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少年と私が2人  作者: 黒沼
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怪しい島

「ツナギさんですか?」

まだ日も出ていないあたりが暗い早朝。

いつもの散歩で私は家を出ると、冒険者のような恰好をした少年に名前を呼ばれた。

青や赤のビビットが主な服装で茶色のブーツを履いて、腰には小さなナイフを付けている。

「そうだけど……」

「ほんとですか⁉」

私がツナギだと分かると、少年は目をキラキラさせて喜んでいる。

この子……眩しい。純粋さや素直さが眩しすぎる。

こんな子供がなぜ私を知っているんだろう。もしかして、どこかで会ったことあるのだろうか。

「もしよかったら、一緒に冒険に行って欲しいなって」

 少年は上目遣いでもじもじと指を動かしている。まだ年も幼い子供らしい仕草が、私を襲う。

「いいけど……どこかで会ったことある」

「本当に⁉ やった! ありがとうツナギさん! 明日集会所に来てください!」

私の質問を聞く前に少年は駆けて行った。えっ、と初めはあっけにとられたが、そんな少年の様子に私の口角は上がっていた。




「……どこ」

 翌日、集会所を出て、少年についていくと船に乗り、白いビーチが見える小さな島に降りていた。

 私を誘った少年、リュウは靴を脱いで裸足で楽しそうに走り回っている。

 裸足で歩いても傷がつかない綺麗なビーチで、島の中央に大きな家がぽつんと佇んでいる。その周りには薄緑の葉のついた木々が広がって植えられている。ふと、まだ名前を聞いていなかったことを思い出す。

「あ、まだ言ってなかったね! リュウって呼んで! うわぁ、ツナギさんに呼ばれるの嬉しい!」

 なぜこんなに喜ばれているのかが分からないけど。

 優しい子なのだろうか、そんなことを思っていると、海辺で走っていたリュウがうずうずしたで、ぱっと駆け出した。

「ツナギさん! ちょっとあの家行ってみる!」

「行ってらっしゃい」

 そんなリュウを見ていると、いつの間にか笑顔になっていた

 急だったけど来てよかったなと、私はしみじみと思った。

 リュウが家の玄関前にあるインターホンを押しているのが遠くから見えた。

「ドォン」

 重い低音がインターホンから放出された。鐘を木の棒でつつくように体全身がジンと私にもしびれるくらい大きい音だった。

 リュウはそんなことを気にしないまま「誰かいませんか~!」と呼び掛けている。

 すると、突然リュウがゆっくりと後ずさりガサリと後ろに崩れた。リュウの表情は何かとてつもなく不思議なものを見たようだった。そんなリュウの様子を感じて、私は走り出す。

「ツ、ツナギさん」

 私の足音に気づいたリュウは私の方に一瞬だけ振り向いてまた前を指した。

「僕がいる!」

 開いたドアの前で立っていたのは、見た目がリュウそのものである少年だった。

「……」

 私たちの目の前にいるリュウは私たちをじっと見つめて動いていない。

「どうしたんだ? リュウ」

 そう言って、扉の奥から出てきたのはリュウと同じように、見た目が全く同じの私だった。

「え、ツナギさん?」

 リュウはさらに声を震わせた。私は動けずにじっと状況を理解しようとした。

「お、お前たち。はぁ? どうなっているんだ? 」

 驚きを隠せない私が目の前にいる。まるで鏡の中の私が勝手に動いているようで。心臓をつかまれているような気持ち悪さが妙に残る。

「……誰も分からないみたいだな。とりあえず入れよ」




家に入った私たちは、自己紹介と怪しい島を調べるために来たということを二人に伝えた。

「は? 名前まで同じだっていうのか? なんだか話しづらいな」

 何とも言えない気まずい空気が四人の間に流れる

「あ~、それじゃあ、名前からとって私がツナでお前がナギ、リュウはリユでそっちはユウにするか、どうだ?」

 単純だと思ったが特に会ったばかりの人に思い付くあだ名もなく、私は頷いた。

 すると、名探偵の真似をするリュウ。

「見た目は同じでも、性格は違うから、あだ名を付けなくても僕は分かるよ!」

 初めは驚いていたリユも、今はこの不思議な現象を興味津々で楽しんでいるみたいだ。見た目は全く同じのユウは、反対に終始静かで黙っている。確かに見間違うことはなさそうだ。

