#7.シーラへの告白
お風呂から上がった由愛が最初に目にしたのは、机に突っ伏して倒れている咲だ。咲は同じ歳だというのに大人っぽく頼りになるが、なにか不安な事などがあると決まってビールを飲みながら酔い潰れてしまう。
いつもの事かと半ば呆れながらタオルドライもそこそこに、咲を起しにかかる。髪から水滴が垂れ、咲の顔に雫を落とす。
「咲ー、机で寝るのやめなよー! 風邪ひいちゃいますよー!」
いつものように戯けながら肩を叩けば、ふにゃふにゃと言いながら可愛い顔で甘えてくるはずで、全く反応がない咲に今日は特に呑んだのだなぁと顔を覗き込む。
「ねーえー、大丈夫ー?」
まるで人形のように青白い顔をした咲はピクリとも動かない。先ほどから由愛の髪からポタポタと垂れた雫が咲を濡らしているのに、拭うそぶりも見せない。少し強めに揺すると、力の抜けきっていた咲の体がぐらりと揺れる。いつもと違う様子にようやく気づいた由愛は咲を抱き起こす。
「......咲! 咲!! 目を開けて! ......もしもし、すみません救急車を──!」
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咲とアナはなんとか違う世界のエラと連絡を取れないか方法を探す事になった。ただ異世界に行ける魔術など簡単に載っているわけでもない上に、どの文献を漁るかも分からず難航していた。
「とりあえずエラ様の持っていた本を読んでみたけど中々見つからないわね......」
アナが淹れてくれた紅茶を飲みながら一息をついていた咲は眉間を押さえる。咲が異世界に来た時の事を話してくれたおかげかエラが学んできた事、身体に覚えさせた礼儀作法などは思い出したが小さな文字で別の世界の文化を追っていくというのは結構疲れた。
「まだこちらにきてお嬢様もお疲れでしょうに、手伝ってくださりありがとうございます」
「私だって心配だもの、アナもありがとうね」
私たちは2人で話し合い誰に聞かれてもいいようお嬢様、アナと呼び合う事に決めた。お嬢様と言われるのは断ったのだが、咲の名前を使うわけにもいかず結局お嬢様で手を打つ事になった。
2人で部屋にある本を調べていると、程なくしてノックの音共にシーラが現れた。シーラの後ろから真夏の夕陽のようなオレンジの豊かな髪をツインテールにし、三日月のように目を細めニコニコとした口から八重歯を覗かせたメイドが食事を乗せたワゴンと共に入ってきた。
「普段は食堂で食事を取る事になっているのだけど、エラは今他の人に会うと大変そうですし、夕食を部屋でとろうと思うのだけどいいかしら?」
「まあ! もうそんな時間!? 私ったらごめんなさい、夢中になっちゃって......」
本を探しているうちに、時計の指している時刻はとっくに夕食の時間を過ぎていた。慌てる咲に、シーラは優しく笑いかける。
「そんなにお気になさらないで、色々あって大変なのはわかってますわ。それよりも、忙しいのに一緒に夕食をとっていただけて嬉しいですわ」
シーラと会話している間に、ワゴンを運んできたメイドとアナがすぐさま空いているテーブルに夕食の準備をしてくれた。テーブルにはローストチキンのサンドイッチに琥珀色に輝いたコンソメスープ、紅茶が並んでいる。
本を探すのに夢中で気づいていなかったが美味しそうな夕食を前に胃が空腹を思い出したようで叫び出した。
シーラと共に食事を済ませて食後の紅茶をメイドに淹れてもらった。次はこの学校の図書室でも調べようかと考えながら紅茶を一口飲んだ咲は眉を顰めた。良い茶葉を使ってあることはわかるのだが問題は淹れる時間なのだろう。いつもアナが淹れてくれる紅茶とは違ってあまりにも渋い......。
「ごめんなさい、エラっ......! ふふっ、違うの!いえ、違わないのですけれどエラの顔が可愛くてっ......!」
紅茶を一口飲んでから眉を顰めて固まるエラを見てシーラは笑いを堪えきれていない。
「本当にごめんなさい、ちょっとうちの新人メイドはまだ紅茶を淹れるのがすごく苦手でして......私は慣れちゃったので注意するのを忘れていましたわ」
尚も笑いながら謝ってくるシーラの隣で、今回は地震あったのにー! っとツインテールを振り乱してメイドが落胆している。その光景に思わず咲も笑ってしまう。
「そういえばエラは会うの初めてよね、私の専属メイドのリリアですわ。私の専属メイドは中々決まらなかったでしょ? それで私が婚約した時に嫁ぎ先に付いてきてくれるメイドがいなくて、若くて優秀なリリアが選ばれたんですの。ただ、紅茶を淹れるのが少し苦手でして......お掃除は得意なんですけれども」
紹介されてリリアは綺麗なお辞儀をして見せた。流石パティンソン家のメイドに選ばれるだけはある。紅茶を入れるのは下手だと言いながらも、シーラは歳の近いメイドが付いて嬉しそうだ。
「パティンソン家のメイドの方々は優秀で、新しい方を中々雇われないと評判でいらっしゃいますからね」
アナが優秀だと認めるのだからきっとリリアもとても優秀に違いないのだが、ニコニコと憎めない笑顔で愛想を振りまいているリリアからはそんなオーラは感じられなかった。
4人で楽しく談笑した後、アナが目配せをしてきた。シーラにそろそろ伝えるべきだという事だろう。小さく深呼吸をし、シーラに声をかけようとすると何を話したいか伝わったのかリリアに声をかけた。
「ごめんなさい、リリア。少しエラと2人で話したいからアナと一緒に外していただけるかしら?」
「いきましょうリリアさん。美味しいクッキーをエラ様から分けていただきましたので私たちも休憩するのはどうですか? 紅茶をお淹れしますよ」
アナからの提案で思いがけない甘味に喜びリリアはアナを引っ張って出て行ってしまった。アナにバリーからもらったクッキーを少し渡しておいてよかった。食後のティータイムの間、リリアはバリーからもらったクッキーに目が釘付けだったので、クッキーを使えば違和感なく部屋から退出してもらえるかと期待していたが、予想以上の効果があったようだ。
2人が出て行って部屋には静かな緊張感が訪れた。目の前に座るシーラの不安げな表情が、テーブルランプの光で揺れる。
「まずは、貴方に謝らなければいけない事があるの......」
シーラの真剣な眼差しに、全てを暴かれたような気持ちになり目線が落ちる。言葉は決まっているのに喉でつっかえて口の中で泡のように消えていく。それでも自分で決めた事だ。一度ゆっくりと瞬きをすると咲はシーラの目を見据え、彼女に全てを語り始めた。話が終わりシーラが自室に戻ったのは空から夜が剥がされて朝日が部屋を突き刺すような頃だった。