どんな手を使っても
差し迫っている…
シガレットは何としてでもやり遂げて見せなければならなかった。
あの人達は王としての矜恃でのみ生きているんではなかろうか。この一族はそこから逃れようとはしないのか。小さな自分の夢を追っても良かったのでは無いのか。
逃れた先が凄惨な未来となるのは見なくても分かるのだが。だから逃げない様に踏ん張るしかなかったのか。
数年前から未だこれからも、決して消化できない思いが今日もシガレットの胸中に巡る。
まだ、20代前半のシガレットが宰相の任についてよりもう2人の王を見送った。
シガレットは幼い頃から王族近くに育ち、仲の良い友達や兄弟の様に接してもらって来たのだ。彼らの好みも性格もよく知っている。叶わないだろう小さな夢も知っていた。
寝る間も無く文字通り城の中を走り回る程の業務を今もこなしつつ、ふと彼らの顔が脳裏に浮かんでは離れなくなる程には、彼らは親しい友と呼べる存在だったと突きつけられるのだ。
先々王の時からルーシウスの辿っている状態は良く見知っている。
ルーシウスは10代の後半より体力が落ちて来た。若い近衛見習いの乗馬や剣技の指南中も直ぐに息が上がり、若い者には勝てん、と笑いながら嘯いておられた。
こんな所に来なくて良い、と何度口から出そうになったか。
そんな事をしなくてもいい、今を乗り越える事を考えていて欲しい。もう、後が無いのだから。
こんな時に限って、風向きが悪くなるものだ。
先々王の逝去から訃報続きの王室に、王国西の結界から魔法陣弱体化の報告、現国王体調を慮り、東の同盟国パザンから第2皇女を妃へとの打診と併せて、体調優れぬ王に変わり執政代行の申し出と頭が痛くなる。
お笑い草だ、これは無いだろう。なぜに自国の執政を他国の国王が兼任するのか?姫の元に他国の皇子が婿入りし執政代行ならばまだ分かる。しかし2人の皇女は既に婚約者もおり婚姻の手筈は整っているのだ。
自国のことは自国内にて対処するべき問題である。それが出来ないだろうと足元を見られた故の進言だろう。年齢か、外観か、心底舐められた外交ではないか。
ルーシウスの側近はシガレット本人含め比較的年若い者が多い。
魔物の出現増加を機に、国境付近へ戦闘に慣れた猛者達を配置し常駐させている為で、西の結界は弱体化もあり討伐熟練者を任に就かせる事が急務だったのだ。
先代宰相の父も歴戦の猛者であり、執務を放り出し嬉々として西の討伐に出て行ったのである。結果現国王の周囲は次代を受け継ぐ若者中心と、少数の大臣、近衛で固める事になった。
シガレットは20代そこそこで宰相を務めるだけの能力があるのだから、交渉技術には不安はないだろうが、柔らかな声質と容姿に、相手から見下される要素は十分な様だ。だがしかし、更々思い通りになってやるつもりもない。
西の結界の補強準備に、兵士の増員、食料の確保、各地の魔物討伐報告に、他国からの救援、増援依頼、パザンの使者への対応に、この機に乗じて反乱などないと思うが国内の情勢把握。ルーシウスに変わり代理で指示書を仕上げていく。日の高いうちに口頭で指示の確認を仰いでおり、書類を仕上げる為机に嚙り付きもうそろそろ日を跨ぐ。
昼の謁見では無理をさせすぎた。ルーシウスを行かせるべきではなかった。無言でペンを走らせつつ、綺麗に整えしっかりと結んである髪を、シガレットはグシャリと鷲掴む。眉間に深い皺が寄る。
東国パザンより使者が来る事は承知していた。使者より親書を受け取って終わりにするはずだったのだ。
しかし王の顔を見なければ帰れない、と使者は言い出し、重要案件のため時間を取れぬと伝えれば、体調不良は誠なのかと食いさがる。
では顔を見せて帰っていただこうと王自ら出ていけば、何の取り止めもない自国の姫の猛アピールだ。髪やら、容姿やら、歌声やらと私が止められぬ事をいい事に、実の無い話ばかりを散々聞かされた。
陛下は良く耐えてくださった。魔法で顔色は隠せても、上がってくる息遣いには抑えようにも限度があろう。マントに隠れ握り締められている拳が微かに震えていた。
日に日に弱まる状態に夜間のみではなく日中にも魔法医師団による生命補助術を施さなければ歩く事もままならないのだ。
涼やかな笑顔で応対しているこの人は、本来ならばベッドに縫い付けられて医師に囲まれていなければならないはず。
どれだけの苦痛を飲み込み、覚悟を持ってここにいるのか。
我が君が、命を懸けて静かな戦場に立っているのだ。臣下であれば隙など見せられようはずもない。
華やかな戦場ではないが、ここが踏ん張りどころであろう。シガレットはいつもの仮面を貼り付け、優雅に相槌を打ち続ける。
その後、急使の知らせという医師団が入室してくるまでこの茶番劇は続いたのである。
謁見終了後からが大変であった。抱えられ、引きずる様に私室に運ばれてから、今も医師団に囲まれている。意識はあるとの事だが予断は許さないだろう。
こんな事をしてないで友として側にいてやりたい気もするが、無理な話だ。侍従が入れた茶に手もつけず、ひたすらにやるべき事をやるのである。
深夜に入り、至急の書類を余す事なく処理してから陛下の私室に向かう。
昼間より医師の数は減ったが、夜間も医師が交代で付き添う。
シガレットに礼を取ろうとする医師を手で制し、容体を尋ねる。意識を取り戻して先程、少量飲み物を口にされお休みになられたとの事。呼吸はやや荒いが休めている様であると安堵する。しばし佇みその場を辞する。
シガレットはここ数日執務室に寝泊まりしていた。深夜の人気のない通路には執務室に向かうシガレットの足音のみが静かに響く。
今回ばかりは、何としても何をしても成し遂げなければならない。例え糸のように弱く細い兆しであっても決して離すまい。人には言えぬ手段を取る覚悟もある。
体を寝具へ投げ出せば波のように睡魔が襲う。ここ暫く睡眠さえもまともに取っていないのだ。だが、諦めるわけにはいかない。
しばしの安息。沼に沈んで行くような深い眠りから、夜明け前のシエラの第一声に、強制的に引き上げられる事になった。