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#8.シーラの決意

「私は本当の名前は(さき)。貴方の知っているエラではないの」


 エラであった人物から発せられた言葉が、私の頭の中でずっと鳴り響いている。


***********************


 実家に急用で帰ったはずのエラが倒れたと聞いてから、夜も寝られなかった。学内で広まっている噂では、レオナルド様から婚約解消をされたという。そんなはずは無い、何故ならエラは私が出会った中で一番の淑女そのものだったのだから。彼女以外にこの国のトップに相応しい人はいない。


 彼女が戻ってくる事は有り得なかったが、それでもいつかあの大きな門が開いて、綺麗な鈴蘭の模様が彫られた馬車が入ってくるような気がして目が離せなかった。正直何年も経ったような気がしたある日、夕陽に照らされて入ってきた馬車に銀色の鈴蘭の模様を見つけた時は幻かと思った。


 急いで部屋を飛び出して彼女の部屋に行くがそこに姿はなく、ただ少し埃が舞い上がり夕日を受けてキラキラと漂っているだけだった。やはり彼女はここには居ない、高揚していた心が沈み脚の力が抜け床に腰をつく。淑女としてすぐに立ち上がらなければならないのはわかってはいたが、もう全てがどうでもよかった。


「シ、シーラお嬢様! あの、多分先に受付に行かれたのではないかとっ!! なのでここでお待ちいた──」


 部屋を飛び出したシーラを心配して追いかけてきたメイドが口にした言葉で、シーラは話を最後まで聞く前に駆け出した。まだ希望はある。ただそれだけのために使用人が集まる受付に飛び込んだ。息を切らして飛び込んできたシーラを見て何人かの若いメイドはどよめき、老年のメイドは少し眉を動かしたがすぐに自分の作業に戻った。


 部屋の中を見渡すが、あの星のような髪は見当たらない。またしても心が沈みそうになったところで、見慣れた(からす)色の髪を綺麗に纏めて眼鏡をかけたメイドが目についた。それは紛れもなくエラのメイドであるアナだった。


 アナは基本的にメイドしか来ることのない場所にシーラが居ることに少し驚きはしたようだが、すぐに事情を察したのか綺麗なお辞儀をし挨拶をしてきた。周りを見渡し皆が通常作業をはじめいつもの喧噪が戻ると、少し近づき声を落とす。


「お久しぶりです、シーラ様。今まで何もお伝え出来ずに申し訳ありませんでした。大体の経緯は噂で耳にしたと存じますが......実はレオナルド殿下から婚約破棄を申し渡されてしまいまして、そのショックからエラ様は倒れられてしまったのです......」


 アナから彼女の名前を聞いた途端、胸が震えた。帰ってきたのだこの場所に。しかし倒れたと聞いて自分の血の気が引いた音を聞いた気がする。目の前にいるアナが自分の表情をみて、青ざめたのがわかった。


「体調の方はもう大分戻られましたので、ご心配はいりませんよシーラ様......! ただ、親しくしていただいていたシーラ様は特にお辛いと思うのですが......エラ様は今、記憶を無くされているのです......」


 悲痛な面持ちでエラについて語るアナの言葉に、息が詰まる。慌てて元来た道を戻るがもしまた居なかったら、もう一生彼女に会えないのではないかそんな考えが浮かんでは消え、心を掻き乱す。


 冷たい真鍮(しんちゅう)のドアノブを握りしめ、扉を開ける。さっきまでの静まり返った部屋とは違い、夕日を受けて燃えるような赤色に染まった銀髪の娘が1人たっていた。こちらを見つめる、夕日が消え夜との狭間のような紫色の瞳。待ち焦がれた彼女の姿に、シーラは思わず駆け寄り抱きついた。


***********************


 最初は少し違和感を感じただけだった。その違和感も記憶喪失のせいだろうと考えないようにしていたのだが、彼女から告げられた真実を踏まえると、やはり私の考えは当たっていたのだろう。


 帰ってきてからの彼女の瞳から伝わってこなかったのだ。彼女の瞳から無くなってわかった、あれは紛れもなく愛だったのだ。いや、分からなかったのではない。きっとこれは今まで彼女の想いを見えないふりしてきた罰なのだろう。


 私を愛してくれたエラは、もういない。


 私を追いかけるあの優しい瞳も、私の話を聞く時の全ての言葉が大切だと言わんばかりに輝く瞳も、一緒に庭を歩いている時の、あの熱を帯びた瞳も全て私が手放したのだ。


 私も彼女を愛していたが、彼女は既にこの国の王太子殿下と婚約を決められておりこの国の王妃となる娘で、一介の貴族の娘が手を伸ばしていいような存在ではなかった。私はそっと自分の胸にエラへの感情を仕舞い込み、良き友人であるように努めた。


 きっとあの日、やっと自分の使命から逃れられた彼女は私へ想いを伝えに来ようと思っていたのだろう。でも現実は残酷で、上手くいかなくて。既に私は騎士団長のカールと婚約を決め、彼女への想いを隠すような手紙を送りつけたのだ。


 もしも婚約を破棄されなければ、いや寧ろ婚約などなければ、あの時手紙など出さなければ未来は違ったのかもしれない。でも、もう過去は変えられない。エラは私の側を離れ、自分の幸せを掴みに行ってしまった。エラは私の気持ちは知らないままだろう、この気持ちは絶対に誰にも知られてはならない。


「今のエラ......いえ、咲は絶対に幸せにしてみせる......」


 ゆっくりと決意を口にしたシーラは、エラから貰った今までの手紙にそっと口づけをし、仕舞い込んだ。部屋に戻ってからより強くなった陽の光を受け、シーラの瞳は決意に燃えていた。

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