パリジェンヌは二度笑う
男の運転する車は海岸道に入った。助手席側には大海原が広がっていた。ガードレール一つ超えると、そこは断崖絶壁だった。
「うわ。落ちちゃいそうね」
助手席の女は絶壁を覗き込むように窓から外を覗き込んだ。
「このまま、落ちちゃったりしてね」
男はふざけた口調で言った。
「バカ」
そう言って女は微笑んだ。そんな彼女を横目で見て、男は鼻でふっと笑った。
「ねえ、私のこと大事にしてくれる?」
「もちろん」
「本当に?」
「本当に」
「絶対?」
「ああ、絶対だよ」
オウム返しのように男は女の問いかけに答えた。
「今日、言うことちゃんと考えてきてるの? 今日は二人にとって最高の記念日になるんだから、しっかりしてよ」
女は男の顔を覗き込むように訊いた。
「ちゃんと考えてきたよ。考えすぎて昨日はなかなか眠れなかったさ」
「あなたって緊張しいだから心配なのよね。お願いだから噛んだり、声裏返ったりしないでね」
「わかってるよ。気をつける」
「忘れ物ないわよね? ちゃんと持ってきてるわよね?」
「もちろんだよ。ちょっと大きめなのを買ってきた」
そう言うと男は後部座席を指差した。女はその指先の物を手に取った。
「ちょっと大きすぎるんじゃない? 普通のでよかったのに。これ高かったんじゃない?」
そう言って女は男の横顔を心配そうに眺めた。
「大勢の人が見るんだから、あんまり小さいと格好つかないだろ? それに今日は二人の記念日になるんだろう?」
男は女の目を見て微笑んだ。女は、ありがとうと言って微笑み返した。
「それにしても、なんであそこにしたの?」
「海の見えるところでって、何年も前から決めてたんだ。景色のいいところの方がいいだろ?」
「あなたって案外ロマンチストなのね」
そう言って女は窓の奥の海の景色を眺めた。しばらく車を走らせると目的の場所に着いた。車を車道に横付けにして、二人は建物の中へ入っていった。男は受付窓口の女に、大きめのバッグを渡した。二人は大勢の客に拳銃を向けてこう言った。
「全員、手を上げろ! 銀行強盗だ!!」
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