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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

靴よりずれて 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ふう、ふう……よーし、今日の分のウォーキング終わり、と。

 どうも病み上がりだと、歩くのがしんどく感じられないか? それもそのはず、歩く動作って、身体のいろいろな部位を使っているからな。

 足の振り上げ、前への踏みだし、姿勢の維持に、腕の振り……これらすべての動作は、身体の7、8割ほどの筋肉を使って行われている。

 健康な時は、さほど気にならないだろうが、身体のコンディションが整っていないときは一大事だ。あちらこちらに痛みが走り、だるさもあふれて、億劫の二文字による占拠が始まる。


 しかし、これだけのきついこと。どうやらその見返りを得る連中も多いようでな。

 俺の聞いた、妙な話なんだが耳に入れてみないか?



 俺のいとこの話になる。

 いとこは自宅から高校まで通うのに、徒歩で片道一時間ほどの道を行き来していたそうだ。

 バスや自転車という選択肢はあったが、どちらも小さいころにケガや事故の原因になったことがあって、トラウマになっちまったらしくてな。電車が通じていないなら、意地でも歩いていく気概を持っていた。


 だが、新年度の入学後となれば、厄介なのがローファーの靴ずれ。

 いとこは特にかかと辺りが、靴とこすれあっちまうようで。気づくと白いソックスの生地越しに、血がにじんでいる始末。

 靴用のパッドなんかも試してみて、実際に痛みを感じることはなくなったそうなんだ。

 けれど、出血そのものは律義に起こり続けていた。しかも、心なしかこれまでに比べて、じわじわとだが、染み出てくる血の量が増えている気がしたんだ。

 いとこはかかとの剥けた部分に、ばんそうこうを貼ってはいたものの、それさえ抜けてくるほどの出血量。

 親に相談もしたけれど、傷口は見る限りでは極小のもの。血が止まりづらいだけでしょうと、食生活をはじめとした改善を促されたのだとか。



 梅雨どきを迎えても、まだいとこは靴擦れに悩まされていた。

 けれど、その日は靴に足を通すと、かすかな違和感があったのだそうだ。

 いつもしている、靴用のパッドがない。それに靴全体も、昨日の自分のものに比べて、少し汚れすぎているような感があった。普段からお手入れなどしないし、誤差の範疇かなとは思ったそうだがな。

 一応、すっぽりと足は入るから、そのまま登校。一時間の道のりの中、横断歩道などで足止めを食らうたび、靴を脱いで状態を確かめる。

 普段なら10分、20分歩けばにじんでくる赤色。それがこの日は、まったくなかったんだ。痛みがないのは前からのことだったし、いとことしては安堵よりも先に、不審が湧いてくるのも無理ない話だったろう。


 その日は校庭で生徒集会があった。

 久しぶりに屋外で行われる集会に、全員がローファーを履いていくなか、いとこが前に並ぶ子を見て「おや?」と思う。

 その汚れ具合、いま自分が履いているものよりも、近い。自分の昨日まで履いていたローファーの状態に。

 集会が終わってから尋ねてみると、彼もまたローファーに不審な点があったと話してくれる。

 自分が普段は使っていない、パッドが入っていたというんだ。しかしサイズは同じだし、何より遅刻すれすれだったから、気にしている余裕はなく、飛ぶようにして登校してきたとか。

 いとこはその子と靴を交換。互いに検分したうえで、双方は自分のものだということを確信したんだ。



 知らぬ間にローファーが入れ替わる。

 いとこの対策はシンプルで、自分の名前を靴底に書いておくというもの。

 しかしこれだけではと、つま先にわずかな切れ込みを入れて目立たせておいたんだ。

 それからしばらくの間、このローファーの入れ替えはしばしば起こったらしい。朝、玄関に並んだ靴を見ると、ときおり自分のものじゃないローファーと置き換わっているんだ。

 そのたび、学校へ行って尋ねまわり、自分のものであるローファーを探す。靴底の名前に関しては、預かった人は一様に口をそろえて「ない」と証言。しかし、ローファーの先につけた切れ込みまでは消えず、それが証拠となって取り戻し続けた。

 およそ一週間に3度ほど入れ替えが起こった時期もある。いとこは知る限りの人に情報を共有しようとしたものの、知らない人はそのままローファーを履き、あまつさえ靴擦れに血をにじませることもあったというんだ。

 誰かがやったにしては、熱心が過ぎる。もしやローファーそのものが、相手を選んでいるのではないかと、いとこは考えだしていた。


 夏休み中、毎日、見張ったもののローファーに動きはなかった。

 それが始業式の日、ついにローファーは玄関から姿を消してしまったんだ。

 予備のものはある。通学に差しつかえはなかったが、今回は誰も自分のローファーと取り換えられたという子は出てこなかった。

 代わりに、気味悪い話をクラスメートのひとりが持ち込んでくる。

 今朝、近所の公園で野良猫が死体で見つかったというんだ。しかもその身体はぺしゃんこに押しつぶされ、表面には靴の底によく似た傷を浮かべていたとか。

 いとこは放課後に、教えてもらった現場へ向かってみるも、猫はすでに処理された後だったのかいなかった。しかしそれ以降、犬猫が踏みつけられて殺されたような事件が、相次いで噂に上り始めたんだ。


 事態が落ち着くまでの半年の間、夜中に柔らかいものの上で何度も足踏みする音を聞いた、という人も続出した。

 そのうちの数人は、暗い夜の闇の中、猫たちを執拗に踏みつけるローファーの姿を見たとか、見ないとか。


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