↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/30

#16.咲の告白

 突然哀しい表情をするエラ様の事がよくわからなかった。訳もわからず手を伸ばすが、哀しい表情のまま首をふり後退りされる。先ほどまでとは打って変わって静寂がシャロン達のもとに訪れた。

 

 時折中から両親達の楽しそうな声が聞こえ、私たちも幸せの中にいた事を思い出させるが、シャロンの心は泡立ったままだ。親同士の仲もこれ以上ないほど申し分ない。何が彼女の顔をそんなに曇らせるのだろうか。


「一体どうされたと言うのですか......?」


 静まらない胸の鼓動のせいか、声が上ずる。エラ様は口を開けばもうこの瞬間は消え去ってしまうとでもいうように、整った下唇を噛んで苦しそうな表情をしている。エラ様は俯き目を固く閉じたまま声を絞り出した。


「わ、私は貴方の憧れたエラではないの...」


 消えてしまいそうなほど微かな声なのに、耳がしっかりと拾ってしまうのはやはり私にとってエラ様が特別だからだろうか。そのままこちらを一度も見ることもなくエラ様は今の境遇を語ってくださった。


 ***********************


 私は咲なのだから、この幸せを味わっていいはずがない。ここに居るべき人間はただ1人、それは残念ながら私ではない。


 全てを話し終えるとシャロンは、顔を強張せたまま俯いた。無理もない、憧れの女性とやっと一緒になれたと思ったのに、別人が成り代わっていたなんて許されるはずがない。肩を震わせる彼女を抱きとめようと手が伸びてしまったが、思い直し手を止める。私には彼女を抱きしめる資格も、慰める権利もないのだから。


「わ、私がエラ様だから、その御姿だから惹かれていると......そう、仰りたいんですの?」


 怒りの滲んだシャロンの震える声に心が締め付けられる。顔を上げた彼女は瞳から大粒の涙を流していたが、気にも留めていなかった。


「私がこの数日間愛を囁いたのは、どなたですか......?」


「私ですわ......」


「私と共に愛を誓い合い、口付けを交わしたのは......どなたですか......!」


「私......ですわ」


 背筋を伸ばし、凛とした佇まいの彼女は柔らかく儚さのある彼女とは別人のようだ。


「確かに私はエラ様の御姿がお美しいとも思いますし、咲様と出会う前から敬愛しておりました。しかしそれは聖母を敬愛する事となんら変わりません。──私が本当に恋に落ちたのは貴方だと言うのにっ......!」


 シャロンは辛そうな顔をして思いの丈をぶつけてくる。彼女の瞳は私だけを見つめていた。綺麗な景色も、談笑する声も、全て置き去りにしてただひたすら私の事だけを。そして、それは今だけのことではなく、出会ってからずっとだったのだ。


「私は話を聞いて、恋に落ちた瞬間が咲様と同じ瞬間であったことが嬉しかったですわ! なのに、何故咲様は私を拒絶するのですか......? 私と共に愛を育んで頂いたのはただお1人なのですよ......」


 シャロンは咲の手を掴むと強引に顔を引き寄せ、口付けをした。ふわりと漂う香りは彼女のもので、この柔らかさも熱もあの日あの東屋で感じたものと同じだった。


「貴方が美しい姫の皮を被った醜い老婆というのなら、その秘密も含めて全て背負い、醜い老婆と共に生きる王子になりましょう......」


 息を継ぐ間にそっと囁いたシャロンは、咲の返事も聞かずにその柔らかな唇で全てを塞いだ。長い長い口付けを終えると、まるで今まで見たことのない妖艶な笑みを浮かべ囁いた。


「それで、咲様は醜い老婆のために美しい姫を殺すことも厭わない王子ではご不満でいらして......?」


「い、いいえ......」


 咲の返事を聞くとシャロンはフッと笑みを浮かべた後、いつもの純粋無垢な笑顔に戻った。咲はと言うと、シャロンに受け入れてもらえるかどうかと言う話だったはずなのに、それ以前に自分へのシャロンの熱い想いに最早溶ける寸前だった。


「......私も咲様に1つ隠していた事があるのです」


 にっこりと微笑んだまま打ち明けられた秘密に、咲はただただこの風に吹かれたら飛んでしまいそうなほど儚いシャロンが、案外強かな理由を見つけたのだ。


 ***********************


 翌日、通常であれば和やかに進むはずの両家顔合わせで打ち明けられた若い2人の秘密に両親達は難しい顔をしていた。特にあんなにも可愛がっていた娘が入れ替わってしまっているという衝撃の告白に、ジェイコブ夫妻はあまり驚いていないようだった。その事に違和感を感じていた咲は表情に出てしまっていたようで、イザベラが優しく理由を教えてくれた。


「実は、私も母からその秘術について伝えられていたのです。私はジェイコブと婚約できたので使う事はありませんでしたが......あの日エラがあの秘術を使ったのではないかと薄々感じてはいたんです。ですが、私も実際に使った事はなかったのでどのように魂が入れ替わるのかわかりませんでしたし、記憶喪失なだけなのか見分けがつかず結果貴方を沢山悩ませてしまって本当にすみません......」


 イザベラは窓から見える遠くまで広がる青い空を見つめながら、少し寂しそうな顔をした。そんな彼女の手を黙ってジェイコブが握りしめる。


「エラはここから出ることで、やっと自由になれたのだろう。婚約がなくなり彼女をここに縛り付けていたものがなくなったのだからね。この国は彼女にとって鳥籠でしかなかった......だから、君がシャロン嬢と結婚を決めたのは本当に良かったんじゃないかな......ここに居れば君もまた王家とのいざこざに巻き込まれるかもしれん」


 ジェイコブの言葉にシャロンは口を開く。


「では、咲さんを我が領地で預からせていただくことに同意していただいたという事でよろしいのでしょうか?」


 顔を見合わせゆっくりと頷くジェイコブ夫妻に、シャロンはフッと力が抜けたようで応接室の椅子に埋もれた。


「良かった......本当に......」


 そう呟きながらも彼女は決して咲の手を離そうとはしなかった。何があっても咲を連れて行くとでも言うように。シャロンの硬く握りしめる手の上に、そっと自分の手を重ね優しく撫でる。不安そうなシャロンは、嬉しそうに顔を綻ばせる。そんな2人を見て、ジェイコブとアーノルドは婚約の誓いに互いに握手をした。


 別室で待たせてあった神官を呼ぶと、朝早くから呼んでいたせいでふわふわと眠そうな顔をしていたが、しっかりと書状を書き上げてくれた。


「はい、これにより婚約は正式に受領されました。お二人さんともおめでとう」


 ニコニコと微笑むと老年の神官は馬車でゆっくりと帰っていった。街から吹いてくる風が楽しそうな音楽を運び、眼を閉じると幸せそうな若い2人の顔が目に浮かぶ。そのまま神官は、幸せそうに眠りついたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。