか、ミルフィさん。私は性欲などという汚らしいものをあなたに向ける気はございません。そこのところは自分で適宜(てきぎ)処理しているので、抑制は完璧です」

「はい……? キスをしないなら、あの……その先は?」


 これに少尉はふんぞり返って胸をはった。


「いよいよもって穢らわしい行為です!!! おこないたいなどと微塵も思いませんのでご安心を」


 ご不安しかないよ!!

 少尉、超潔癖すぎない?

 それって付き合ってもしないし、下手したら話が進んで結婚しても?


「あの、お見合いからお付き合いの関係って……その先を見据えてますよね」

「はい、その……関係をさらに進める場合も、生涯、清く正しく美しく寄り添っていきたいです!」


 うわあ、言っちゃった。この潔癖な感覚を生涯に渡って通す気だよこの人!


「でも……それでは後継、とか」

「昨今、養子をとるのもよく聞く話ですから。……良かった、親族に清らかな結婚生活をしたいと希望したとき難色を示されたのですが、同じように精神性を大切にした結婚を望む方と出会えて、こうしてお付き合いできて」


 ちょっと! ちょっとまったあああ!! 話を持ってきた親戚のおじさん!!!

 その条件わかっていて伏せたわね!


「ミルフィさん……」


 嬉しそうなライリー少尉が、わたしの両手をとってきゅっと力をこめる。

 わたしは、気づかないうちにとんでもない穴にはまっていたのね。

 こんな、恋人にするのはやめておいた方がいい人なのに、もう断れない。

 少尉の笑顔を素敵だと感じるようにされてしまったわたしでは、もう、手遅れなんだわ。


「わかったわ、少尉。あなたが望んでいることは」


 恋だもの、恋。まだ結婚まで進むって決めたわけじゃない。


 恋人が破局することはとてもありふれたこと。

 付き合っている間にどうしても互いの気持ちが折り合わなかったら別れるしかないし、まだ付き合ったばっかりなんだから、ただ恋を楽しんでいいよね?


 どこにたどり着くかわからないけど。



 こうしてわたしは色々とやっかいなところのある少尉と、結婚を視野に入れたお付き合いをすることになった。

 『恋人』の探し物を一緒に手伝ってくれる少尉は意外と優しい。

 それにこの人はいつも一途で、曲がったり避けたり、迂回することができないまっすぐな人。

 それを、幼子を見守る気持ちで見てしまう。


 好きだよ、ライリー少尉。唇すら、許す気になれないあなたでも。


 このまま、別れるなんてできなくなって、白い結婚でもいいから少尉の奥さんになる日がきちゃうのかなあ。


「好きです……ミルフィさん。今、心が穏やかで、幸せで」


 今日も、本を探しにデートして見つからないから、引き上げた私たちは海浜公園に来ていた。

 海を見下ろせるベンチに並んで座って、話しながらおでこをくっつけあって笑う。

 口と口をくっつけるのには抵抗あるくせに、少尉はおでこをくっつけて微笑いあうのを好んだ。

 わたしも好き。

 ライリー少尉の額の感触と温かさ、間近で見れる薄青の瞳がわたしを映してて、嬉しそうに瞬くの。


「そうね、少尉最近……すこし穏やかで……丸くなったよね」

「なんですか、それは。……しかしそうですね、ミルフィさんのおかげです。実は今度、大佐から直々に大切なお仕事を任されたのです」


 出た! 少尉の憧れの大佐話!! お仕事の話の八割に絡んでくるんだよね、その大佐。

 ちょっと妬けるくらいだよ、少尉の心にそんなに深く存在できるんだから。

 でも、それはお仕事をする少尉の大切な部分だから。憧れの上司に認められたって輝いてる少尉はとても生き生きしていて、わたしも嬉しい。


「そっか、憧れの大佐に少尉のお仕事ぶりが認められたってことね! よかったね少尉」


 仕事のことを褒められた少尉がはにかむ。

 こういう純粋に喜んでるところ、子供っぽくて可愛げがあるなあ。


「つきましては、毎日隣町の勤務地に行くのでその……二ヶ月ほどの間、本探しまではできないのですが……それでも会っていただけますか?」

「なに言ってるの少尉。わたしたち、恋人だもの。本を口実にしなくたって会っていいはずでしょ」

「そう……そうですか。やった…………いいことばかりです、今日は」


 あなたにいいことが降りかかると、わたしも幸せ。 

 恋が、溶けて溶けて別の型に流れていく。たぶん、新しい型で固まるときは近い。




 そのはずだった、わたしはもう……少尉とこのまま一緒にいて、結婚もしちゃって、彼と白く清らかに、それでも愛し合って生涯を寄り添っちゃう覚悟もあったの。


 でも予測が甘かったわ。

 任されたお仕事が忙しかったのか、少尉と会う回数が減って。


 そしてある日、お見合いの仲介者から「少尉がおかしい、数日前仕事でひどい失敗をしたらしく、仕事を休んで家に引きこもってしまった」って話が飛び込んできた。

 どうか恋人のわたしに様子を見にいってほしいって。


 あの、少尉が。お仕事で失敗して引きこもってる?

 ちょっと……想像できないわよ。

 しかも、わたしになんの連絡もくれてない。引きこもるくらいなら落ち込んでるだろうに、悲しいだろうによ? 

 恋人を、なめないでほしい。


 わたし彼に会いにいかないと。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ミルフィのターンくる! て、感じですね。 どんどん少尉が可愛く見えてきて不思議です(*´ω`*)
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