 そんな不思議なことを考えてくれているらしいツナは困ったように言う。

「それにしても、調べる……ね。と言われても私たちも最近ここに来たんだ」

「最近? ということはここに住んでいるわけではないんですか?」

「私たちは遊びに来たんだ。偶然ついたこの島に誰もいない家があったから一週間くらい借りているところだな」

 すると、リユがすっとおとなしくなった。もしかして、的が外れたからまた考え始めたのだろうか。

「ツナギ、あ、ナギさん」

 ユウとふと目線を合わせると、急に顔を上げてツナの方を指を向けた。

「自由人過ぎますこの人! ツナギさんなのにツナギさんじゃありません!」

 私がポロっと小さく口からこぼれそうなことを躊躇なく言った。あ、これは。と私は目線をそっと下げた。ツナが両手の関節でとリユの頭をグリグリとした。

「分かってても言われるとむかつくことがあるって知らないのかこいつは~」

「い、痛い、や、やめてよ」

 隣に座るリュウとその前に座る偽ツナギと楽しそうにじゃれ合っている。

 心臓にスーッと風が通り、重さと存在を感じた。

 ふと視線をずらすと、二人を見つめたまま未だに無表情で座るリユの姿があった。

「ここで、何しているの」

「……何も」

 リユはぽつりと不愛想に言う。この調子、さてはツナに無理やり連れてこられたかのような言い方だ。そしてその姿が少し私に似ていた。自分が分かっていないような心が不安定のような。するとじゃれ合っていたツナが私達に気が付く。

「ああ~こいつのことは気にしないでくれ。知り合いの子供なんだが、余りにもつまらなさそうにしてたから、無理やり連れてきたんだ。私のサポートをしてもらうついでにな」

と言いながら髪をくしゃくしゃすると、リユは少し恥ずかしくて頬をゆるませるのを何とか耐えようとしている。

 リュウが私の耳元にこそこそと話す。

「仲良いいね! 二人」

 この島に遊びに来た二人ならばおかしいことではなくて、よくある休日の過ごし方だ。

 ここが怪しい島だと言われいることとそして、まるで双子のように見た目が同じで名前も同じ人が二人いるということは違和感しかない。これは偶然か、いや偶然ではないだろう。それならば何か知らないことがあるということ。それを知るには調べるしかないと私は思った。

「それで、これからどうするんだ?」

 ユウが興味津々といった様子で答えた。

「まずは、この島をパーッと見回って、何がないか調べて~

 とユウがごねていると、それを聞いていたツナはユウの肩をポンポンと叩く。

「調べに来たんだろ。遊びついでだ。私も手伝ってやるよ。さっそく行こうじゃねぇか」

 もう一人の私はやる気で溢れていて、ぽきぽきと指を鳴らしている。

 遊べると思っていたユウは、残念そうにガーンと首を垂らしている。

「それじゃあ、二人は留守な」

「えええ! ナギさん!」

とツナがユウを連れて、扉から出て行ってしまった。嵐が過ぎさった気分だ。

 ぽつんと取り残された私とリユは、未だ椅子に座っていた。 

 私はこの時のリユの姿に親近感が湧いた。もしかすると、似た者同士かもしれない。そう思った。

「聞いてもいい?」

「……なに」

「あなたは冒険者なの?」

「……違う」

「学校には行ってないの?」

「……休んでる」

「もう一人の私ってどんな人?」

「あの人は……寝て起きたらいる」

「こんな、遠出は良くするの?」

「いつの間にか、連れ出されてる」

「そう」

 いたっておかしいところはない。突然知らない間に遠出することがやや可笑しいと思うが、もう一人の私の性格なだけだろう。この怪しい島に着いたのは偶然なんだろうか。

「ということは、この島に来たのも起きたら着いてたということ?」

こくんと頷いた。

相当にツナは強引な人なんだろうな。ユウはうんざりしたような表情を見せる。

「多いの?」

「ほぼ……毎日」

 もう一人の私はどれだけ遠出が好きなんだろうか。行き過ぎた。つまらなさそうにしているとは言っていたが。私と一緒にいたユウならまだしも、こっちのユウは家でいたいと思っている方だろうと、私と似ていそうというところからそう思う。だが本当に見た目がかなり似ているだけで別の人生なだけではないのかと話を聞いて思い始めた。育ち方も性格も本当に全然違う。どこか似ているところがあると思っていたがそんなところは一つもないと言える。この島が私たちを鉢合わせるようにしたのだろうかそれともまた別の何かか。調べるしかない。

