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#9.一目惚れ

「やっぱり彼女に全て話すべきではなかったかしら......」


「シーラ様は聡明な方ですからきっと大丈夫ですよ」


 一体何度このやりとりをアナと交わしただろう。自分の選択した答えが今になって間違いだったような気がしてならない。部屋の中を忙しなく歩き続ける(さき)に対してアナは何度でも優しく問いを返してくれる。


「お嬢様こちらへ」


 アナに促されるままベッドに腰掛ける。ふわりと鼻をくすぐる優しく甘い香りで目の前にホットミルクがでてきたことに気がついた。アナはいつの間にか飲み物を出してくれる。


 ホットミルクの滑らかな甘さが咲の不安を優しく包み込む。途端に一日中馬車に乗り続けた疲労が身体にのしかかってきたようで瞼が重くなった。カップをアナが受けとり優しく毛布をかけてくれた。食器を下げていくアナの後ろ姿を見ているうちに咲の意識は途切れた。


***********************


 時計は午後3時になる10分前を指しており陽の光はくっきりと部屋の中に影を作っている。寝不足の目に光が滲みる。窓から外の空気を吸うと少しは頭が晴れるような気がした。窓の外に見える渡り廊下を生徒である若い貴族たちが楽しそうに行ったり来たりしている。


 咲が眺めていると予鈴が鳴り静かになった。静まり返った渡り廊下をぽつりぽつりと歩くのはもう卒業間近の貴族であろうか。ぼーっと眺めていると通りがかった1人の娘と目があった。


 その瞳は南国の海よりも透き通った青さをしており、髪は優しい夜のような紺色をしていた。


「失礼!そこの貴方、お名前は?」


 自分の口から思わず飛び出た言葉に驚いているうちに、まるで童話に出てくる姫のように愛らしい娘は顔を赤らめて去ってしまった。


 きっと名前も名乗らず上から呼び付けたことに腹を立てたのだろう。無理もない。それでも呼び止めずにはいられなかった。


 鼓動が早鐘のように打ち、手が震える。今まで沢山の切ない恋をしてきたはずだがこんな気持ちは初めてだった。一眼見ただけでこんな気持ちになるなんて。


 昨日の事があったからか1人にしてくれているようでアナがすぐに部屋に来なくて良かった。まだ色々と問題があるというのにこの歳にもなって一目惚れしたなんて気づかれたくない。咲は赤くなったら顔を指で包み込みそのまま座り込んだ。


 可憐な少女の想いを馳せているとノックの音で現実に引き戻された。部屋に入ってきたアナからシーラが来ていると聞き慌てて身嗜みを整えた。


「急にお邪魔しちゃってごめんなさいね。その、私の気持ちを聞いていただいても良いかしら......」


 俯きながらそう告げるシーラを見て、可愛い女の子に一目惚れして浮かれ上がってしまった自分が恥ずかしくなる。いつの間にか退出してくれているアナの気配りが、大人である自分を情けなくする。


「咲様、もし良かったら私......貴方とも友達になれたらと思っていますの。ほら! 咲さんはこちらの世界のことに詳しくないようですし、私なら役に立てるかと思って......ダメ......でしょうか......?」


 矢継ぎ早に言葉を並べるシーラは、どこか覚悟を決めた顔をしている。彼女の言葉に咲は言葉が詰まった。もう会ってすらもらえないであろう彼女からの申し出は、簡単には飲み込めなかった。


「私は親友のフリをして貴方を騙して、全くの別人だと言うのに......?」


「そんなの貴方はそうするしかなかったじゃない! ねぇ、貴方はエラと繋がる大切な人なのですよね......なら私にとっても大切な人ですわ! 違いませんこと......?」


 優しく微笑んでくれるシーラに心が熱くなる。泣きそうになるのを堪えながらシーラに抱きついた。


「ありがとう......! シーラ!! あなたと友人になれるなんてとても嬉しい......!」


「こちらこそよろしくお願いしますわ、咲様!」


 2人で泣きながら喜んでいるとアナとリリアが紅茶とお菓子を持ってきてくれて新しい友情を祝してパーティーが始まった。


「ね! エラは好きな方はいらっしゃらないの?」


「......っ!?! っぐふんっふっ!!」


 4人で好きな食べ物や流行りのドレスの話等をしていたところに急にシーラが話題を変えるものだから思わず変なところに紅茶が入ってしまった。何も知らないリリアを気遣ってシーラは前と同じようにエラと呼んでくれる。複雑な心境だろうに気にしないでと笑ってくれる彼女は一体人生何周目なのだろう。


「あ、あの......それは......まだいませんですってわよ......」


「お嬢様、動揺しすぎて言葉遣いが変になっておりますよ」


 アナからの指摘で口籠る。どうやら失敗したらしい。シーラもリリアも目を輝かせてこちらを見ている。


「わ、私よりもシーラはどうなんですの......!」


 顔を赤らめながら話題をシーラの恋愛に移そうとするとなぜかリリアが目をさらに輝かせて話し始めた。確実に上手くいかないと思っていたがリリアが食いついてくれてよかった。


「それがカール様はそれはもうシーラ様にベタ惚れなんですよー!!! 婚約するまで毎日シーラ様へ恋文と贈り物が届いていますし、婚約してからも毎日訓練の後はお会いに来られるのですよ!」


 何故かリリアが誇らしげに胸を張っている。どうやらシーラがとても愛されている事が嬉しいらしい。


「そうなの、カール様はどんな方なの?」


「カール様は王国騎士団の団長なのです! 剣もとてもお強いのですが、お顔とお声はとても優しいのです。それはもう沢山の御令嬢からご婚約の打診があったのですが、脇目も降らずシーラ様に求婚をし続け、見事射止めたのです!」


 エラの婚約相手だったレオナルドには!カール様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたい気持ちになる。


 如何にカールがシーラを愛しているか、婚約者として素晴らしいかを語るリリアを、シーラは困ったように笑いながら見つめている。


「本当に、私にはもったいないようなお方なの......」


 そう言って笑う彼女がなんだか寂しそうに見えるのはその横ではしゃぐリリアと対照的だからだろうか。


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