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#1.王子様に憧れて

 憧れるのはいつも王子様だった。何故なら物語の最後、可愛いお姫様を独り占めできるのは決まって王子様だったから。


(さき)ー、これやってみてよー! 出てくるキャラがほんっとマジで作画神だから」


 そう言って親友の由愛(ゆあ)が押し付けてきたのは、ヒロインの女の子として周りの王子様や貴族と恋をするゲーム、所謂(いわゆる)乙女ゲーというものだ。


「でも私男には興味ないしなー」


「二次元の男は別だって!!! どのキャラも顔が良いんだけどほんっとに......あ、(ちな)みに私の推しはレオナルド様なんだけどすっごくイケメンで! でもルートも豊富でさ! 最近発見された隠しエンディングなんだけど──」


「良いからさっさとお風呂入ってきてよ! 先入っちゃうよ!」


 そう言いながら私は強引に由愛をリビングから追い出した。


 由愛と私はルームシェアをしている。2LDK、風呂トイレ別駅近、そんな物件は大抵家賃が高い。なので2人で仲良くルームシェアというわけだ。お互い高校からの付き合いだが妙に馬が合い、住みたいところも近いしということで今に至っている。


 由愛が置いていったゲームを覗いてみると、ゲームのパッケージに大きく華やかな装飾で縁取られたタイトルは『ずっきゅん♡これが私の初恋メモリー』と見ているこっちが恥ずかしくなる。パッケージの絵には沢山のイケメン達の後ろで、ヒロインの女の子であろうシルエットが悩ましげに指を組んでいる姿が描かれている。


「どちらかと言うとヒロインの方に興味あるけどな......」


 呟いた所で由愛はお風呂に行ってしまったので、誰かが返答するわけでもない。由愛には自分が女性にしか興味がないことは伝えてある。自分の事を理解してくれている友達との生活は心地良い。だが、こんな生活が続かない事は分かっている。きっと由愛はそう遠くない未来彼氏ができて、この生活も終わってしまうのだろう。


「いっそ......違う世界で生きていけたら......」


 寂しさが増す夜はよく同じ事を考えてしまう。考えたくない事をビールと一緒に呑み込むが、ぬるくなったビールはいつもより苦い味がした。いつもより頭が重い、酔いがまわるのが早いような気がする。目の前がぐるぐるとまわる......。


 *************************


「エラ様、エラ様がお目覚めに!!! 旦那様にご報告を!!」


「かしこまりました!!」


 慌ただしく人が走り去る音と共に、重い瞼の向こうで知らない人が呼ぶ声が聞こえる。頭が痛い。瞼の隙間から、かろうじて薄らと見えたその部屋に由愛は見当たらない。


「由愛......」


 そう呟くとまた世界が回り始め、意識が途絶えた。


「エラ様......大丈夫ですか?」


 再び目を覚ますと、黒い髪を綺麗に後ろで括り、綺麗にメイドの服を着こなしている自分より少し歳上くらいの女性が、心配そうに眼鏡の向こうからこちらを覗き込んでいる。ひどく痛む頭は、霧がかかったように晴れない。


「あ、あなたは......? というかここは......?」


 咲の言葉にメイドはスッと青ざめ、小走りで部屋を出ていってしまった。ベッドにべったりと張り付いた様に重い身体を起こし部屋の中を見渡すと、そこは明らかに自分達の払っている家賃では到底住めない様な部屋だった。

 部屋の壁紙はクリーム色だがよく見ると繊細な模様が描かれているし、部屋に敷かれた絨毯は目の詰まった高級なものだ。家具など所々金で縁取られている。まさか本物の金ではないだろうが、この部屋にあると本物なのではないかと疑ってしまう。


 明らかに自分の部屋でも病室でもない異質な部屋を見渡していると、遠くから慌てたような足音が近づいてきた。部屋に近づいてきたと思うと同時に、豪華で重そうな扉が勢いよく開いた。現れたのは先程のメイドよりも背が高く、豊かなアッシュゴールドの髪を撫で付け優しい目をした男性だった。まるでハリウッド映画から飛び出してきたように顔の整った男性に驚き、ぼーっと見つめている咲を見るなり、男性は目尻に涙をためながら息ができなくなるほど抱きしめてきた。


「あぁ、すまない! 私の愛しいエラ。あんな男と私が婚約させたせいでっ......本当にすまないっ......!」


「や、やめてくださいっ......! 離してくださいっ!! 誰か助けてっ......!」


 突然知らない外国人に抱きつかれ、動揺しながら腕で押し返そうとするが、何故だかいつもより身体に力が入らないのかびくともしない。やはり外国の人は身体が大きい......普段なら私より体格の良い男性に会うこともそう多くないというのに......。


「旦那様お止めくださいっ!! エラ様はまだ混乱されております!!!」


 余りにも拒絶する私に、メイドが助け舟をだしてくれた。メイドに引き剥がされると男性は、榛色(はしばみいろ)の優しい瞳から溢れる涙を指でそっと拭いながらすまないと謝っている。


「いえ、失礼致しました。出過ぎた真似をお許しください。しかし、エラ様はどうやら昨晩の事が余程ショックだったご様子で......」


「全て忘れてしまうほど心を痛めてしまったのか......本当にすまない事をしたよエラ」


 尚も自分に謝ってくる男性にどうして良いかわからない。知らない場所で急に知らない男性に泣きつかれ謝られている。


「あの、どうして私はここに? それに何故私の事をエラとよぶのでしょうか」


 その言葉にまたメイド共に涙を落とし、ハンカチで涙を拭いつつ、男性はゆっくりと説明してくれた。


「取り乱してすまない。君の名前はエラ・ハインド。我がハインド家の可愛い1人娘だよ。そして私は本家ハインド公爵家当主のジェイコブ・ハインド。君の父親になるかな......」


 寂しげな表情の男性は、一呼吸置くとメイドと目を見合わせる。


「エラ......いや、君は......昨晩とても......あー、ショックな出来事があってどうやら記憶喪失になって......」


「違います!! 私は......」

 

 先程よりも強くなる頭の痛みに(こら)えながら、何故だか全く似てもいない自分の親だと急に名乗り出した男性に、人違いだと伝えるために口を開いた。が、男性のすぐ後ろにある鏡に映った人間に目が釘付けになり、動けない。


 彼とメイドの後ろ姿と共に映る人物は、小さな顔が柔らかなホワイトブロンドで縁取られ、透き通るような肌。長いまつ毛から見えるのは、(こぼ)れんばかりの大きさでアメジストの様な深い紫の瞳。恐怖と不安が浮かんだ宝石の様な瞳を持った少女。


 21歳のOL咲はこの世界にはいなかった。


 あまりの出来事に息を呑むと、頭に一際(するど)い痛みが走り頭の中の霧が濃くなる。そして、私はまた意識を失った。

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