「この島の奥の方は歩いた?」

「……この家だけ」

 綺麗な海があるのに行かなかったのか。もう一人の私は強引に連れ出す癖はあるがそこからは自由に過ごさせているということだろう。

「それなら外出てみない?気分が変わると思う」

「……うん」

 私も調べようと誘ってみたが彼がすぐに行きたいと言ってくれたのは驚いた。誘ってよかったと心地よくなった。持ってきていた荷物を持って扉を開けて階段をおりる。後ろから座って丁寧に靴を履いてついてくるのが見えた。こうして誰かと外に出るのが久しぶりだなと思った。

「お姉さんはナギさん?」

「うん。そう呼ばれてる」

 砂浜に持ってきていたレジャーシートを敷きそろって座った。

 私に心を許してくれたのかリュウ君はぽつりぽつりと語るように話しかけてくれた。

「ナギさんはどうしてここに来たの?」

「リュウ君に誘われたの」

「僕と同じですね」

 自分が誘われていたのを思い出したのか、頬が小さく緩んでいる。

「そう」

 ざぁざぁと小さく揺れる波が近くで見える。雲のない晴天と心地よい音が時間をゆっくりと動かすようである。これまで考えていたことが小さなものであると思い始めた。その小さな記憶を忘れようと寝てしまいたくなる。

「ナギさん。眠いですか?」

「ああ、うん。少しね」

 ふとリユを見ると心配そうに見つめられていた。人に慣れていないせいか顔をそむけてしまう。

「家に帰りますか」

「大丈夫」

 いつの間にかリユの言葉遣いが敬語になっていたことに今となって気づく。とてもやさしい子供だと知った。

「リユ君は家でよく何をするの?」

「特に何も……」

 突然、明らかに表情ががくんと落ちたのが分かった。聞かれたくなかったことなのかもしれない。これ以上聞かないようにしようと思った。

「そうなのね」

 間を縫うようにリュウがさっと少し強張った声で私に聞く

「ナギさんはよく何かすることがあるんですか」

「本をよく読むわね」

「そうなんですね」

 答えるのが早くどこか焦っている様子だった。肩に力が入っている。さっきまで近づいていた間が一瞬にして遠くなった気がした。歪んだ沈黙が続く。見えていた波や晴天が見えなくなった。聞こえていた波の音が聞こえなくなった。意識から外れていた。心の内が狭くなったようだ。久しぶりで忘れていた感覚が呼び起された。

