糸を辿って
「シグ!!見つけた!!」
微かに白んできた部屋の中に突如叫び声が上がる。
ここは王城の執務室である。叫び声など似つかわしくは無いだろう。
ましてや寝室、異性が休んでいる所に突如現れる事自体常軌を逸しているのに、シグリットは今や一つも気にならない。睡魔の沼に揺蕩う意識も、シエラの一声に瞬時に覚醒する。
見つけた、とシエラは言ったのだ!
跳ね起きると同時に、どこです?と突如現れたシエラに目を向ける。シエラの上下は深緑の繋ぎにブーツ、杖だけを持った軽装だ。遠征先から直接こちらに転移してきたのだろう。
「ゴアラの国境下、キエリヤ山岳地帯の一画よ。」
なるほど、この場に連れてきたわけではないらしい。早口で手短につげ、直ぐに部屋のドアへと向かう。
陛下の部屋に向かうのであろう。陛下の自室へは特別な結界で強化されている為転移魔法が使えない。一にシガレットに告げ、この後の采配をさせる算段である。
キエリヤ山岳地帯の西地区は魔物が多く出ている地域で、ゴアラに最も近いこともあり、捜索隊自体が襲撃される恐れが強かった。
今まで対戦闘、討伐を含む捜索隊を組もうにもそれだけに足る精鋭要員を割けず調べに行くことができなかった地域だ。
しかし、切羽詰る陛下の容体を慮れば、国内の守備が薄くなろうとも一縷の望みを託して、シエラ率いる捜索隊の遠征に踏み切るに至ったのである。
「ルーシュは?」
「意識はありますが、昨日はお一人では歩けずに。」
「そう。急ぎましょう。一刻程で陣を組むから。他の者は数日で帰城するはず。」
「分かりました。人払いをしますので謁見の間に繋いでください。」
足早に歩きつつ短く互いに状況報告をする。
「シエラ様。お目当のお方でしたか?」
歩きながら自ら頭髪を結び直し手早く身支度を整えていく。貴族であるなら周りに身支度をする者がいるはずだが今はそんな猶予も無いようだ。
「十中八九申し分ないわ。交渉の余地もないから強制的に繋ぐわよ。」
伝えるシエラの顔に笑みが浮かぶ。
「分かりました。説得に応じてくださればいいのですがね。」
今からする事はこちらが求める人間の召喚である。
シエラが見つけた者の村には強力な結界が張られており外からの侵入は出来ない。入れなければ話や交渉は出来るものではない。
ならばここからは力尽くの荒技である。国の中枢で着々と人を拐かす手筈が整っていく。
もし、こちらの要求に肯いてくれなければどうするか。出来れば使いたくないと思いながらも、すでに対策は立ててある。
「ごめんなさい。個人の情報は全くないのよ。何せ魔力の残滓を辿るしかできないから。それでもあの色は間違いない。求めていた人物を呼ぶわよ。」
村の結界は見事と言うより他なくて、魔法陣を使わないため痕跡が残らない。目視でも村が見えないのだから見知った魔力の残滓を追って虱潰しに探すしかなかったのだ。あの村の魔力ならばよく知っている。その特徴もよく知っているのだ。見つけたならば絡まった糸のような魔力を一心不乱に選り分けて辿るだけだ。
シエラでなければ出来なかった事だろう。この村の出身であるシエラでなければ。
長きに渡りこの村を探し続けていたのだが、かつてゴアラとの諍いが激化した折、村はあちこちと移り動き、現在の場所に結界を張り居を構えるに至る。
シエラはそれ以前に村を出ていたため、かつての場所より魔力を辿り地道な捜索となったわけである。
人払いと守る近衛の配置。一刻後の陛下の体調次第では王座は空席のままとなる。
しかし本人は出ると言う。顔色も悪い、呼吸も荒い。随分と頬がこけた。昨日よりそんなに回復しているとは思えない。心配からか周りの者は眉間に皺だ。
しかしもし協力を仰げるならその場で王の回復が望めるわけだ。王には無理をさせたくはないが、早く処置を施して貰いたいとも思う。
この王は、ダメだと言っても出るのだろう。こんな状態でもきっと西の結界補強にも出るのだろう。
本当に死んでしまう…グッと込み上げるものがシガレットの胸を締める。
シエラは地下へと赴いた。あちら側の結界を無理やりこじ開けるのだ、かなりの集中を要する。魔石がふんだんに使われている魔術室にて術を構築するためだ。
謁見室の中程に青白い魔法陣が浮かび上がる。シエラの陣だ、程なく召喚は成るだろう。
陛下は何を思うのか、ここまでの歩行も両脇を支えられてやっとであった。少しの移動にも息は大きく乱れてしまう。傾きそうになる体を背もたれに預けて、何とか座っておられるが。
無駄に会話など出きようはずがない。主の左側に立ち苦しそうな表情を伺うしか出来ない。
もし、陛下が是としない事であっても自分は速攻でやるつもりである。処罰など後でゆっくり受ければいいのだ。期待と、決意を腹に押し込め、一層光り輝いた魔法陣へと、シガレットは目を向けた。
忽然と、一人の少女がそこに現れる。