1歩目 これは手におえなくない?
小賢しい子、なんだか生意気な娘。
放っといてくれない? わたしは本が好きなだけ。
それで広がった見識について、そんな言われ方をされるのは癪に障るわ。
まあこちらも、新聞すら目を通さず、雇われた工場に毎日行き来を繰り返すだけ、と周囲にいる年かさの人を見下していたかもしれない。
年配の親族はそんな相入れないわたしにとんでもない縁談を運んできた。
顔を立てて一度は先方と会ってみましょう、と返事したのが運の尽き──
❇︎❇︎❇︎❇︎
「ふん、12時に店内と言ったのに。今が何時だかわかりますか?」
わからないわよ、時計は高価だから持ち歩いていないし。
待ち合わせ相手は銀細工の懐中時計をパチン、と閉じて得意そうに顎を上げる。
スラリとした猫に印象の似た男性だ。
瞳は薄い青で、髪もベージュに近い淡い色合い、綺麗な顔立ちだけど神経質そう。
わたしより一つ二つ年上っぽいかな。
「12時6分と32秒です。店舗の入り口からこの席まで39秒かかりましたのでその分は誤差範囲にしてあげましょう。つまり、あなたは5分53秒の遅刻です」
空いた口が塞がらない。
なんなのコイツ。
コイツと比べたら私の小賢しいとか生意気度合いなんてパン屑みたいなもんじゃない?
コイツ、フルコース並みに小賢しそうだし、生意気よ。
「親族から見合いの勧めを受けて、まずはあなたとお話してみようと思います。私は魔法特務部隊少尉。ライエル・ヨハンセン・ゼーン・イハトブ・パゴルマッダ・シクネス・アルバールモ・マコウネーフ・オンファ・ライリーと申します」
……なっが! 一体どこ呼べばいいのよその名前。
「親族がこぞって優れた者や美しいものの名をくれたのです。少々長いのですがお陰で私はこのように美しく優秀に育ちまして、感謝しております」
ああ、はいはいそーですか。
「俗人は一度で覚えませんので、私は特に優美かな、と思うヨハンセンで呼ばれることを好みます」
なら、ヨハンセンさん、と呼びかけようとしたわたしを、彼は手のジェスチャーまでつけて制止した。
「ですが、あなたにはその名を許しません。初対面で人となりもわからぬ方に我が名の一つも口にされたくない。家名と階級でお呼びください」
めんっどくさー!!
なら特に気に入ってる名前のくだりいらないでしょう!?
この、ライリー少尉なるものとの縁談のため食事をするなんて、食べ物に対する冒涜よ!!
「あの、ライリー少尉? 失礼かとは思うのですがわたし、やはりここでご遠慮させていただこうかと……」
「なりません」
「は、はあ?」
「あなたが遅れたので効率的に事を運ぶため、あなたの飲み物も注文しました。ほら、来ましたよ、どうぞおかけください」
なんて勝手なやつ。飲み物なんて好みに合わせて各自頼むべきものなのに、うかがいもせず頼んでいるなんて。
でも飲み物に罪はない。
わたしはモヤモヤしたまま、席にかけた。
届いた飲み物は、ごく薄青の茶器に、溶けたガーネットのような液体が満たされたものだった。
「……おいしい」
「この店を指定したのはこれが飲めるからです。店主が育てている、希少種の薔薇の実を乾燥させて抽出したローズヒップティー」
口の中を花の妖精が走り去って行ったみたい、酸味と花の香りに、カッカしていた心がほっとした。
あたたかくて美味しいものは人の心を落ち着ける。
「どうです、趣味が良いでしょう。感服しましたか」
あ、やっぱり無理、またイラっとしてきた。
せめてもの抗議としてお茶をずずっと啜って、わたしは少尉をにらんだ。
優雅な手つきで茶器を口元に当てていた彼は、わたしの目線に気がついたらしい。
「ああ、まだ名乗っていないと、この私相手にそんな無作法を働いてしまったと、自責の念に駆られていますね?」
駆られていません!
「ミルフィ・マッキアーガ。20歳、ヴェタリー書店の店員と把握しております」
把握されていた。
名乗る手順が省けたけど、なんだかいやだなあ。
「本日は日柄が良いし、あなたと歓談するように、紹介者から望まれております。さあ、私と朗らかに会話なさい」
すごい難題をふっかけられた。
どうやったらこの人と朗らかに話せるというの!?
縁談を持ってきた親族に怨念を飛ばしたい。
たぶん、この縁談はふだん遠慮せず彼らの緩怠を指摘したりするわたしへの意趣返しだ。
困っていたら、ライリー少尉はため息をひとつ落とした後、ローズヒップティーの原料であるバラについて話を始める。
どうやら薔薇の知識を披露したくてたまらないらしい。
味わっている飲み物の原料、それも薔薇の話なら、まぁ。
わたしはおとなしくお茶をいただきつつ、彼の蘊蓄に付き合った。
茶器の底が見えるようになっていくらか経った。
ライリー少尉も刻を過ごしたと考えたようで、手元の時計を確認している。
「思いがけず長居してしまいました。私はこの後に用事を控えておりますので、そろそろ」
椅子を下げて伝票を握り込んだライリー少尉、これで見合いのお茶は終了!
わたしの中の全わたしが喝采した。
薔薇の話はライリー少尉個人に絡まないから聞いていられたけど、いつ苛立たしくなるか気を揉んでもいたのだ。
これで相槌打つだけだったわたしをライリー少尉が断ってくれるか、じゃなきゃわたしから断れば生涯彼とはかかわらずに済む。
巻きついていたイバラを引きちぎるこの解放感。
上機嫌でわたしは別れの挨拶に移る。
「ええ、ええ、お時間をとらせてしまって。それでは……さようなら! ライエル・ヨハンセン・ゼーン・イハトブ・パゴルマッダ・シクネス・アルバールモ・マコウネーフ・オンファ・ライリー少尉」
別れ際に長ったらしいフルネームを呼んでやった。
どう? 一般人は一度じゃ覚えられないとかなんとか言ってたけど。
わたしは記憶力に自信あるの。
ライリー少尉は驚きに目をぱちくりとさせている。
最後に鼻をあかしてやったわ!
ああ、すっきりする。
わたしは席を立ったらもう振り返りもせず、下げたポシェットを弾ませて店外へ出た。
❇︎❇︎❇︎❇︎
忘れていたの。
変なお見合いで義理を果たすため、面倒くさい性格の少尉と会ったことなんて。
なのに、仕事先で大量入荷があって疲れて帰った夜、親戚から言付けが入っていた。
丸められた小さな羊皮紙の切れ端を開いて、例のお見合い話が続いていると知った。
なんでもライリー少尉はわたしのことを『はじめて話がはずんだ相手』と認識して、また会うことを望んでいるというのだ。
はずんだ? わたしほぼ何もしゃべってないんだけど。
しかも望まないでよ再会を!
わたしの方からは次はないですって返事入れといたはずなのにな。
翌日休みの時間を削りとって仲介の親族に会えば、とてもいい話だし先方がそれは歓喜して頼みこんでくるものだから、もう少し会って考えなさいって。
嫌に決まってるでしょう。
くってかかるわたしに、親族は爆弾級のご褒美について補足した。
長年読みたくて探している『ディアモストロ幻想記』、むこうはそれをわたしに渡す用意があるらしい。
奥歯を噛みしめずにはいられない。
悩んだのはちょっとの間。
「いいわ、受けてたとうじゃないの。行ってくる」
はじめまして!
なろうで連載するのは初めてで、何やら緊張しております
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