「ナギさん、少し動きませんか」

 すうーっと意識が声に飲まれた。少し不安そうな声だ。チャンスだと思ってできる限り優しい感情で答える。

「いいよ」

一度家に帰ったリュウは風船ボールを持って走ってくる。

「行きます」

 ふわりとボールが浮く。その時、勝手に体が動いた。

 どさり、と足が砂浜についた時には呆然とするリュウ君の姿があった。

「ナギさん、すごいですね。何かやっていたんですか」

 それから時間を忘れるくらいに長く楽しく遊んだ。

「ナギさん。いいなぁ、僕は真面目に調べていたというのに~」

「なんだ。調べると言っても遊ぶのと変わりなかっただろ?」

「ちょっと、ツナさん。やめてって!」

 ツナがユウを楽しそうにいじっている。端から見れば兄弟のようだ。

 ふと、心が重くなる。咄嗟に私はツナとユウに口を出す。

「それで、分かったことはありましたか?」

「普通~の森だったよ。虫一匹いない綺麗な緑が広がるだけのね」

「僕も特に感じることはなかったよ! ナギさん」

「そうですか」

「この島、本当は怪しくもなんともない島だった、ということでいいんじゃないのか」

「そうだね! よーしこれで遊べるー! ツナギさん、明日は僕と遊んでね!」

 やっと解放される喜びにとユウ嬉しそうに跳ねている。

 それにしても、偶然この島に来たとツナは言っていたがいつ帰るのだろうか。

「あのツナさん」

「ん? なんだ」

「いつ帰る予定なんですか?」

「いや、夏休みの間はずっといるつもりだから、二週間後くらいだな」

「めっちゃ長い! ツナギさん! 僕らも二週間いてもいい?」

 相も変わらずぴょこぴょこと跳ねながら詰め寄ってくるように聞かれて戸惑いながら答える。

「私は大丈夫だけど」

ともう一人の私に視線を向けると気づいてくれた。

「ああ生きていけるまでいてもらって構わない」

「怖いこと言わないでよ~こんなに大量に持ってきてなくなることはないでしょ?」

どさどさと何日分か分からないくらい大量に食料がユウのリュックに入っていた。私はせいぜい三日分くらいだ。あと少しだけの本がある。

「そのリュック、そんなに大量に入るのか……すごいな」

珍しくツナが驚いた様子を見せた。

「もうそろそろ夜ご飯を食べるか」

ツナは言うとユウが持ってきたのと同じような食糧をリュックから取り出して、リユに渡していた。

私もユウと同じようにリュックから食糧を取り出して机の上に出す。

「同じ食べ物だけでは、飽きるんだよな~。私のものと交換しないか」

「いいよ!」

リュウは持っていた食糧をもう一人の私の持っていたものと交換する。

「リユ君も交換する?」

「ありがと」

正直、リユもうんざりしていたのだろう。私もいずれ飽きるのかなと一抹の不安を覚えた。

さっそく食べてみると味や口触りはそこまで良いとは言えないが、まずくもない。

「うーん、美味しいね! ツナギさん。」

「そうね」

ユウは本当に優しい子だと私は改めて思った。

楽しく話しながら、食事を終える。この家にあったお風呂に入り寝ることにした。子供たちは習慣なのか、いつの間にか寝付いていた。

「なぁ、もう一人の私よぉ」

小さな声で私に話しかける。そういえばツナとは話したことなかったなと思い返した。

「なんですか」

「これはあくまで予想だがお前たちが調べてきたという理由でこの島に来て、私らは偶然この島に来たということは私たちがこの島に来たことがきっかけで怪しいと呼ばれるようになったということではないか。分かんねえな」

ツナは思ったより考えてくれていたらしい。ただ楽しんでいるだけだと思っていたが違ったみたいだ。

「あなた達がこの島にいる間に誰かほかの人が訪ねてくることはあったのですか?」

「あったようなーなかったような。結構長い間いるからな~。なかったと思ってくれ」

「そうですか。」

そもそも怪しいと言われるようになったのは誰か別の人が一度入って帰ってこれた後に言われているのか。この島に来て音信不通になったから言われているのか。

「私とここにいたリユ君が……少し昔の私に似ていると思ったのです。」

「リュウとお前が、か……。確かに似ているかもな。」

「そしてあなたと私と一緒に来たユウ君が似ているなと思いました。」

「まぁ、言われてみれば、少し、ほんの少し似ているかもな」

自分が子供っぽいと言われたと思ったのだろう。誤魔化すように答えている。

「もしかすると、私とあなたを入れ替えてもいいよ、とこの島が言ってくれたのかなと、少しだけ思ったのです」

何か私はおかしなことを言った気がする。沈黙が空気の膜を張った。

「お前……何かあったのか? もしかすれば、お前の悩みが原因だったりしてな~。私と見た目が同じだと言うのに、どうすれば、こんなに変わるっていうんだ。お前には私と全然違う人生を歩んでいたんだな。」

「ごめんなさい。忘れてください。少し混乱しているみたいです。」

「そうか? それは、お前の望みではないのか?」

「そう、ですね。ここにいたリュウ君に惹かれたのかもしれません。」

無意識に思っていたことを言葉にされて、私が心の底で思っていたことに気づいた。

「お前に、私のリュウは渡さねえぞー」

「とりません。」

さっき言った手前、自信が乏しく細い声になってしまった。

「なんだぁ、これは警戒しとかないとな。」

冗談で言ってくれていると分かる。もう一人の私は私より心に余裕があり、優しさに溢れていた。こんなにも違う。見た目は全く同じだと言うのに。何がどこで違ったと言うのだろうか。

