#18.若き日のレオナルド
「聞きましたか、コーネリウス様のご活躍を──」
「聞きましたとも! いやぁ、戦の授業で殿下の示した戦術は実に素晴らしかった......! 齢6歳にしてあの閃きとは将来が実に楽しみですな」
「しかも戦略だけではなく勉学も優れているときている! 春に出したあの詩は大人顔負けでしたからな」
剣の稽古に疲れ、王宮のひんやりとした壁にもたれかかり休んでいたレオナルドは、噂話をする貴族たちの口から出た第二王子の名に思わず息を潜めた。
「天は二物を与えずと言いますが、彼はまさしく次期王たる器ですな」
「いやぁ、本当に。惜しむらくは彼が産まれるのがもう少し早ければ......」
「しっ......! 誰かに聞かれるやもしれませんぞ! 滅多なことは言いますな。一応、第一継承権はレオナルド殿下でありますからな......」
その言葉にレオナルドは身をかがめ小さくなる。周りに誰もいないと判断したのか貴族達のピリッとした雰囲気も消え、また談笑に戻った。
「たしかに、まぁレオナルド殿下も頑張っていらっしゃいますが......王である方が剣だけではなんとも」
「剣の腕は良いのですがねぇ、司令官としてはちょっと──」
無意識に剣を持つ手に力が入った。大人は皆勝手な事を言う。王になるため頑張ってきた自分よりも、皆、後から生まれたコーネリウスを褒めちぎる。
いつの間にかいなくなったのか、貴族達の声は聞こえなくなり、あたりは静かさに包まれていた。
「ここに居ましたか。兄上、早く行きましょう! 今から僕の誕生日パーティーがあるのですから!」
パッと顔を上げると、短髪の赤髪に人の良さそうな柔らかなグリーンの瞳を細めて、屈託のない笑顔の弟がいた。自分に向かって柔らかで小さな手を差し出している。
「あ、あぁ、すまない。すぐ行こう」
まだ幼さの残るコーネリウスの手を握ると、2人で王宮の中へ戻った。第一王子派と第二王子派で勝手に分かれる世間とは違い2人の兄弟の仲は比較的良好であった。
兄を敬愛し支えようとする弟と、歳の近い弟が可愛くてどこにでも連れて行く兄。2人の中ではレオナルドが王になり、コーネリウスが側で支え2人でこの国を治めようとよく語り合っていた。
「兄上、知っていますか!? 今日は新しく僕と同じ歳の女の子が、初めてパーティーに参加するんだって!」
ニコニコと友達になれるかなと笑っている弟は、純粋で可愛かった。だが、2年も先に王宮に居れば嫌というほど内情がわかってくる。
貴族達は王子である自分達の誕生日にお祝いの言葉をかけに来るというのが建前で、実際は自分の子供達をぜひ婚約相手にと紹介したいのだ。
6歳になったばかりの弟と、その隣にいる自分の元に貴族たちが列をなして挨拶してきた。
「本日は、コーネリウス殿下のお祝いの席にご招待頂き誠に有難うございます。......おお、そうでした。こちらはうちの愛娘のフローレンスと申しまして、親の贔屓目なしにも随分と可愛らしい顔を──」
同じような台詞、同じような着飾った娘。どの親子もギラギラとこちらを値踏みするような目で見てくる。毎年こんな目に合わないといけない事を考えると憂鬱になる。
「──すまん。ちょっと席を外すぞ」
「ええっ! 兄上、僕も......」
「お前は今日の主役だろう。主役がいなくてゲストは誰に挨拶するんだ? お前のビッキーか?」
たしかにそうだねとコーネリウスは、レオナルドの言葉にクスクス笑う。ビッキーとは、コーネリウスのお気に入りの馬のぬいぐるみだ。流石に6歳になったので連れ回してはいないが、つい最近までどこに行くにもビッキーを連れてきていた。
弟の髪をクシャッと撫でると、レオナルドは席を後にした。隣にいた乳母に髪が乱れると睨まれたが、お構いなしに出て行った。
ガーデンパーティーだというのに、何故か息苦しい。人に見つかるとまた同じような事が始まってしまうので、少し離れた茂みに隠れた。
柔らかな土の上に座ると、青々とした草の匂いを鼻いっぱいに吸い込み大きく息を吐く。嫌な気分が晴れ渡った気持ちがして気分が良くなった。
「なぁ、知ってるか。今日はハインド家の娘も来るらしいぞ」
「あぁ、あの。なんでも陽の光で溶けてしまいそうな白い肌と星のようなホワイトブロンドに、アメジストのように輝く瞳だとか。話を盛りすぎじゃないか?」
「いや、それがそうでもない。しかも頭も切れるという事で、コーネリウス派の大臣達は是非婚約者にと推しているらしい」
「なんと! じゃあその娘を婚約者にした方が、王への道へ一歩先手を打つことになりそうだな」
貴族達はそのまま通り過ぎていったが、レオナルドは立ち上がれないでいた。心臓が早鐘のようにうち、呼吸が深く吸えない。
「ハインド家の娘......」
そいつさえ手に入れれば、自分が王になる事に誰も文句を言わなくなる。まだ幼いレオナルドには、彼ら貴族の言葉に疑いの余地はなかった。絶対にコーネリウスより先に婚約を申し込まなければ。
レオナルドは急いで立ち上がり、土を払った。彼が会場に戻るとまだ貴族達がコーネリウスに挨拶を続けている。何事もなかったように席に戻り、コーネリウスに耳打ちをする。
「なぁ、俺が席を外している間にハインド家が来なかったか? 白い髪に紫の目をした娘が居るはずなんだが......」
「兄上のお友達ですか? ハインド家......そのような名前の方はまだいらしていないような気がするのですが──」
コーネリウスが答える前にわかった。その少女が現れた瞬間、周りの者が皆息を呑んで見つめているからだ。
柔らかなホワイトブロンドが太陽の光でギラギラと輝き、大きな瞳は心細くなるような深い紫色だった。吸い込まれてしまいそうな瞳に、肌が泡立つのを感じた。
「わあぁ、まるで妖精さんみたい......」
ギョッとして隣を見ると、コーネリウスはハインド家の娘に見惚れている。目を潤ませ、その頬は桃のようにふんわりと紅く染まっていた。
「──ご紹介が遅れました。こちら私の愛娘であるエラ・ハインドと申します」
いつの間にか挨拶は始まっており、エラは父親に促されずとも綺麗なカーテシーを見せつけた。
「ご紹介に預かりました、エラ・ハインドと申します。殿下にお会いできた事、心より嬉しく思います」
まるで大人のようにすらすらと挨拶を済ませる。惚けたようなコーネリウスに見つめられているが、いつもと変わらないとでもいうように気にも止めていない。
こいつらは違う。他の貴族のように娘を持ち上げる事も、自分を売り込む事もせずに立ち去ろうとしている。
「エラ・ハインド嬢」
立ち去ろうとするエラに声をかけると、皆がこちらを見た。立ち止まったエラの手を取ると、その甲に唇を落とし微笑む。
「僕と婚約していただけないでしょうか?」
後は覚えていない。気がついたらそのままエラとの婚約が決まっていた。ただ彼女に求婚した時に見えた周りがどよめき、振り返った時に見えた弟の顔が青ざめていたのだけを覚えている。