「これまでもここに来た奴らは同じようなことが起こったのか聞いていないのか?」

「私は連れてこられただけなのでリュウ君なら知っているかもしれません。」

「そうなのか私たちと反対だな。」

からからと笑う。

「海でもリユ君と同じこと話しました」

「へぇー話したのか」

「はい」

 心配していることを悟られないような顔をしているようだった。

「こいつは人と話すことにトラウマみたいなものを持っていてな、私でさえあまり話そうとしないんだ。お前のおかげで少しでも緩んでくれればいいんだが」

「そうだったんですね」

ふと。海で話していたときのリユ君が突然、焦っていたことを思い出した。

「リユ君は本当に私と似ているんです。どこか、不安げに過ごしているような気がします」

と隣で寝ているリユを見る。健やかに眠っている。

「何が、そんなに不安なんだ」

そう言うツナの声に私は、冷たくも温かくもある語気があった。

「分かりません。ただ何かに怯えている。それだけです」

「そうか」

そう私が小さくつぶやいたのを最後に、目を瞑る。

 こんなことを人に言えたのは初めてだった。リユ君と話したからだろうか。自分と似ている人と出会うことが初めてだった。




朝、目が覚めると、ここはどこかと思い返す。ふと隣を見ると小さな男の子と私と同じ見た目の女性がいる。そしてまた見た目が同じの小さな男の子が眠っている。いつものように起き上がり窓を開けると外から風が流れ込んでくる。潮のにおいがした。

「ツナギさん。おはようございます」

 寝ぼけた表情と声を出すユウ。

「なんだ、もう起きたのか。ずいぶんと早いな」

もうひとりの私、ツナも同じように起きる。するとその隣にいたもう一人のリュウ、リユはそろりと起きてぽつぽつと歩き、洗面台に向かっていた。

皆が起き始め、もろもろ準備をして朝食を食べ始めた。

「ナギさん! 今日は僕とも遊んでくださいね!」

いつもの元気なユウ君に戻りワクワクとしていた。

「まだ怪しいと言われる理由が分かってなくてもいいのかぁ?」

「今日は遊ぶったら遊ぶもん!」

昨日の夜からもそうだが、もっともこの島について気にしているツナはユウに煽りを冗談交じりに入れている。

「そういえばお前は、この島に来た人の話とか聞いていないのか?」

 昨日話していたことをツナさんはユウに聞く。

「聞いてないよ~。怪しい島があるから調べてきてとだけ言われて来たから~」

もぐもぐとご飯を食べながら適当に答えていた。

「そこは聞いて来いよ!」

「ちょっと、食べにくいって」

何回目か分からないツナとユウのじゃれ合う二人をよそ眼に目の前にいるリユは、そそくさと食べている。


「それじゃあさっそく行きましょう。ナギさん!」

早々に食べ終わったリュウは外に飛び出した。

「あいつ元気だな~」

私も朝ごはんを食べ終わると、一応、荷物を持ち外に出た。

「ナギさん! こっちこっち~!」

ぴょこぴょこと跳ねながら手を振っている。リュウのところに行く。

「海綺麗だね~! ツナギさん!」

「そうね」

来た時と同じことを言っている気がする。

「僕はツナギさんとここに来れてとても嬉しいんだ」

にっこりと笑う顔のままユウは私に語りかけるよう話し始めた。

「冒険者になってから初めて冒険するのが一人っていうのが不安だったから、ツナギさんと来れて、本当に嬉しいんだ」

 なぜ、この少年はそこまで言ってくれるのだろうか。出会ったときに回復力があるからとリユは言っていた。拳を軽く握り、私はユウ君に理由を聞く。

「どうして私を誘ったの?」

「実は、ツナギさんのこと前から知ってたんだ」

「そう、なのね?」

「うん」

波風が私たちをさらう。

やはり、私とこの子は会っていたんだ。そして、一方的に知られていた。私がそう思っていると、おもむろにユウが話し始める。

「小さい頃、僕が住んでいた町が戦場になった時、いつの間にか町から遠くの村に運ばれて、眠っていた。目が覚めると、そこには、けがをした人がずらりとならんでいて、みんな眠っていたり、うめき声を出していたりしていた。すると、ツナギさんが入って僕にこう言ったんだ。『もう、大丈夫ですよ。安心してください』って。そう言って少し僕を見たら、ツナギさんはすぐにどこかに行っちゃった。僕はそのツナギさんの何気ない一言が嬉しくて泣いてた。きっと知らない場所で包帯を巻いた知らない人が眠っていて、怖かった。だから、僕はツナギさんのように誰かを助ける人になりたいと思って、そして、冒険者になって、町をあるいていたら、ツナギさんをたまたま見つけて、話しかけたんだ」

そう感情豊かに語るようにリュウの言葉に私は大きく心を動かされた。私はもうあの頃のことは覚えていないと思い込ませていた。考えないようにして覚えないようにして。だからそのユウを救っていたのは無心な言葉だった。

 ふと、頭に痛みが走り口を開きそうになったが、私は唇を噛み締めて抑える。

「覚えてないわね」

「大丈夫だよ。ツナギさん!今会えているんだから!」

急に突き抜けてそう言いながらユウは海に駆け出した。

「つ、冷たいー!」

波が上下するのを楽しんで遊ぶ。朝の海は相当冷たかったのか、ひゃあーと波際を走っている。私は砂浜に座る。

私に救われていたとリュウは言ってくれた。そして、偶然と思っていた出会いは偶然ではなかったと知った。もしかすると、家にいる二人と会ったのも偶然ではなく理由があるのかもしれない。ここは、聞いてみるしかない。

ゆっくりと流れる。強張った体が風を防ぐ。

それからは数時間も様々なことをユウ君と遊んだ。

そして、数日が経った。

今日も、海で遊び満喫したユウは疲れて眠っている。

相も変わらず四人はのんびりと暮らしている。綺麗な海と雲のない空を見る日々が続く。怪しい島ということも忘れて。けれど、ふと何が怪しいのだろうと考える時はあるけれど。

「本当にこの島はお前たちが言うほど怪しい島か分からないな。私らは遊びに来ただけで怪しいなんて知らなかったし、行こうとも思っていなかったからな。まぁ確かにこんなきれいな場所ならリゾート地くらいになってもいいところだよな。そもそも勝手に借りているこの家は、誰の家なんだろな。」

この中で一番怪しい島について考えてくれているツナは改めて家の中を見渡す。いたって普通の家だ。インターホンが可笑しいこと以外だが。

「この島に着いた時、冷蔵庫の中に何かありました?」

「いや、特に何もなかったな。すっからかんだった。」

「そうですか。」

 誰も住んでいない家なのかもしれないと思い浮かぶ。

「やはり怪しいのは見た目が同じとういうところだけですね」

「そうだな」

 私とツナは共通したことを思っているようだが、怪しいと呼ばれる所以がこれだけなのは、何かおかしいと思う。

「謎がある思わされているだけなのでは」

「でっち上げってことか。まぁ確かに無事に変えれたらその証明になるな。そうなれば帰ってやるか。明日にでも出るか」

「そうですね」

ということをリウとユウにも伝えた。

「もう遊びつくしたしね、分かった。ナギさん! 明日、出よう!」

長旅に疲れたのかそう寝ぼけながら言って遂に寝てしまった。

つられて私たちも早めに寝ていた。




翌朝、この島から出る日。

「ツナギさん、熱い……」

 誰かの声がする、誰だろう。

 寝ぼけた目をそっと開けると、ユウが至近距離で寝ている。

「ん? ユウ君」

 なんだか、熱そうにパジャマを手で握っている。汗が滲んでいて髪が額にくっついている。

苦しそうで ユウにかけていたタオルが側にどかれている。

「大丈夫、ユウ君、ユウ君?」

 私は体を起こしてユウの肩を揺らす。

「ツ、ツナギさん……」

 か細い声がユウから聞こえてくる。

私はすぐに手に力を込めて、ユウ君に集中する。

ユウ君の体が蒼く光る。

「ユウ君、大丈夫?」

 しばらく時間が経つと、ユウの表情が柔らかくなっていく。

「ツナギさん……」

ぐっと瞑っていた目も眠ったように力が抜けてすっと瞑る。寝息を立て始める。

「はぁ、良かった」

 ふと、私の全身の力が抜けたのを感じた。確認のためにユウのおでこを手で触れると高熱ではなかったことが安心する。

「もう、大丈夫」

 リュウのことだけを考えて私は眠った。




 船がゆらりと揺れている。かなり出て島から離れただろうか。まだ日は出ていないため、辺りは暗く穏やかな風が吹いている。

 エンジン音が進む船底から飛び散っている。

「ここは、どこ」

 そう言って起きたリョウはぽかんとしている。

「おう、起きたか。今は帰っている途中だな」

「帰ってるって、二人は」

「二人とは別れたよ」

「え……」

リュウが何かを気づいたような顔を知らないふりして続ける。

「ごめんな。寂しいとは思うけどな」

「海で、もう一人の私と話したみたいだな。どうだった」

 どこか思い詰めているようにうつむいた。

「楽しかった」

「そうか、それは良かった」

 緊張しているのか、体が硬直して動かない。意識してはいけないと分かってはいるもののつい表情をうかがってしまう。

 正直何を考えているのか分からない。無表情から変化が少ない。あの人なら思いっきりぶつかっていくのだろう。

「またいつか会えるよ」

 どこか上っ面な言葉だ。何を言っても心底から言ったと思えない。人の真似ばかりでは自分を感じられないこの気持ち悪い心の感触。忘れたものが燻り返される。私はそこまでしたかったのだろうか。

「ツナギさん……あれ」

 リュウはいつもの変わらない表情のまま、ゆっくりと腕を上げて船が進む方向に人差し指を指す。何だろうと見ると、さっきまでいた島があった。

「なんで……」

「ツナギさん?」

 島に戻るわけにはいかない。戻れば知らないふりができない。すぐに反対に方向転換する。だが、また島に戻ってくるだけだ。

「大丈夫、何度か続ければいつか行けるから」

 そう言って何度も行くもまた島に戻っていた。

「戻ろ、ナギさん」

「私といたいと思わない」

「思うよ、安心して」

 朧気で優しい表情をリュウが頑張って作っているのを見て、私は島に戻ることにした。




「おい、二人ともどこ行ってたんだよ、こんな朝早くから」

「散歩したかったんだ」

「ほんと二人仲良くなったな。ナギ、ちょっといいか」

 そう言ってツナは外に出る。それに、私はついて行った。

「まさか、本当に連れて行こうとするとは、驚いたよ」

 私がリユを連れて島を出ようとしたことを、ツナは気づいたのだろう。

「島から出れなかったんだな」

 こくりと私は頷く。きっと私はツナに島から出れるものなら出ていると思われている。

「なぁ、安心しろ。この島は一緒に出るんだ。別に島から出たら、すぐに別れはしないんだ」

 そう言ってツナは家に戻っていった。風の音がやけに私の頭に響いていた。




 小さな足音で目が覚める。コツコツコツ、細くかたい物が床を叩いている。

三人はまだ眠っている私は荷物から小刀ナイフを取り出し、玄関の近くに隠れた。

音が近づいてくる。息を潜めようとするも潜めれない。見つかればまずい。

 ガチャリとドアが開く。ガサリとバックが落ちる音がした。

「ちょっと! これはどういうこと⁉」

 見るからに紫オーラを出す小さな魔女が驚いた表情を浮かべている。気が付いてグイっと私の方に首を折り曲げる。

「あなたは誰なの!」

「名前はツナギです。あのあなたは」

 体が強張りながら私は魔女らしき少女に聞いた。

「私はこの家の持ち主である魔女のユキよ! 魔女の!

魔女は恐ろしい存在だ。そして魔女は会うことは珍しい。

この島の怪しいと呼ばれる理由は、一人の圧倒的存在によりからっと分かった。住んでいる人物が魔女というだけで意味が不明なことも明らかになる。

「ん? 何だ?」

「……」

「ツナギさん?」

 三人もその魔女の甲高い声によって起こされた。

魔女はどんと手を胸に置き、起きた三人にも自己紹介をした。

「私はこの島に住んでいる、恐ろしい魔女だ!」

 しんと静まり返る。緊張がまた体に走った私はツナの方を見る。

 こいつは何を言っているんだ、と呆れた表情で魔女を見ていた。

 ツナは気だるげに魔女を指で指してナギは言う。

「こいつ、誰だ。」

「聞いていなかったのか! よく聞いて驚け! 私は魔女だ!」

「……」

 ツナにあれこれと言われている時のように、ユウは鬱陶しそうにしている。

「魔女?」

 ツナが疑問符を浮かべる。


 ツナに意味不明という目で見つめられた魔女は、信じられないという顔だ。

そこで魔女がいかに恐ろしいかを少女は話し始めた。

「魔女は、やりたいと思えば、それをするためになんだってできるんだぞ! どうだ! 怖いだろ!」

 えっへんと小さな胸を張って目をつむる。ツナギが怖がる様子を想像しているのだろう。

 そんな心も知らずツナは魔女をバカにして見ると私は思っていたが違って、うつむき大きく嘆息をした。しばらくうつむき何やら考えている様子だった。魔女は反応がなかったからか半眼を開けて、不思議がっている。

「ということはこの島が怪しいのはこいつのせい、ということか?」

 誰よりも考えていたツナのことだ。それがこんな魔女のせいだと事実のあっけなさに拍子抜けしているのだろう。

 その反応に満足しなかった魔女は、さらに魔女がいかに恐ろしいかを語った。

「何かおかしいことが起こってると言うのなら、そうだぞ。私が起こしているんだぞ。何でもできるんだぞ」

「なんだ。そうか。なら、教えてやってくれ。こいつらはそれを調べにきたらしいからな」

 どうでもいい言い方で、私達のほうに注意を向ける。

「いや、まず準備してから話すか」

 とツナが呼びかけるのを聞いて私含めて四人はせっせと動き始めた。

「私の家なのだぞ!」

 その叫ぶも四人に無視された魔女はいろいろと諦めたのか、持っていた自分の荷物を片付け始める。

私は動きながらふと思った。この島の怪しさは本当にこの魔女なのだろうか。そして、もし本当にそうならば、この島が来た人たちに何をして怪しいと言われるようになったのだろうか。ここに来た人は何をされたのだろうか。

 そうして、各々がいつものように家でくつろぎ始めたところで、ユウが話し始める。

「僕は依頼で怪しいと言われるこの島を調べに来たんです。だから、魔女さんにこの島に何をしたのか教えてください!」

「何って、魔女の存在を人々に知らしめようとしただけだよ」

「そのために何をしたんだよ」

「島の近くにきた人たちを、この島に向かわせる魔術よ」

「そんなことかよ」

「そんなことって、結構大変なんだぞ」

 ゆったりと旅の疲れを取りながら答える魔女。

「魔術をこんなに大きな島にかけるのがどれだけ大変か」

「それじゃあ、私たちの見た目がこんなにも似ているのはお前の魔術とやらとは関係ないのか」

「それは偶然だな」

「なら、本当にあっけなかったな」

「ツナギさんと遊びに来ただけになったね。ツナギさん」

「そうだね」


「それじゃあ、私たちがここにいてビビっていたのはなんでだ?」

「それは、まさか勝手に家に入られるとは思わなかったんだ!」

 ぷんぷんともう一人の私に怒り始める魔女。

 いつものように椅子に座るもう一人のリュウ。

「それじゃあ、そろそろこの島を出る? ツナギさん」

「さっさと出ていけよ。ここは私の家なんだからな」

「そうだな。もうそろそろ休みも終わるし」

 魔女が家に帰ってきた翌日、四人は家に帰ることにした。

「一緒に遊べて楽しかったよ。見た目が同じの僕とツナギさん!」

「ああ、私も楽しかったぞ! ありがとな~」

 船の上から叫び合う。もう一人の私の隣にはじっとこっちを見つめるリュウ君がいた。私も同じようにしているのかなと、目を細めた。やっぱりあの子は私と似ている。思い返せば、同じ行動ばかりしていた。本当は違うかもしれないけれど、この親近感は、これまで味わったことのないものだった。それを知れただけでよかった。




 私の突然誘われた怪しい島に行く冒険は、何の危険もない長い旅行だった。私とリュウの見た目が同じ人と出会い話して遊んだ。調べると聞いた時は、こんなにものんびりとしたものだとは思っていなかった。あの島で過ごした日々はゆったりと流れていた。

「……」

慣れていたあの日々から遠く離れた日々だった。どこに行っても静かでどこを見ても綺麗で。離れているからこそ、思い出していた。

もう、忘れたと思っていた。穏やかな気持ちになったからこそ、思い出したのかもしれない。

「ツナギさん」

「なに?」

「怪しい島っていうの……ごめんなさい! 嘘です!」

 意を決したようにリュウは私に言った。

「……え?」

「ツナギさんと旅行に行きたいなと思って、その理由として考えただけで……まさか、ほんとに起こるなんてびっくりですよね!」

 そう笑ってリュウは、ごまかそうとしている。

 何だろうこの気持ち。ツナギは久しぶりにグツグツと心が熱くなっていた。

 そんな時、じゃれ合っていた二人を思い出した私はその勢いのままリュウの頭をグリグリとした。

「痛い、痛いよ、ツナギさん!」

「早く言わないからよ」

「怖い怖いってツナギさん!」

 豹変した私が怖くなって逃れたリュウを、船の上にも関わらずに私は追いかける。

「ツナギさん! 抑えて!」

「黙って来て」

「ツナさんより怖いよ!」

 そう、二人は船の上で駆け回っていた。



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